名古屋基準

12/9付CBニュースより、

名古屋にできて、なぜ東京、神奈川にできない?−周産期搬送で舛添厚労相

 12月8日に厚生労働省で開かれた「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」の第4回会合で、消防庁が産科・周産期傷病者の搬送状況を報告したが、大都市間でも搬送状況に開きがあり、特に東京と神奈川に課題が見られた。これについて、舛添要一厚生労働相は「なぜ名古屋にできて、川崎、横浜、東京にできないのか」と指摘した。

 消防庁は、政令指定都市などで、産科・周産期傷病者搬送で30分以上現場に滞在する事例の割合(2007年)を示した資料を提出。18都市の平均は8.0%だったが、名古屋が2.9%だったのに対し、東京消防庁13.3%、横浜市14.5%、川崎市17.2%などと開きが見られた。

 医療機関に受け入れの照会を行った件数についても、4回以上照会を行った事例は、名古屋が210件中ゼロだったのに対し、東京消防庁は2205件中229件(10.4%)、川崎市は664件中42件(6.3%)、横浜市は550件中88件(16.0%)だった。

 説明を受けて舛添厚労相は、「なぜ名古屋にできて、川崎、横浜、東京にできないのか。もう少し見る必要がある」と述べた。
 また舛添厚労相は、首相を本部長とする「地域医療改革に関する推進本部」を近く設置することについても触れ、「厚労省文部科学省総務省が共に対応するが、患者から見て何が必要なのかが重要。行政の機構など関係ない」と述べた。

「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」で議論されたのはデータのようです。データの元はまたまた救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についてです。悪いデータではないのですが、このデータにはひとつの欠点があります。このデータにまとめられている照会件数にしろ、救急隊の現場滞在時間にしろ、救急隊から病院に運ぶ時のデータだけです。つまり奈良大淀事件とか東京で2件続けて報道された病院間転送は含まれていないという事です。さらにになりますが、データの現場滞在時間とは搬送先が決定して救急車が動き出すまでの時間であって、病院に到着するまでの時間でないことです。そこは注意しておいた方が良いと思います。

舛添大臣は報道によると、

「なぜ名古屋にできて、川崎、横浜、東京にできないのか」と指摘した。

記事では簡潔すぎて舛添大臣の真意をどれだけ伝えているか分からないのですが、他に情報も無いのでこれに基づいて考えます。データがデータですから、検討された項目は救急隊搬送時の、

  1. 医療機関照会件数
  2. 現場滞在時間
この二つの指標で産科・周産期救急の評価を行なったと考えて良いかと思います。舛添大臣の言葉は名古屋が良くて、川崎・横浜・東京が良くないとの趣旨であり、もう一歩踏み込んで言えば名古屋レベルになれば合格点、すなわち問題は無いと発言しているとも解釈できます。つまり舛添大臣は産科・周産期救急の合格基準として、
    名古屋基準
これを打ち出したとも考えられます。別にこの事は悪いとは思いません。マスコミが主張するようなゼロ基準は理想ですが、理想の実現は現場的には非現実的であり、ある一定の許容基準が無いと達成は不可能です。50%を70〜80%に引き上げるのは比較的容易でも、95%を100%に引き上げるのは途轍もない費用と人員と設備を要します。そこを踏まえて名古屋基準を提唱されたと考えています。

では名古屋基準がどの程度のものかになります。CBニュースがまとめてくれているのですが、現場滞在時間は30分以上のもの基準としているようです。なぜに30分なのかですが、消防庁のデータ編集がそうなっているからとすれば良いかと思います。30分の根拠はそれぐらいにして、名古屋基準の現場滞在時間は、

