タイムカード後日談

タイムカードによる勤務医の労働時間の把握と言う話が出ていました。報道記事的には1/27付共同通信(47NEWS版)に、

 中央社会保険医療協議会中医協厚生労働相の諮問機関)は27日、過重な労働が問題となっている病院勤務医の負担軽減策について、タイムカードで勤務時間を把握するなど労働環境整備の要件をまとめ、2010年度診療報酬改定から導入することで合意した。

タイムカードを導入したらどんなご褒美がもらえるかと言えば、1月27日付中医協資料「骨子における重点課題関連項目」より、

要件を加える項目の例

  • 急性期看護補助加算
  • 栄養サポートチーム加算
  • 呼吸ケアチーム加算
  • 小児入院医療管理料1及び2
  • 救命救急入院料 注3に掲げる加算を算定する場合 等

こういう加算を認めるというものです。もちろん満たさないとご褒美はもらえません。1/27に中医協で「合意」したようですが、震え上がったのは病院経営者であることは間違いありません。勤務医ではなく病院経営者です。さっそく巻き返しに出られました。2/10付CBニュース(Yahoo !版)より、

「急性期看護補助体制加算」や「栄養サポートチーム(NST)加算」など、勤務医の負担軽減の観点から来年度の診療報酬改定で新たに評価する項目について、厚生労働省は2月10日、タイムカードなどで勤務時間を把握しているとの算定要件を変更し、「勤務状況について具体的に把握している」と表現を修正する方針を明らかにした。同日の中央社会保険医療協議会(中医協、会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)の総会で示した。医師不足が著しい地方の病院などでは、「グレーゾーン」の勤務時間でやらざるを得ない現状があるため、一部の病院関係者の間でタイムカード導入に対する波紋が広がっていた。

なんと素早い反応で、1/27に合意していたものが2/10にひっくり返っています。この間に行なわれた中医協は、1/29、2/3、2/5、2/8、そして2/10です。この間に本職が高校教師の人の受け持ち授業がどうなっているかも気になりますが、それは置いておきます。2週間で合意がいともアッサリ覆されています。素晴らしい政治力、行動力です。

さてタイムカード案件のための条件とは、そもそもどんなものであったかになります。これも記事からですが、

  1. 勤務時間を客観的指標で把握
  2. 勤務状況の改善提言を行う責任者を配置
  3. 負担軽減計画の策定に当たる委員会を設置
  4. 同計画を厚生局に提出
  5. 目標の達成状況を年1回報告
これが緩和され、
    厚生労働省は2月10日、タイムカードなどで勤務時間を把握しているとの算定要件を変更し、「勤務状況について具体的に把握している」と表現を修正する方針を明らかにした
これって、よく考えれば経営者(雇用者)が建前上「勤務状況について具体的に把握していない」ところは無いはずです。つまり現状でOKと言う事になります。この方針変更の理由も趣深いものです。
    医師不足が著しい地方の病院などでは、「グレーゾーン」の勤務時間でやらざるを得ない現状があるため
まあ「グレー」と言っても限りなくシロに近いものと、クロとの見分けが常人ではつかないものがありますが、ここの「グレー」はどっちなんでしょうか。そもそもシロに近ければ手の届く改善目標ですから、それほど問題視されないと思います。ここでの記事の表現がおもしろくて、
    一部の病院関係者の間でタイムカード導入に対する波紋が広がっていた
「波紋が広がっていた」のクロい方々でしょう。それが「一部」あれば黙認に方針展開された御様子です。あくまでも比較の意味でしかないのですが、再診料引き下げは全部の診療所に波紋が広がりました。そんな波紋はどこにも影響しませんでしたから、少なくともそれより大きい、いや津波のようなものであったと推測されます。



ゆっくり考えてみれば最初から変なお話でした。原案は労働法規を守ろうと頑張る病院にお駄賃をあげようでしました。ここも法を守るのにお駄賃が必要なのかの違和感が残るのですが、守ろうとしなければお駄賃を上げないだけのペナルティしかありません。ところが労働法規を守るコストはお駄賃より遥かに高く、お駄賃をまともにはもらえない病院が大多数(まともにもらえる病院があったかどうかすら疑問)と相成ったわけです。

平和な会議室では「まさか」の事態に事務局が慌てふためき、お駄賃がもらえない病院からの抗議を涼やかに了承し、ペナルティはアッサリ引っ込め、お駄賃だけを希望者全員にあげるように「改善」した事になります。これらの加算要件を病院に加える事自体はそんなに異議はありませんが、話の展開は猛烈に違和感が残ります。

一度「合意」したというのは、中医協委員もそうですし、事務局の厚労省もそうなるとしか考えられませんが、

    日本のほとんどの病院は労働法規を遵守している
こう信じ込んでいた事になります。守れていない病院がごく一部にあるだけだし、労働法規を守るためのコストに較べたら、お駄賃の魅力の前に速やかに是正に誘導できると「合意」した事になります。今回の展開を他にどう読むかは難しい問題で、その程度の地を這うような見識で医療を論じていた事になります。地を這うと言うより、地面にめり込んでいるぐらいと言う方が相応しそうな気がします。

もっともその程度の方々の極楽会議ですから、従業員である勤務医の給与と、事業者である開業医の収支差の違いみたいな「高度」の理解はそもそも不可能ですし、「善意」で出来る範囲で時間外対応に取り組まれている開業医の仕事を「24時間義務」に変更し、義務の代償を時給50円とか60円で「残業代」として大盤振舞をしているなんて臆面もなく自画自賛出来るわけです。



中医協への批評は、もうどうでも良いのですが、労働者の勤務管理は雇用者の責務です。労働法規の実際の運用の話は今日は置いておきますが、責務を果たしていない雇用者に対し積極的に改善に取り組まなくとも、労働法規違反を推奨してよいとは思えません。大建前で言えば、労基署はビシビシ労基法違反を摘発し是正するのがお仕事だからです。

労働法規遵守の方針を決めたら、それが出来ないの苦情はどこに寄せられたかになります。記事を読む限り厚生労働省に寄せられた可能性が十分にあります。直接でなくとも厚生労働省は、ここで病院の多くが労働法規が守れていない事実を知った事になり、さらにこれをマスコミに公表しています。つまり厚生労働省は労働法規違反病院がある事を直接知り、これを認めたことになります。

その上で労働行政の総元締めであり、直接の管轄官庁である厚生「労働省」は何の反応もしなかった事が確認できます。厚生労働省の内部論理では、きっと「部署が違う」でしょうが、それはあくまでも内部論理のお話であり、外から見れば労働行政を管轄する厚生労働省に何の違いもありません。部署が違うという内部論理も、不正を知ればこれを告発する義務が公務員にはあります。

刑事訴訟法239条2項

 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。

これも法と現実の間に大きなギャップがありますから、力説しても詮ない話ですが指摘だけしておきます。もっとも「まったく思料の余地すらなかった」のかもしれません。