救命救急センター搬送事案発生率の謎

前回は何か出てくるかと思った人口比による救命救急センター搬送事案発生率(救命救急事案)を一部計算してみたらドツボにはまりました。余りにも多彩なんです。そこで前回はドン詰まってしまいしたが、もうちょっと追及してみます。47都道府県を人口10万人あたりの救命救急事案の発生率で多い順から示します。

都道府県 人口
(万人)
搬送数 10万人対
搬送数
区域外搬送
徳島 80.5 8276 1028.1 0
沖縄 136.8 13511 987.6 0
岐阜 210.5 18805 893.3 19
長野 218.9 16667 761.4 0
愛知 730.8 47536 650.5 49
島根 73.7 4790 649.9 99
茨城 297.2 19106 642.9 1289
新潟 241.8 14814 612.7 6
滋賀 138.9 8373 602.8 7
富山 111.0 6406 577.1 6
静岡 379.7 21910 577.0 23
熊本 183.6 10430 568.1 0
石川 117.2 6423 548.0 165
秋田 113.4 6172 544.3 5
京都 264.3 14161 535.8 37
宮城 235.5 12488 530.8 12
福井 81.9 4218 515.0 0
福岡 505.4 22982 454.7 9
佐賀 86.3 3914 453.5 1140
和歌山 102.8 4417 429.7 12
千葉 607.4 25005 411.7 289
三重 187.3 7485 399.6 3
岩手 137.5 5040 366.5 2
岡山 195.5 6857 350.7 50
香川 100.9 3487 345.6 2
青森 142.3 3930 276.2 0
福島 208.0 5043 242.5 7
兵庫 559.0 12630 225.9 255
神奈川 883.0 19212 217.6 526
高知 78.9 1659 210.3 16
東京 1265.9 26519 209.5 14
北海道 560.1 10949 199.5 0
大分 120.6 2018 167.3 0
長崎 146.6 2239 152.7 0
山形 120.8 1767 146.3 0
栃木 201.5 2835 140.7 13
宮崎 114.8 1614 140.6 0
山口 148.3 1860 125.4 0
愛媛 146.0 1527 104.6 0
広島 287.5 2880 100.2 38
山梨 88.0 876 99.5 50
埼玉 707.1 5250 74.2 216
群馬 202.1 1391 68.8 80
鳥取 60.4 377 62.4 0
奈良 141.6 855 60.4 23
大阪 881.5 4592 52.1 16
鹿児島 174.3 92 5.3 0
全国 127770 423482 331.4 4478


正直なところ「う〜ん」と唸ってしまうほどのバラツキです。人口10万対で100件以下のところも7県ある一方で、徳島の1028.1件を筆頭に600件以上のところも9県あります。ただバラツキと言っても救命救急センターへの搬送事案ですから、これだけ地域差が発生するというのは「???」です。だって最小の鹿児島なんて年間に92件しかないんですから、余りに極端です。

理由としてまず茨城の一医師様から頂いたコメントの、

ちなみに、「救命救急搬送事案」の多寡は、搬入できる二次救急施設の多寡と直結しますので(二次が少なければ三次に集中)、そこまで交絡させないと「有意差」は出ないような気がします。茨城で救命救急発生件数が極端に多いのは二次医療機関の減少が主因と思われます(「仕方なく三次救急」の増加)。都道府県で単純計算して、そういう事案になる患者数が(人口比で)そう極端に違うとは思えないですよね...。

鋭い指摘なんですが、そうなれば徳島が日本一の医療崩壊県みたいな解釈が成立してしまいます。徳島の医療事情もラクではないでしょうが、そこまで悲惨とはまだ聞いていません。なんと言っても統計上は医師が非常に多い土地柄でもあるからです。その傍証と言うわけでもありませんが、人口比でダントツの救命救急事案が発生しているにも関らず、他県への搬送はゼロです。

徳島から他の四国の県への交通はよろしくないかもしれませんが、のぢぎく県へはその中枢部に直通ルートが出来上がっています。もし二次医療機関の崩壊による救命救急事案の増加なら、幾分かはのぢぎく県なり、さらに大阪に流出するはずだからです。茨城の一医師様の分析も茨城県と他の関東の都県との比較分析なら説得力があるのですが、全国データをならべると説明しきれない様に思います。

もう一つ難しいのは救命救急案件発生率の高い県はともかく、低い県はどうなんだの問題も出てきます。低い方は低い方でまた極端で、鹿児島は年間92件しか発生していません。比較的事情を知っている奈良がベスト3と言うのも非常に違和感があります。医師の数を指標にしても埼玉が低いのが説明が非常に難しくなります。


