机上で検証

9/25付共同通信(47NEWS版)より、

空き病床は13万8千床 厚労省のインフル対応調査

 新型インフルエンザ患者の入院診療に対応できる一般病棟の病床が、鹿児島を除く46都道府県の約4700の医療機関に計約71万5千あり、そのうち今月1日から7日までの期間に、使用されず空き病床となっていたのは計約13万8千だったことが25日、厚生労働省の調査で分かった。

 同省が8月に発表した「流行シナリオ」によると、国内の患者数が人口の20%に達すると想定した場合、ピーク時の入院患者数は4万6400人。担当者は「約14万床が空き病床として確保できれば、計算上は流行の最大時点でもハード面での対応は可能」と説明している。

 一方、「空き病床が実際に使えるかどうかの確認も必要。病院の人材確保の問題もある」ともしており、25日、各都道府県に対し、調査結果を基にさらに十分な医療提供体制を確保するよう求める通知を出した。

順番に行きましょうか、

 新型インフルエンザ患者の入院診療に対応できる一般病棟の病床が、鹿児島を除く46都道府県の約4700の医療機関に計約71万5千あり、そのうち今月1日から7日までの期間に、使用されず空き病床となっていたのは計約13万8千だったことが25日、厚生労働省の調査で分かった。

この厚労省調査のソースが平成21年9月25日付事務連絡「新型インフルエンザに係る医療体制に関する調査結果(暫定版)について」になります。確認すると何故か鹿児島県だけが「調査中」となっていますが、診療報酬の届出を行っている稼働病床数(平成21年9月1日現在)の全国総数が71万4871床となっています。それと稼働実績(平成21年9月1日〜7日の病床利用の平均数)は57万6422床になっています。つまり

  • 鹿児島を除く一般病床総数は71万4871床
  • 9/1〜9/7の平均空床数は13万8449床
ついでに医療機関数は4764機関となっています。記事は間違っていません。続いて、

 同省が8月に発表した「流行シナリオ」によると、国内の患者数が人口の20%に達すると想定した場合、ピーク時の入院患者数は4万6400人。担当者は「約14万床が空き病床として確保できれば、計算上は流行の最大時点でもハード面での対応は可能」と説明している。

この流行シナリオは平成21年8月28日付事務連絡「新型インフルエンザ患者数の増加に向けた医療提供体制の確保等について」ですが、これはもうちょっと詳しい分析を行なっています。発症率については、

 全人口のうち新型インフルエンザに感染し、かつ発症する確率。通常のインフルエンザの2倍程度が発症するものとし、国民全体の20%が発症するとした(参考1)。また、最大では30%が発症するとしたが、都市部ではさらに発症率が高くなる可能性がある。なお、きわめて軽症で軽快したり、ほとんど症状を認めない感染者もいると考えられ、アジアインフルエンザや香港インフルエンザと同様に血清学的な感染率は、50%程度にまで高まる可能性がある。

発症率については未だに様々な推測がありますが、厚労省は20%説を取り、最大までの幅として30%も考えられると想定しているのが確認できます。そのため20%と30%の二本立てで予測値を算出しています。病床に関係するのは入院率ですが、

 新型インフルエンザを発症した者のうち、入院を要する状態となる患者の比率。国内における6月20日から7月24日までの全数調査4220人のうち53人が入院の適応と診断されていた(入院措置を除く)ことから1.5%程度とする。基礎疾患を有する者等への感染が広がる場合には、さらに上昇する可能性がある。

 なお、7月29日から8月18日までの入院患者数320人のうち、6歳未満が64人(20.0%)、6歳以上16歳未満が152人(47.5%)を占めており、通常のインフルエンザとは異なり小児入院患者が多いことに留意する必要がある。

国内のこれまでの統計から「1.5%」と想定している事がわかります。予測としてはそれ以上になる可能性の含みをもたせているのと、小児患者の比率が高いことも予想に入れています。もう一つ入院患者のうちの重症率の推定も行なっています。医療機関にとっては患者が重症か軽症で対応が大きく異なるからです。

 新型インフルエンザを発症した者のうち、重症化する患者の比率。7月29日から8月18日までの入院サーベイランス320人のうち18人がインフルエンザ脳症(5人)もしくは人工呼吸器管理が必要(15人)であったが、感染が高齢者にまで広がると、重症化する者の割合が大きくなると考えられることから0.15%程度とする。基礎疾患を有する者等への感染がより広がる場合には、さらに上昇する可能性がある。また、通常のインフルエンザでは年間100〜300人の小児がインフルエンザ脳症にかかると推計されているが、新型インフルエンザにおいても脳症の事例を認めており、小児、特に幼児への感染が拡大した場合には、インフルエンザ脳症が増加する可能性がある。

これも日本のデータからの推測ですが、重症化率は「0.15%」と想定しています。これらの予測値は今年が初めてですから、あくまでも予測です。とりあえずこれで、

  • 発症率:20%(〜30%)
  • 入院率:1.5%
  • 重症化率:0.15%
これらから算数が出来るのですが、この算数でわかるのは総数であり、病床が足りるかどうかはピーク時の入院患者数及び重症患者数となります。そのためには流行動態の予測が必要です。これもされており、

