新型ワクチン後始末余話

まずなんですが「2/6」に頂いたTOM様からのコメントを紹介します。

 私のいる東京某区では、新型インフルワクチンの集団接種が23区イチ素早く、また多人数を相手に行われたという事は先日ご紹介しました。もちろん、行政ではなく医師会主催で。

 国との契約では“受託医療機関”が必要ですが、名目として医師会の運営する夜間休日診療所をこれにあて、都から集団接種のためにワクチンを割り当てを受ける形を取りました。金銭的には医師会が【購入した】わけです。

 そして集団接種が始まりました。当初は毎日祝に2000人ずつ、2月一杯程度までやる壮大な計画で初期こそ押すな押すなだったのですが、皆様ご存じのように接種希望者も次第に減り、1月一杯で中止となりました。

 で、ワクチン余っちゃいました。集団接種用ですから10mlパーティーボトルです。その数100本以上。これは区民の、子供達の集団接種の為にと用意したものですが、何しろ医師会の夜間休日診療所が【購入した】のですからあの後出し白紙、じゃなかった契約書に則り返品が利きません。これ、そのまま丸々捨てることになります。無論その大赤字は全部医師会がかぶることになります。集団接種なんぞに協力、じゃなかった主催しちゃったせいで(笑)。

 で、関係筋の許諾を得て、少しでも損を減らすため、余ったワクチンを医師会から医師会員に直接、なんと2〜3割引で売ってくれる事になりました。また今ご注文頂くと1〜2本無料でプレゼント! うわぁこれはお得ですね!

 返品不可条項は変えないが、別に国が損をしない再販価格の割引については融通を利かしてくれる姿勢がステキ。

このコメントのポイントは、

  1. 東京某区で小児対象の集団接種を医師会主催でかなりの規模で企画実行した。
  2. ところがワクチン熱も醒めた関係もあり、計画人数を大幅に下回る状態で打ち切りとなった。
  3. ワクチンについては医師会が購入する形式であったので中止後にもパーティボトルが100本以上余る事になった。
  4. そこで「関係筋」の了解を得て医師会員に格安販売する事にした。
こういう展開があった事になります。集団接種を主催すると言う事はこういう事になる事例とも言えます。ここで話をつなぎたいのは
    で、関係筋の許諾を得て、少しでも損を減らすため、余ったワクチンを医師会から医師会員に直接、なんと2〜3割引で売ってくれる事になりました
これが公式にどうなって行ったかですが、どうやら2/8付事務連絡があったようです。2/8付事務連絡のオリジナルは見つからなかったのですが、2/12付で医師会経由で送られて来た通知はあります。手許にあるのは日医からさらに地区医師会経由で送られたもので到着したのは2/15ですが、日医からの通知までは遡れたので御紹介します。そこには、

 今般、別添のとおり、厚生労働省新型インフルエンザ対策推進本部事務局より都道府県新型インフルエンザワクチン担当部局宛に、新型インフルエンザA(H1N1)ワクチンの具体的な融通方法等が示され、本会に対しても情報提供がありました。

「別添のとおり」と書かれているのはおそらく医師会通知の後半の部分を指し、事務連絡のオリジナルに近いと考えられます。続いてですが、

 本件では、ワクチンの実質的な受け渡しについては卸売販売業者が行うこととし、融通に係る必要な事項について、都道府県、受託医療機関、及び卸売販売業者の間で十分に調整・合意の上、融通を行うものとしております。なお、融通を行うにあたっては、卸売販売業者、融通元及び融通先となる受託医療機関との間で合意が必要であり、特に、融通元及び融通先となる受託医療機関の双方が事前に合意している必要があります。