「わからへん」で終えてしまっても良いのですが、もう少しだけ推理してみます。まず都道府県で年齢構成が異なるとは言え、救命救急センターに本当に搬送されなければならない患者の発生率は、もっと差が小さいはずです。これは茨城の一医師様も指摘されている通りかと思います。茨城の一医師様は二次救急の弱体化による「しかたがなく救命救急センター搬送」による増加を指摘されていましたが、もう一つの要因もありそうな気がします。

ヒントは発生率が最小の鹿児島です。どう考えても92件は少なすぎるんじゃないかです。4日に1回ぐらいしか救命救急センターへの搬送が無いというのは、いくらなんでも「ありえない」と思うからです。何を考えているかと言えば、集計時のバイアス除去の温度差です。

救命救急センターへの搬送と言っても、すべてが救命救急センターでの治療に相応しいケースとは限りません。二次救急が受け入れられないからやむなくの患者も、本来的には適切でない搬送事案です。もうひとつ、救命救急センターでの治療が必要と判断して搬送してみたら、結果として軽症であり、別に救命救急センターでなくとも良かったというケースも存在するはずです。

不適切なケースのバイアスとして、

  1. 二次救急が受け入れられないからやむなく
  2. 治療結果から不適切
この二つぐらいは考えられます。これを厳格に除去した都道府県とそうでない都道府県が混在している可能性です。とことん厳密にやったのが鹿児島の年間92件であり、搬送数の生データに限りなく近いのが徳島みたいな感じです。この仮説が正しいとすれば、発生率の上位都道府県は救命救急センターに実際に搬送された数に近いと考えられ、下位都道府県は本当に救命救急センターでの治療が必要であった数に近いとも考えられます。上位・下位それぞれ10位までの10万人あたりの発生数の平均を計算してみると、

搬送発生率上位10都道府県 706.6件
搬送発生率下位10都道府県 76.6件


かなり強引なところのある推理ですが、救命救急センターへの搬送発生率は10万人当たり700件程度あり、そのうち救命救急センターで治療するのが適切であったのは約1/10の70件程度であるとの見方が出てきます。


ただこの推論にも弱点はあります。例としてわかりやすいので佐賀のデータを示します。

都道府県 人口 発生数 10万人あたり

発生数
県外搬送
佐賀 86.3万 3914 453.5 福岡 1128 1140 福岡 9
長崎 12


見ての通りなんですが、非常に県外搬送が多くなっています。県外搬送が多い事自体は隣接する県の救命救急センターとの地理的・交通的な要因が絡むので置いておくとして、注目すべきなのは全体の3割にもなる1140件の県外搬送が行われています。これをどう考えるかが難題になります。これを県外搬送してまで救命救急センターに搬送するぐらいであるから、この1140件はすべて救命救急センターで治療するのが相応しいケースであったとすれば話は振り出しに戻ります。

県外搬送だけでも全体の3割ですから、県内で対応できたケースにも、最低限同等ぐらいあると考えても良いと言う見方も成立します。そうなれば年間2500件ぐらいは救命救急センターで治療が必要な患者が発生している事になり、10万人あたりの発生率は290件ぐらいになります。う〜ん、やっぱり「わからへん」。



データの分析角度を変えます。ちょっと参考になりそうなデータが出てきました。出てきたと言っても平成21年3月19日付消防庁「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」からなんですが、救命救急センターへの搬送の実件数に近いと判断されるものがあります。これを使って見直してみます。とりあえず用語として、

