沖縄の小児救急

エントリーを上げる時まで忘れていたのですが、今日は4月1日でした。この日はいつか物凄い釣りネタを仕込んでやろうと常々思っているのですが、毎年やめています。やるとこのブログの性質からして大量どころではない騒ぎが懸念されるからです。やるなら余程、工夫に工夫を凝らしたものが必要なんですが、今年もまたついに出来上がらなかったので、ごく普通のお話です。

とりあえず3/28付琉球新報からです。

本島中北部の小児救急に対応する5病院で、小児科医が4月から計5人減ることが27日までに琉球新報の取材で分かった。

具体的にどうなっているかの表もありまして、

病院名 2009年度 2010年度
北部病院 5 4
中部病院 5 4
中頭病院 6 5
中部徳州会病院 3 2
ハートライフ病院 3 2
合計 22 17


あれまあ、見事にどの病院も1人づつ減っています。他には小児救急病院はないのかと思っていたら、

現在、本島中北部で小児救急に対応しているのは県立北部(名護市)、県立中部(うるま市)、中頭(沖縄市)、中部徳洲会(同)、ハートライフ(中城村)の5病院。

これだけのようです。沖縄の人口は136万人ほどですが沖縄本島に約110万人住んでいるとされます。このうち中北部の人口は平成18年のデータですが、、

    中部:47万4652人
    北部:10万2442人
合わせると60万人弱程度と考えられます。沖縄は小児人口の比率が高い県と言われていますが、小児人口も記事にあり、

約11万人

こういう現状を県なりがどれほど把握していたかですが、2009.8.7付CBニュース(キャッシュ)より、

 子どもの急な病気やけがなどの際に「#8000」に電話すると、専任の看護師や医師から適切な助言を受けられる「小児救急電話相談事業」を現在実施していない都道府県は、沖縄だけであることが、厚生労働省のまとめで分かった。

 沖縄では、救急患者が県立病院などを受診できる態勢が既に整っており、電話相談事業の必要性が少なかったという。今年度からは、救急医療機関への“コンビニ受診”を減らす狙いで乳幼児の保護者向けに普及啓発活動を実施しており、県の担当者は「啓発の効果を見ながら、電話相談事業を実施するかどうかを検討していきたい」と話している。

電話相談事業の是非はともかく、注目しておいても良いのは、

    沖縄では、救急患者が県立病院などを受診できる態勢が既に整っており
こういう認識で小児救急を運用されていた事は確認できるかと思います。もっとも何もしなかったわけではなく「啓発」を行なっていたようです。啓発の一つの成果が今回の小児科医辞職につながったと考えても見当違いではなさそうです。


でもってどれほどの時間外受診があったかですが、これが残念ながらよくわりません。どの病院も統計データを公表されていないからです。辛うじて参考になるのは少々古いのですが、2005年3月27日付琉球新報で、

 県立中部病院でも通常は1日平均100人程度の来院数(大人も含む)だが、19日から21日にかけての連休中「救命救急センター」へ来院する患者は2倍以上の200人を超え、スタッフが対応に追われた。やはり幼児や高齢者が多く、インフルエンザからくる合併症も出ている。また、緊急の患者以外は入院を断っている。

県立北部病院ではインフルエンザの割合は多くはないが、19日から21日まで、通常の3倍近い335人(大人も含む)が訪れ、待ち時間が1時間以上の患者も出た。ベッドも稼働率は100%を超えている状況という。

成人も含めておおよそ

    1日平均100人程度
この「1日平均」が休日の平均なのか、365日の平均なのかが判然としないのですが、記事を読む限りは休日のようにも思えます。ただどれほど記事が正確なのかがこれまた判別し難いところで、とりあえず最低限、休日は100人は受診すると考えても良さそうです。このうち小児の人数が不明なのですが、

屋良朝雄小児科部長によると、連休だった今月20日と21日、合わせて551人が小児科を受診した。通常態勢で2人の医師が診察したが、休日の1日平均111人を大きく超える2・5倍以上の患者に、待ち時間は最長で4時間から5時間に及んだ。

これは那覇市立病院のお話ですが、ここは小児科の休日の平均が「111人」となっています。比較にはならないかもしれませんが、中部や北部病院でもかなり忙しいとも考えられます。今年は新型騒ぎもありましたから、記事にあるような修羅場が展開し、小児科だけで100人以上の日もかなり続いた可能性もあると考えられます。


この程度の忙しさの小児救急に対する病院側の見解ですが、

4月から4人体制となる中部病院は同体制では24時間365日の救急体制維持は困難

24時間365日は4人では無理としていますが、5人では可能なようです。ちなみに超単純平均で考えると、24時間365日とは年間8760時間であり、5人で割ると1752時間、4人で割ると2190時間です。1週間の労働時間は40時間ですからこれが50週あるとすれば2000時間です。極限まで薄く配分したら5人なら可能で、4人では無理と言う計算なのでしょうか。労基法に基いた細かい計算は煩雑になるので省略します。