 感染症数理モデル(ケルマック・マッケンドリック型)等を参考とし、図1のように新型インフルエンザの流行動態を想定した。さらに、1人あたりが約5日間入院するものと仮定したところ、最大時点における年齢群別の入院患者数は表2のように推計された。自治体において活用しやすいように人口10万人あたりの入院患者数を表3に示している。なお、最近5年のインフルエンザ定点調査によると、定点観測値の全国平均が1.00 を越える期間(流行シーズン)は平均で17 週間であった。また、定点観測値が1.00 を超えると、その後、平均8週で流行のピークを迎えていた

これは発症率20%の予測グラフが作成されていますから引用します。

20%予想の最大入院患者数を4万6400人としており、これも記事の記述は正しい事になります。


おもしろくもおかしくもない検証でしたが、やはり気になることがあります。予想シナリオでは発症率20%と30%で行なわれていますが、30%モデルの推計がちょっとおもしろいものになっています。予想シナリオの20%と30%の入院率、重症化率の比較表です。

見ての通りですが、30%モデルでは入院率は2.5%に、重症化率は0.5%に増えるとしています。そういう入院率と重症化率が変動したピーク時の入院予想人数ですが、
ピーク時で6万9800人となっています。ここで予想シナリオには計算されていない重症化率を算数して見ます。

発症率 入院患者数 重症患者数
20% 4万6400人 348人
30% 6万9800人 1163人


重症患者数は概算で、20%モデルなら0.15(%)/20(%)の比率で重症患者が発生すると計算しています。重症患者というぐらいですから、ICUないしそれに準じる治療体制が必要と考えます。平成21年9月25日付事務連絡「新型インフルエンザに係る医療体制に関する調査結果(暫定版)について」にはICU病床数の調査も行われております。
  • 鹿児島を除くICU病床総数は1万813床
  • 9/1〜9/7の平均空床数は2477床
20%モデルならICU稼働率が77.1%から80.3%と約3%増える程度ですから対応は机上では可能そうにも見えます。しかし30%モデルとなると87.8%になりかなり厳しくなります。まだ10%以上空床があるではないかと言われそうですが、ICUも全国に満遍なく存在している訳ではありませんし、インフルエンザの流行や重症患者の発生も満遍なく起こるわけではありません。瞬間最大風速に耐えられるかの問題が出てきます。

ICUが必要になるほどの患者ですから、入院治療は待った無しです。例えば沖縄で満床の時に北海道に空床があっても対応できないという事です。地域の時差の問題のシミュレーションは無理なので、ICU病床数の差による不足試算をしてみます。人口比の問題もありますが、たとえば山梨のICUは18床しかありません。山梨は首都圏の連携も可能かもしれませんが、秋田なら25床、島根なら27床です。秋田で30%モデルで試算すると

  • ICU病床数:25床
  • ICU空床数:6床(稼動病床19床)
  • ピーク時重症患者数:10.4人
同様の試算を行なってピーク時にICU病床で対応できない重症患者が出る都道府県は、

都道府県 ICU病床数 稼動数 重症患者数 不足病床数
北海道 447 435 51.2 39.2
大阪 295 247 80.3 32.3
静岡 367 358 34.5 25.5
秋田 25 19 10.4 4.4
熊本 153 139 16.8 2.8
山梨 18 12 8.1 2.1


これは30%モデルでの地域事情による不足モデルの計算ですが20%モデルでも、
    北海道:3.3床
    静岡:1.3床
これだけは計算上不足します。これに関しては、

 一方、「空き病床が実際に使えるかどうかの確認も必要。病院の人材確保の問題もある」ともしており、25日、各都道府県に対し、調査結果を基にさらに十分な医療提供体制を確保するよう求める通知を出した。

現在の観測では季節性と新型のピークはずれそうにも思えますが、ずれたとしても季節性の重症患者もこれに幾分かは加わります。それとICU内の院内感染予防の問題も出てきます。これはICU勤務体験が無いので、ICU内の感染対策がどうなっているのか良く知らないのですが、空床分だけインフルエンザ患者を入院させる事は出来なかったはずです。これは一般病床も同様で、数字の空床分だけインフルエンザ患者を必ずしも入院させる事は出来ません。

それと呼吸管理はICU内だけではなく一般病床でも重症度に応じて行なわれることはあります。ただ一般病床のマンパワーICUより格段に落ちるため、呼吸管理を一般病床で行なうと、他の入院患者にしわ寄せが出るだけではなく、場合によってはその病棟への入院患者数を制限せざるを得ない事もあります。呼吸管理の上で厳重な院内感染対策が必要ですからね。

一つ不思議に感じたのはレスピレーターの数です。全国に3万2179台あり、稼動数が1万6100台だそうです。私の巡り合わせが悪いのか、勤務した病院では常にレスピレーター不足に悩まされましたから、あるところにはあるんだと妙に感心してしまいした。もっとも物凄い旧式機も含めると、それぐらいになるのかもしれません。


もう一度確認しておきますが、これはあくまでも予想であり、予測値は発症率だけでなく、入院率、重症化率、流行動態まで含めてどう変動するかは結果を見ないとなんと言えません。予測を下回る可能性ももちろんありますし、逆に予測を上回る可能性もあります。ワーストシナリオに展開しない事を祈るほかはありません。

ちょっと話がずれますが、感染症学会の緊急提言はこのシナリオに基づいたものであると考えると納得できるところがあります。30%モデルに発症率が振れると医療体制はICUレベルで破綻する可能性があります。発症は防ぎきれなくとも、タミフル積極投与により重症化率の引き下げは可能かもしれません。そこを最重視するとインフルエンザ治療薬と抗生剤の絨毯爆撃は有効かもしれません。