電子書籍

これまでも断続的に電子書籍の試みがありましたが、今度は本物かもしれません。個人的には紙書籍に限りない愛着がありますが、こういうものは一旦流れが出来かけると「あれよ、あれよ」の世界ですから、気が付けば紙書籍を入手するのが困難になっているかもしれません。

それと紙書籍から電子書籍の移行は徐々に入れ替わると言うより、ある時点から急激に紙書籍が消滅する形態になる様に予測します。理由としては紙書籍の出版には、そのシステム維持のために印刷、製本、配送、さらに書店での販売と言う多くの経費を必要とします。新聞業界と似ているのですが、紙書籍発行維持のための採算ラインを割り込めば業界が持たない関係があると考えるからです。

現在の電子書籍のシュアはまだ2%程度だそうですが、これがある数字達した時に紙書籍出版業界は一気に小さくなると考えています。もちろん電子書籍も含めた出版業界全体が拡大し、電子書籍のシュアが伸びても紙書籍の売り上げが維持できれば話が変わりますが、御存知の通りの出版不況ですから、紙書籍出版業界が限界点に達するのは案外早いかもしれません。

さてある種の黒船来航状態ですが、そういう状況に対する4/19付神戸新聞社説の一節を御紹介します。

 米国では、電子書籍でベストセラーの大半を読むことができる。紙の本より安く買えることもあってブームになった。昨年、電子書籍の売り上げは前年に比べ2・8倍の約290億円に達し、閲覧する端末の販売台数は300万を超えた。一方、出版不況に電子書籍拡大が追い打ちをかけ、米書店は閉店が相次ぐ。

 こうした変化に対応するため、国内の出版社31社が3月、「日本電子書籍出版社協会」を設立した。「大きな影響は無視できないが、悲観すべきでもない。積極的に取り組みたい」とし、著作者の権利を守る仕組みや配信の統一規格の構築を目指す。

これはどこの業界でも似たような対応ですが、電子書籍が台頭してもカルテルを組んで守ろうの姿勢と受け取ります。

    著作者の権利を守る仕組みや配信の統一規格の構築を目指す
たぶんこれは建前で、本音は電子書籍の価格の統制を狙っているかと見ています。紙書籍の出版社は紙書籍出版のための経費も織り込んでの価格設定ですから、電子書籍がそういうシステム維持費を省いた価格設定に流れると業界としては困るわけです。電子書籍が安価な価格設定になれば、紙書籍が売れなくなりますから、同等程度の価格設定にしたいと考えているかと思われます。

つまり「電子書籍と言っても紙書籍と値段は変わらない」状態が望ましく、さらにはそういう状態だから電子書籍より紙書籍で充分と言う流れを作りたいと考えてもおかしくありません。もう少し言えば、日本での電子書籍ブームが不発に終われば万々歳と言ったところでしょうか。それぐらいは誰でも考える事でしょうし、業界の生死がかかっていますから、必死になって取り組まれると予想しておきます。

紙書籍出版業界はそれぐらいするでしょうが、似たような状況に追い込まれている新聞業界の社説ですから援護射撃も行なっています。

電子化によって、中小の出版社や書店の衰退、違法コピーの横行などが懸念される。市場が寡占状態になれば多様な表現、文化が損なわれるとの指摘もある。業界だけでなく、読者にとっても影響は大きい。

「???」もうちょっとマシな援護射撃をすれば良いと思うのですが、実に下手くそな援護射撃です。とりあえず論説委員が予測している電子書籍台頭後の世界は、

    市場が寡占状態
文脈から考えると、中小の出版社が減少し、市場を大手出版社が寡占すると予測していると言えばよいのでしょうか。もちろん絶対にそうならないとは言えませんが、高い確率でそうなると予測するのは感歎します。


従来と言うか、現在のところ本を出版するのは大変です。自費出版ならともかく、出版社に出してもらおうと思えば、どうしたら良いかわからないほど大変です。理由として考えられるのは本を出版すると言うのは、一種の投資になるからだと考えています。商売になるほど本を売るには、まとまった部数を作り上げる必要があります。

この本を作る段階では、出版社のすべて持ち出しになります。これが回収できるのは実際に本が売れて、その代金を回収できたときです。その時まで出版社は投資として資金を持ち出さなければなりません。さらに必ず売れるとは限りませんので、ハズレの時のリスクも背負い込む必要があります。一方で、そんな資金は個人では簡単には用意できませんから、本を出すには出版社の認可が必要な関係になります。