これで表を作ってみます。ソートは上の表と対照しやすい様に集計搬送数による発生率でかけています。

都道府県 人口
(万人)
総搬送数 現場搬送数 集計搬送数
発生率 発生率 発生率
徳島 80.5 10319 1281.9 8276 1028.1 8276 1028.1
沖縄 136.8 15764 1152.3 139.5 1016.4 13511 987.6
岐阜 210.5 21791 1035.2 19037 904.4 18805 893.3
長野 218.9 19816 905.3 16667 761.4 16667 761.4
愛知 730.8 54032 739.4 47815 654.3 47536 650.5
島根 73.7 6090 826.3 4794 650.5 4790 649.9
茨城 297.2 22735 765.0 19451 654.5 19106 642.9
新潟 241.8 19799 818.1 17005 703.3 14814 612.7
滋賀 138.9 9690 697.6 8874 638.9 8373 602.8
富山 111.0 7646 688.8 6540 589.2 6406 577.1
静岡 379.7 25439 670.0 22229 585.4 21910 577.0
熊本 183.6 12958 705.8 10738 584.9 10430 568.1
石川 117.2 7913 675.2 6425 548.2 6423 548.0
秋田 113.4 7354 648.5 6250 551.1 6172 544.3
京都 264.3 15325 579.8 14163 535.9 14161 535.8
宮城 235.5 16158 686.1 13032 553.4 12488 530.8
福井 81.9 6822 833.0 5808 709.2 4218 515.0
福岡 505.4 28726 568.4 23339 461.8 22982 454.7
佐賀 86.3 5683 658.5 3919 454.1 3914 453.5
和歌山 102.8 5350 520.4 4423 430.3 4417 429.7
千葉 607.4 38985 641.8 31987 526.6 25005 411.7
三重 187.3 8970 478.9 7876 420.5 7485 399.6
岩手 137.5 5701 414.6 5041 366.6 5040 366.5
岡山 195.5 9056 463.2 7179 367.2 6857 350.7
香川 100.9 4501 446.1 3487 345.6 3487 345.6
青森 142.3 5060 355.6 3948 277.4 3930 276.2
福島 208.0 6264 301.2 5043 242.4 5043 242.5
兵庫 559.0 18500 330.9 15262 273.0 12630 225.9
神奈川 883.0 27094 306.8 23960 271.3 19212 217.6
高知 78.9 2331 295.4 1664 210.9 1659 210.3
東京 1265.9 26686 210.8 24695 195.1 26519 209.5
北海道 560.1 15980 285.3 12699 226.2 10949 199.5
大分 120.6 3282 272.1 2019 167.4 2018 167.3
長崎 146.6 3738 255.0 2329 159.9 2239 152.7
山形 120.8 2752 227.8 1771 146.6 1767 146.3
栃木 201.5 4235 210.2 2835 140.7 2835 140.7
宮崎 114.8 4526 394.3 3407 296.8 1614 140.6
山口 148.3 2528 1705 1862 125.6 1860 125.4
愛媛 146.0 2552 174.8 1527 104.6 1527 104.6
広島 287.5 4073 141.7 2947 102.5 2880 100.2
山梨 88.0 985 111.9 881 100.1 876 99.5
埼玉 707.1 6270 88.7 5259 74.4 5250 74.2
群馬 202.1 2055 101.7 1391 68.8 1391 68.8
鳥取 60.4 460 76.2 377 62.4 377 62.4
奈良 141.6 1585 111.9 1192 84.2 855 60.4
大阪 881.5 11079 125.7 9286 105.3 4592 52.1
鹿児島 174.3 3072 176.2 2055 117.9 92 5.3
全国 127770 541734 424.0 454545 355.8 423482 331.4


まず現場搬送数と集計搬送数が同じなのは8都道府県、5人以内は集計上の問題とすると18都道府県あるため、集計搬送の基本は総搬送数から病院間転送の数を引いたと考えられます。ただし東京のみは集計搬送の方が1824件多く、これは理由が良くわかりません。

集計搬送数の基本は病院間転送分をまず引くのはどうやら確かそう(東京は謎)ですが、病院間転送分を引いた現場搬送数から集計搬送分はほぼ同じのところがある一方で、かなり減っているところが目立ちます。発生率で比較した上位10都道府県を示します。

都道府県 現場搬送数 集計搬送数
発生率 発生率
鹿児島 2055 117.9 92 5.3
宮崎 3407 296.8 1614 140.6
大阪 9286 105.3 4592 52.1
奈良 1192 84.2 855 60.4
福井 5808 709.2 4218 515.0
千葉 31987 526.6 25005 411.7
神奈川 23960 271.3 19212 217.6
兵庫 15262 273.0 12630 225.9
北海道 12699 226.2 10949 199.5
新潟 17005 703.3 14814 612.7
全国 454545 355.8 423482 331.4


とりあえず私の集計時修正説は裏付けられたと考えても良さそうです。ただし裏付けられたのは「そういう都道府県もある」と言うだけのことで、都道府県による発生率の格差は以前厳然とあります。総搬送数の発生率でもっとも多いのはやはり徳島で1281.9件で、もっとも少ないのは鳥取の76.2件です。2回にわたって手をかけましたが、結論は同じで「わからへん」です。

後は重症救急と二次救急の残存戦力の相関を考えるぐらいですが、これは私の手では負いかねます。二次救急の逼迫度を示すデータは残念ながら見つかりません。一応ここまでは分析しましたので、そういうデータを持っていてファイトのある方は頑張ってみてください。私が片手間でやるには限界です。

しっかし悔しいなぁ、目論見では何かのデータが出てくる予定で、久しぶりにマップが作れると思ったのに結論が「わからへん」とは本当に情けない話です。まさか徳島県では救命救急センターに搬送される率が全国No.1みたいな話ではシャレにもなりません。それにしても徳島や沖縄、岐阜も含めてよいとは思うのですが、何故にあんなに多いのでしょうねぇ。