TOM様のところの時点では「医師会員に直接」も許されたようですが、2/8付事務連絡により、

    ワクチンの実質的な受け渡しについては卸売販売業者が行うこと
つまり直接売買するのを原則的に禁じていると読むことができます。手続きとしては、
  1. 融通元及び融通先となる受託医療機関の双方が事前に合意 (そりゃそうで、押し売りは無理でしょう)
  2. さらに卸売販売業者、融通元及び融通先となる受託医療機関との間で合意 (卸問屋を介するなら当然必要です)
  3. 融通に係る必要な事項について、都道府県、受託医療機関、及び卸売販売業者の間で十分に調整・合意 (ここがよくわからない)
医療機関と卸問屋は融通の直接の当事者ですから「合意」は必要ですが、都道府県は何をするのだろうになります。後半部分のオリジナルの事務連絡と考える部分で確認すると、

ワクチン代金の授受、具体的な融通方法、品質の確認方法、責任の所在、流通履歴の確保等の必要な事項について、都道府県受託医療機関び卸売販売業者と間で十分調整の上、薬事法に抵触しないよう、医療機関間の融通を行っていただきたい。

どうも厚労省の考えとして、ワクチンの全量管理を目指しているらしいと受け取れます。卸問屋が仲介するのは、どこにワクチンが動いたかの証拠書類の確保と考えられますし、都道府県が関与するのは融通記録をすべて国に報告させるための情報管理の役割かと思うのですが、もう少し具体的にどうすれば良いのかが書かれています。

 ワクチン代金の授受方法、具体的な融通方法、品質の確認方法、責任の所在、流通履歴の確保方法等の必要な事項について、都道府県、受託医療機関及び卸売販売業者の間で十分に調整の上、融通を行う。

(留意事項)

  • 融通を行うにあたって、卸売販売業者、受託医療機関A、受託医療機関Bとの間で合意が必要。
  • 融通を行うにあたっては.融通元と融通先は事前に合意している必要がある。
  • 都道府県、受託医療機関A及び受託医療機関Bは、卸売販売業者に対しワクチンの引き取り、配送を依頼する際には、他の医薬品等を受託医療機関A,受託医療機関Bへ配送する機会を活用することが望ましい。

     このため、都道府県、受託医療機閏A及び受託医療機関Bは事前に引き取り、配送時期について卸売販売業者と十分に調整すること。

ちょっと気になるのは、

    このため、都道府県、受託医療機閏A及び受託医療機関Bは事前に引き取り、配送時期について卸売販売業者と十分に調整すること
正直なところ医療機関同士の連絡や卸問屋への依頼は非常に簡単です。それこそ阿吽の呼吸ですぐに出来ます。問題はここに都道府県が出てくることです。これも事後に届出を1通書く程度ならまだ良いのですが、事前に許可となるとかなり厄介な物になります。そこが一番気がかりなのですが、そこについては「調整せよ」しか書かれていません。

この「調整」にどれだけ関与するかの事務連絡はまた別にあるのでしょうか。こういう書類仕事の量産は官僚が涎を流して喜ぶところですし、役人は書類がないと不安の塊になるので「何も無し」では済まない様な悪寒がします。都道府県の関与の上に国の関与が濃厚にありますから、個人的に気になるのはワクチン代金です。事務連絡上の記載は、

    ワクチン代金
この「ワクチン代金」が厚労省の公定卸価格なのか、あくまでも医療機関同士の交渉価格なのかが気がかりです。

事務連絡の隅から隅まで読んでもディスカウントを行なってはならないとは書いてありませんが、逆にディスカウントをしても良いとは書いてありません。しかし国の立場を考えるとディスカウントされると余り御都合がよろしくないとも考えられます。タダでも在庫山積みのワクチンなのに、融通取引でディスカウントされたらさらに売れなくなります。

あくまでも個人的な予測ですが、ディスカウント価格で融通を行なおうとしたら都道府県による「調整」が入り、もめそうになったら新たな事務連絡が舞い込みそうな気がします。もっとも問題が表面化するほど融通取引が活性化するかは疑問ですし、さらにワクチン代金のディスカウントが行なえなければ融通取引自体が成立するかどうかも疑問です。値段が変わらないのであれば面倒な手続きを踏むより普通に買うと考えられるからです。



