続机上で検証

まずなんですが昨日はえらい計算ミスをやっていました。私の不注意で申し訳ありません。予想シナリオにあった入院率、重症率ですがよくよく読み直してみると、

    入院率:新型インフルエンザを発症した者のうち、入院を要する状態となる患者の比率
    重症率:新型インフルエンザを発症した者のうち、重症化する患者の比率
ここを読み落として、入院率・重症率とも全人口に対するものとして計算する大ポカです。謹んでお詫びします。その訂正も含めて再計算してみます。予想シナリオには発症率20%モデルと30%モデルがあるのですが、全国でのピーク時の予想が全然変わります。

推計モデル ピーク時発症者 重症化率 重症患者数
20%モデル 4万6400人 0.15% 69.6人
30%モデル 6万9800人 0.5% 349.0人


重症患者が増えてくれることを望む訳ではもちろんありませんが、かなり少ない印象です。そこで確認の意味で入院率と重症率の計算根拠を見直します。まず入院率ですが、

 新型インフルエンザを発症した者のうち、入院を要する状態となる患者の比率。国内における6月20日から7月24日までの全数調査4220人のうち53人が入院の適応と診断されていた(入院措置を除く)ことから1.5%程度とする。

インフルエンザ患者4220人中53人が入院したデータが基である事は明らかで、これは1.26%になります。おそらくもう少し増えると考えて1.5%にしたのだと思われます。次に重症率ですが、

 新型インフルエンザを発症した者のうち、重症化する患者の比率。7月29日から8月18日までの入院サーベイランス320人のうち18人がインフルエンザ脳症(5人)もしくは人工呼吸器管理が必要(15人)であったが、感染が高齢者にまで広がると、重症化する者の割合が大きくなると考えられることから0.15%程度とする。

入院患者320人中18人が重症化したのが計算の根拠です。入院率を1.5%にしていますから、入院患者が320人の時のインフルエンザ患者数は、2万1333人になります。そうなると重症率は0.08%になりますが、これをもう少し重く取って0.15%にしたと考えられます。う〜ん、やっぱり算数上は間違っていないようです。


そうなると20%モデルではピーク時にも70人弱の重症患者しか発生しないことになります。そうであれば、これは対応可能な数字と見えます。30%モデルの350人弱となれば、昨日スカタンした20%モデルの計算がほぼ該当することになります。厚労省は重症患者をICUで治療する想定にしているらしく、ステトスコープ・チェロ・電鍵様が病床数・呼吸器の数から、インフルエンザ流行に対応可能・・・?? に保存されている9/28付共同通信記事には、

 同省によると、一般病床のうち、重症患者の治療にあたる集中治療室(ICU)の空き病床数は約2500だった。「ICUについては十分な態勢が確保されているとはいえず、地域ごとに対応を工夫する必要がある」としている。

ICUには地域格差があるのですが、30%モデル時に重症患者が全員ICUに入院すると仮定してのICU利用率の全国マップを作ってみます。元になるソースは平成21年9月25日付事務連絡「新型インフルエンザに係る医療体制に関する調査結果(暫定版)について」からです。

このマップのうち鹿児島は「調査中」でICU病床数のデータが無く、宮崎はたまたまでしょうがICU46床中2床しか稼動していませんので参考値とお考え下さい。確認すると

ICU利用率 都道府県
100%オーバー 北海道、静岡
90〜95% 埼玉、大阪、熊本
85〜90% 青森、秋田、宮城、群馬、栃木、兵庫、愛媛、福岡、長崎、大分
80〜85% 山形、新潟、山梨、福井、京都、奈良、鳥取、山口


北海道、静岡、埼玉、大阪、熊本はとくに厳しい運用を迫られそうに思います。思いますがICU運用が予想シナリオでも逼迫するかどうかは微妙です。これは詠み人知らず様からのコメントですが、

    普通の重症患者、多くは大手術の術後管理を目的とした患者を入室させるのが日常の役割ですから、
    原疾患からの回復でやっとの人達がひしめいている空間です。
    そんなところへ、次々と超感染力患者を入れるのですか?

    私はICUの室長をしていたことがありますが、そのような患者は入室を断るのが常識だと思っていました。
    それじゃ、治る人も治らない。それこそ、ICUが死体の山になってしまいます。

私も基幹病院の最前線から離れて時間が経ちましたし、それこそ病院によって方針が違うんでしょうが、小児科医としてICUを利用した経験は本当に少ないのです。小児病院時代で2例、二次救急の基幹病院時代となると完全に無縁で、そもそもICUが病院のどこにあるかも未だに存じません。それなりに重症の呼吸管理は経験したつもりですが、ICUを使う発想はありません。

私の感覚が今の日本の医療の常識かどうかを確認する術がありませんし、成人はなおのこと知りませんが、小児科が余りICUを使わなければどうなるかです。予想シナリオのピーク時の年齢分布ですが、

16歳未満の小児科対象患者は全体の33%であり、重症患者もこの比率に近いと考えます。そうなると小児科が担当するピーク時の重症患者数は、
    20%モデル:23.2人
    30%モデル:116.3人
これらの大部分は一般病床で対応する可能性が高くなります。これだけ抜ければICUの負担は軽くなり、マップで示した状態はかなり緩和されるとは思います。ただなんですが、20%モデルの23.2人ならともかく、30%モデルの116.3人の大部分が一般病床となると小児科病棟の負担は重いものになります。小児科でなくとも一般病床で呼吸管理患者を治療するのは大変だからです。

ICUに較べてとくに夜間は一般病床は手薄ですから、病棟に1人呼吸管理患者を抱えるだけでも、他の患者の入院能力は落ちます。成人病床に較べても、小児病床は絶対数が少ないですし、どう考えても重症患者の発生率の1/3もあるとは思えません。成人病床が重症患者全体の2/3を引き受けるのに較べて、残り1/3を担当する小児病床の負担は格段に重いと考えられます。

これは病床数だけではなく小児科医数も同様ですから、小児科病棟がピーク時に耐えられるかどうかは大きな問題になるかもしれません。ところでなんですが、私が今日展開した算数も正しいかどうかも自信を無くさせる記事があります。9/26付時事通信(@nifttyニュース版)に、

 ICUは全国の10813床中、空いているのは2477床だが、ピーク時の重症患者は約4500〜1万4000人と試算されている。同省は全員がICUに入ることはないとの認識を示しつつも、症状のより重い患者を優先する「トリアージ」の検討が必要だとした。

    ピーク時の重症患者は約4500〜1万4000人と試算されている
私がまたどこかで大きな計算ミスをやらかしているのか、時事通信が勘違いしているのか検算しようがないのですが、時事通信が正しいとすれば今日の算数は根こそぎ吹っ飛びます。ICUが足りるかどうかなんてレベルの問題ではなくなりますし、小児科重症患者も約1500〜5000人になりますから、どういう事態が起こるかを想定する事さえ難しくなります。

この数になると「トリアージ」レベルはICU入院の話どころではなく、入院できるかどうかレベルの話になり、なおかつ重症患者を入院させなければ助かる可能性は極限まで低くなります。まさか黒タグにして門前払いはできないと思うのですが、どうなるか懸念を強くせざるを得なくなります。

まあ、予測値がどうであろうと現状の医療戦力が増強されるわけではありません。予測値が活用されるのは、予測値を利用して対策を立てる時間があるときにのみ有用であり、新型対策では予測値を高く出そうが、低く出そうが、現場レベルでは今さらどうしようもないのが実情です。予測値を見て出来ることは一つだけで、「少なくなってくれ」と祈るだけかと考えます。