もっとも沖縄の病院には豊富な研修医がいるとは聞きますから、表も裏もない4人体制とか5人体制ではないとは思いますが、かなりシンドイ体制であるのは間違いありません。もっとも日医総研の提案では、同じように24時間365日の地域周産期センターを裏表無しの3人体制で整備すると力説されていましたから、なんともはやと言うところです。


時間外受診数も他の都道府県との比較もはっきりはしないのですが、江原朗氏の都道府県の医療計画にこんな一節があります。

病院小児科あたりの小児科医師数は全国平均で2.61人であり,終日の救急応需は無理である

沖縄の北中部は17人で5病院ですから単純平均で3.4人になります。22人の時は4.4人ですからデータ上は恵まれています。恵まれていると言っても、全国平均より上だから云々のレベルで論じても「全く意味は無い」のですが、とりあえず内容は臨界点を越えていると判断しても良いかもしれません。江原朗氏のこれへの対処法は、

「小児科医師が少ない自治体では重点化は不可能である」との声も聞かれるが,現実は逆である.重点化を行わなければ,現場が疲弊して医療体制は崩壊する.受診の利便性が若干低下しても,広域圏に24時間365日診療を行う拠点施設を1か所確保するほうが賢明ではないだろうか.

医師の負担が臨界点を越えるると、どうなるかですが各地で既に立証されています。

    初期症状:ポツポツと辞職が目立ち始める
    末期症状:ある時点でドッカンと大量辞職が発生する
このポツポツ段階からドッカンに至る時間は各地で様々ですが、少し前はポツポツが断続的に続き「そして誰もいなくなった」パターンが多かったように思います。しかし年を追うごとにポツポツと思っていたら突然ドッカン型の比率が高くなっているような気がします。ポツポツ断続にしろ、ドッカンにしろ、そこまで行って復活した事例は柏原など非常に限られたケースになります。そうなれば今が運命の岐路に立っているとも考えられるのですが、そこまで病院当局や行政に認識があるかは、いつもの事ながら「???」です。

それと漠然と思ったのは、小児科がある病院が減っているのは解説の必要も無いと思います。とくに小児科入院が可能な病院は急速に減っています。その結果として、縮小撤退による集約が進んでいるとは言えるのですが、集約された病院にはほぼ漏れなく小児救急がセットについてくるように見えます。とくにそれなりに小児科医が集まっている基幹病院はとくにです。

中途半端に数が集まった病院で24時間365日をやれば、やっぱり疲弊します。根本的に「需要 >> 供給」の関係ですし、少子化があっても救急があれば需要の掘り起こしは常に喚起されると言えばよいのでしょうか。江原明氏の提案のポイントをまとめておくと、

  1. 集約化による負担軽減
  2. 小児医療存続のためにアクセス低下の受容
目に行きがちなのは集約化の方ですが、案外ポイントなのはアクセスの方かもしれません。時間外医療の負担問題は、医師側が「負担を減らしてくれ」と悲鳴をあげても、行政サイドは「需要を満たす」方向性を堅持しています。そりゃそうで、そうしないと住民の総スカンを食います。住民と医師を天秤にかければ住民の方が重く「需要を満たす」の方向性に驀進します。

「需要を満たす」と言っても、需要を満たすだけの医師は小児科に限らず存在せず、たとえある病院で数をそろえたら、必ずどこかで引き剥がされた分の被害が生じます。ですから「需要を満たす」の対策は医師に対してムチを揮う以外のやり方はなくなります。

アクセス制限を正面からやれば「ゼロリスク」主義の主張の前に旗色が悪くなります。「救われたはずの命」とか「悲劇をなくそう」の主張に「それぐらいは我慢せよ」の反論では議論にならないと言う事です。そのため出てくる対策としては、開業医に24時間365日の電話相談をさせようみたいなものになるわけです。

ちょっと話が逸れかけましたが、金銭的なアクセス制限が難しいなら、物理的なアクセス制限が次善の策として有効とはいえます。ぐっと集約して戦力を充実させるとかなり負担は軽減します。なおかつその病院では金銭的なアクセス制限は事実上ありません。受診さえすれば診療してもらえるわけです。これは表向きは「需要を満たす」の対策を満たしているように見えます。

ただぐっと集約するというのはアクセス、つまり通院距離が長くなります。30分以内に病院に到着するのと、1時間以上かかるのであれば、心理的に差は大きくなります。病院に到着してからの待ち時間も含めて一晩仕事になれば、少しは数は減らないでしょうか。なんとも言えませんね。それでも減らないかもしれませんし、減るかもしれません。

もっとも病院までの距離が長くなり、時間もかかるとなれば、結局のところ「新たな拠点の設置」みたいな方向性にすぐ動きます。設置は大義名分のあるハコモノですから、み〜んな賛成みたいな運びになるのもまた確実です。やっぱり出口はありませんねぇ。こういうのを無駄な考え休むに似たりと言うんでしょうか。