ここで冒頭のTOM様のコメントに戻るのですが、事務連絡と照らし合わせると、どうなっているのだろうと思う点です。事務連絡では融通取引が行なえるのは受託医療機関同士と明記されています。問題の東京某区のワクチンは「医師会」が購入したとはなっていますが、医師会は受託医療機関ではないので購入できないはずです。

集団接種を主催するに当たって正式に医師会が購入できる様に関係筋の了解を得たのか、実質は医師会であっても、手続き上は医師会が経営する急病診療所が購入したかの二つのケースが考えられます。後者なら医師会が融通取引を行なっても問題ありませんが、前者ならチト面倒になってくるかもしれません。事務連絡前には関係筋の了解を得ているようですが、事務連絡が出ると対応は変わりますからね。

もう一つは代金と販売方法です。これは上述しましたが、東京某区では

  • 医師会からの直接販売
  • なんと2〜3割引で売ってくれる事になりました。また今ご注文頂くと1〜2本無料でプレゼント!
ディスカウント販売の上に卸問屋を介さない直接販売のようです。これも2/8以前では関係筋の了解をもちろん取っていますが、事務連絡が出てくるとそれに合わせる必要が出てくるんじゃないかと思われます。



どうにも違和感と言うか、トンチンカンと言うか、余計なお節介のような気がする厚労省事務連絡ですが、ふと気がついた事があります。現在の余っている状況で考えるからおかしいのであって、足りない状況で考えるとそれなりのモノになります。足りない状況とは、「配給」がいつ、何本あるか不明で、なおかつ接種希望者から「まだか、まだか」と責め立てられている状況です。

そういう状況でもワクチンの確保は医療機関によりムラはあります。ムラにより使うに使えない状況のワクチンを欲しいところはあります。今回はパーティボトルと言う厄介なファクターがあって、ムラと言うよりミスマッチの方が多かったとは思っています。とにかく全体的に足りない状況下でも、様々な事情で余っている医療機関と言うのは存在します。

全体的に不足している状況下では、余っている医療機関を探すのは、個々の医療機関では困難です。そこで都道府県が乗り出し、余っている医療機関を調査し情報提供するのはアリかと思います。さらに足りない状況下ですから、市場原理によってワクチンが公定価格より高く取引される可能性も出てきます。

ワクチン代金が市場価格で動いても接種価格には市場原理が働きませんから、ワクチン代金が高騰すると接種希望者への接種が遅れます。そこで都道府県がワクチン代金の高騰を監視するのもまたアリかと考えます。

こういう足りない状況の枠組みを余っている状況にも適用したのが今回の事務連絡の様な気がします。全体的に余っている状況の中でも局所的に足りないところがあるという発想です。足りないところを都道府県が調査して、余っているところから融通させるシステムです。ただ足りない状況と余っている状況では根本的に違うところがあります。

足りない状況でワクチンが不足している医療機関は他に入手経路がないので融通取引に乗り出すモチベーションが生まれますが、余っている状況で足りない医療機関はごく普通に卸問屋から購入します。つまり卸問屋から購入するより何らかのメリットが無い限り、わざわざ融通取引に乗り出す必然性がないと言う事です。

足りない状況でのワクチン代金の高騰は真の目的であるワクチン接種に支障を来たすので規制の必要性も生じますが、余っている状況でワクチン代金の下落を防いでしまうと、融通取引そのものが成立しなくなります。逆は必ずしも真ならずの一例のように感じます。



まあまあ、さして心配するほど融通取引が活性化すような状態ではありませんから、今さら目くじらを立てるようなお話ではないとは思っています。それにしても本当にどこまで行っても医療機関を祟る新型ワクチンです。それでもきっと、いや間違い無く今回のワクチン対策は「一部混乱もあったが概ね成功」と総括されるんでしょう。さらにその総括の上で「次回もこの経験を先例として実施」なんて結論が導かれると思っています。

心の底から「次は知らんぞ」と感じています。医師の記憶力が異常に執念深い事をくれぐれもお忘れなく、厚生労働省様!