    30分以上の現場滞在時間は2.9%以下
そうなるとCBがまとめた18大都市で名古屋基準を満たしているのは、札幌、静岡、名古屋、堺、北九州の5都市になります。それ以外の13都市は満たしていないことになります。18大都市の平均は8.0%となっていますが、2007年データから全体の分布を見てみます。
グラフの分布を見ると、川崎、東京、横浜は他の13大都市に較べると突出しています。第2グループとして千葉、さいたまがあって残りはその他と言う印象を持ちます。正確な数字の検算をサボりますが、基準として選ばれた名古屋は、川崎、東京、横浜、千葉、さいたまを除いた13大都市の平均ぐらいに位置しそうな気がします。それとこれもあくまでも印象ですが、現実的な基準としてはほぼ仙台が該当する5.0%ぐらいが妥当のような気もしますが、舛添大臣はより厳しい名古屋を選ばれたようです。

18大都市はこういうデータですが、全国データはどうなっているかも気になります。産科・周産期救急の現場滞在時間の全国データは、

    30分以上の現場滞在時間は全国平均は5.7%
もう少し細かく言うと、次の時間区分である60分以上で集計すると0.7%になり全部で111件です。ちなみに総件数は2万2159件です。111件のうち問題になっている川崎、東京、横浜が属する東京と神奈川の件数は55件ありますから約半数になります。もう少しだけ細かく関連データを見てみると、

待機時間区分 30分以内 30分以上 60分以上 90分以上 120分以上 150分以上 合計
全国 22159 1224 83 16 9 3 23494
東京・神奈川 3790 512 41 6 6 2 4366
東京・神奈川の割合 17.1% 41.8% 49.4% 37.5% 66.7% 66.7% 18.6%


こんな感じと思って頂ければ良いかと思います。確かに30分以上の現場待機時間に占める割合は多いのですが、一方で30分以内の待機時間の割合は17.1%です。これは総件数に対する割合が18.6%ですから、データとしては1.5%程度悪いに過ぎないと見ることも出来ます。ただ母数が大きいので30分以上の現場待機時間に大きな影響を及ぼしているとも考えられます。

ちょっと数字を操作したいのですが、東京、神奈川を除いた全国平均を見てみたいと思います。計算式は省略しますが30分以上の現場待機時間は4.0%になります。名古屋基準が2.9%ですから、かなり近いデータになります。ついでに18大都市のワースト上位の東京、神奈川、埼玉、千葉の4つを全国平均から除いてみると、なんと3.2%になります。まとめると

計算基準 現場待機時間30分以上
18大都市 8.0%
全国 5.7%
全国から東京・神奈川を除外 4.0%
全国から東京・神奈川・千葉・埼玉を除外 3.2%
名古屋基準 2.9%


こういう計算操作は恣意的の批判も出るかと思いますが、東京、神奈川、埼玉、千葉を除いた現場待機時間の全国平均は舛添大臣の名古屋基準をほぼ満たしていると取る事も可能かと考えます。もうすこし地域的に細かく見ると名古屋基準を満たしていない都道府県は全部で14都道府県です。具体的には、
    東京(13.2%)、神奈川(13.2%)、千葉(10.1%)、埼玉(7.3%)、栃木(6.4%)、奈良(6.2%)、大阪(5.6%)、茨城(5.6%)、山梨(4.7%)、兵庫(4.2%)、宮崎(3.8%)、広島(3.7%)、北海道(3.5%)、宮城(3.5%)
残りの府県は2.7%以下であり、その分布は、

現場待機時間30分以上 府県数
0.0% 7
0.0〜1.0%未満 4
1.0〜2.0%未満 15
2.0〜2.9%未満 7
合計 33


このようにデータだけで見ると現場待機時間の問題は東京を中心とする首都圏の問題であり、首都圏にとっては名古屋基準は非常に厳しい基準ですが、その他の地域にとってはほぼ達成できているとしてよいかと思われます。見方として18大都市のデータを基にすると厳しい基準に見えますが、全国データを基にすると必ずしも厳しい基準と言えないとも見れます。

舛添大臣の記事でのコメントは短く、名古屋基準が大都市圏に対してのものなのか、それとも全国一律のものなのか、はたまた川崎、東京、横浜に限定された改善目標なのかの真意ははっきりしません。