つまり現在、本を出すには出版社が投資リスクに見合うと判断してもらう必要があると言う事です。ところが電子書籍になれば、出版社側の投資リスクは遥かに軽くなります。本を作って配送する必要がなくなりますから、その分の費用が不要になると言う事です。編集段階の手間が仮に同じとしても、原稿が作品として出来上がった後の費用が大幅に軽くなります。

電子書籍では、本を刷ったり、書店に配送する代わりにネット上のサイトにアップロードすれば済み、資金の回収も購入したい読者がダウンロードする時に課金として回収できます。紙書籍にくらべてはるかに安く、はるかに低いリスクで本を出せる事になります。ハズレの時のリスクも小さくなると言う事です。もうちょっと言えば、出版社を通さなくとも、ネットにつながっているパソコンが一台あれば、個人であっても電子書籍は発行できるとも言えます。

また出版リスクが低下すれば、売れ筋作品を厳選するより、ある程度「数打ちゃ当たる」に出版方針が変わるとも予測されます。書店と違って物理的な陳列スペースをそれほど心配する必要がありませんから、品揃えが多い方が商売上は有利と考えます。方向性としては、現在の「出版社 → 書店」と言う形式ではなく、出版社と書店が一緒になったような形態が出来上がるとも考えられます。

当然ですが電子書籍出版社は参入ハードル(初期投資)が低いですから、新たな業者が次々と参入する可能性も十分にあります。出版リスクが低くなっていますから、様々な形態の出版が出てくるとも考えられます。思いつくままに挙げると、

  1. 従来型


      商売になる有名作家の出版権を握り、電子書籍書店(アマゾンのような感じ)に委託販売する方式


  2. 出版書店型


      自社で集めた作品を電子書籍書店として直販する方式


  3. 委託書店型


      無名作家から委託料を取り、作品を書店に置く方式。従来の書店では陳列スペースの関係で不可能でしたが、ネットになれば幾らでも可能。書店側としては委託料と販売利益で経営。


  4. 個人書店型


      自分の作品を自分のサイトで販売する。中間マージンがさらに圧縮されるメリットを重視する方式
ざっと思いつくだけでもこれぐらいはあります。本を読みたいという潜在需要はあり、既製の紙書籍出版社側の運動が功を奏さなければ価格は劇的に下がるはずです。価格の低下は新たな需要を喚起する可能性がありますから、大きなビジネスチャンスがあると考える人間は少なくないはずです。

作家サイドとしては、売り出しは自費出版に近いような個人書店型や委託書店型で評価を獲得し、次いで出版書店型とか従来型の電子書籍出版社と契約を結ぶというステップが成立するかもしれません。この辺は出版社と言う形態が電子書籍移行後も成立するかどうかの問題もありますが、現在の方式とはかなり異なる展開が予想されます。

私の予測としては寡占状態とは全く逆の百花撩乱状態を考えますが、

    多様な表現、文化が損なわれるとの指摘
こうなるとの懸念を新聞社説は打ち出しているわけです。まあ、たかが新聞社説ですから気にするほどのものではありませんが、この社説のもう一つの固定観念があるように思います。ネット上の寡占と、リアル社会の寡占は少々意味が違うような気がしています。ネット上の寡占といえばグーグルとかヤフーが有名ですが、リアル社会の一社独占とはかなり違います。

グーグルにしろヤフーにしろ、利用者が便利と感じるから多くの支持を受けているわけです。確かに圧倒的な支持を受けてはいますが、たとえこの瞬間にグーグルやヤフーが消滅しても、利用者はさほど困りませんし、同様の機能を持つ新たなサイトが後釜を狙って乱立します。

電子書籍出版社が合従連衡の末に寡占状態になる可能性はもちろんあります。しかし寡占状態が出現しても、常に利用者の動向に注意しておかないと新たなライバルが隙を狙ってすぐに台頭します。たとえばある作家群の作品を出版したくないと考えても、それを読みたいという読者が確実にいれば、これを出版する電子書籍出版社はお手軽に誕生すると言う事です。

現在のところネットで寡占は存在しても、支配はリアル社会の寡占に較べて遥かに緩やかです。支配を嫌う人数だけで新たなビジネスチャンスが生まれる社会であると考えています。容易に生まれる背景は、何に参入するにするにしても、投資費用が非常に安価であるというのがなによりの特徴です。寡占状態であっても隙があれば新たなライバルがいつでも参入する市場は、そう簡単に支配にならないと見ています。


今のところ冒頭の方に書いた様に紙書籍に愛着がありますし、噂に聞くiPadが販売されても買う気はまだありませんが、そんな人間でも紙書籍が買いにくくなれば電子書籍に嫌でも移行します。また素人予想を書きましたが、全然違う展開になるかもなるかもしれません。どっちかと言うと楽しみな時代が来そうな感じだけはしています。