照会件数の名古屋基準は記事からだけですが、

4回以上照会を行った事例は、名古屋が210件中ゼロ

実は4回以上の基準も消防庁データなんですが、名古屋で4回以上の照会件数がゼロの理由は名古屋宣言が理由になります。名古屋宣言についてはリンク先を読んでもらえればわかるのですが、その骨子は

  1. 県周産期医療センターは救急車で来る妊婦を必ず受け入れる
  2. 2医療機関に断られたら、即座に県周産期センターに移送
これが実行されていますから、4回以上の照会件数はゼロになっています。県周産期センターとは名古屋第一日赤の事で、東京に先駆けてスーパーセンター化を行なった成果と言えない事はありません。こういうスーパーセンター化は地方に行くほど著明になります。照会件数が増えるには、照会するだけの医療機関がないと物理的に起こらないのですが、地方では10も20も照会するほど医療機関がそもそも存在しないからです。

照会件数と現場待機時間は必ずしも純比例しませんが、それでも照会件数が少ない方が現場待機時間が短くなります。少ない照会機関しかないために照会回数の増大は自ずと限度があり、現場待機時間は短くなるとしてもそんなに大筋では間違っていないと考えています。

また照会先医療機関が元々少なく、すぐに照会先がなくなるがために、最後の砦となる医療機関は万難を排して患者を受け入れる事になります。もし受け入れが出来なければ次のレベルは県外搬送になりますから、無理の上に無理を重ねる事になります。ただ地域差はありますが、地方では重症の搬送件数も相対的に少なく、連日連夜の無理算段を重ねているわけでは必ずしもありません。その代わりですが、照会件数も少なく、現場待機時間も短い代わりに搬送時間の長時間化は避けられないものになります。遠くても県内でそこしかない状態だからです。

この地方の「そこしかないから」を大都市である名古屋でやったのが名古屋宣言です。名古屋の産科関係者に聞くと名古屋第一日赤は修羅場と化しているそうです。地方のスーパーセンターと名古屋のスーパーセンターではどこが違うのでしょうか。非常に大雑把な計算になりますが、搬送件数の中の重症患者の比率はそう大差はないと考えています。比率が変わらないのであれば、そこから生じる重症患者の絶対数も搬送件数に比例すると考えられます。

また現場待機時間の話に戻ってしまうのですが、30分以上がゼロの県と舛添大臣名指しの東京、神奈川、さらに名古屋基準の愛知の病院間転送を含めた産科・周産期救急の搬送件数を見てみます。

都道府県名 搬送件数
福井 164
高知 185
山形 349
徳島 281
鳥取 202
秋田 306
島根 143
東京 4354
神奈川 3442
愛知 2547


名古屋第一日赤の守備範囲と現場待機時間30分以上のゼロの県の守備範囲ではかなり差があると感じます。もちろんですが、単純に件数だけで比較するのは危険で、スーパーセンター的な施設の能力の比較、これを支える他の施設との比較も必要です。そこまでは手が回らないのですが、現場待機時間ゼロの県の搬送件数ならなんとかスーパーセンターとして看板通りの能力を発揮しそうな気はします。つまりデータ上の数だけ見ると、医療スタッフの頑張りと他の医療機関との協力で現状の戦力でもなんとかカバーできるんじゃないかと思えます。言うまでも無いことですが、搬送件数のすべてがスーパーセンターに押し寄せるわけではありません。ただ押し寄せる率は近いのではないかと考えています。

問題は現場待機時間ゼロの県に対して守備範囲が10倍程度ある名古屋宣言の試みです。東京のスーパーセンター構想も3〜4ヶ所としていましたから、名古屋日赤ほどではありませんが、それでも5倍程度の守備範囲となります。ここで名古屋日赤が名古屋宣言以来、何とか破綻していないから模範とすべきものなのか、やはり無理があるものなのかの評価が必要であると考えます。東京のスーパーセンター構想は名古屋宣言より条件が緩和しているとも見れますから、データ上は「名古屋に出来たのなら、東京ならラクラク」になるとも見れますが、そんな単純な結論で良いのか少々疑問です。


もう一つ、個人的に気になるのは冒頭の方で書いた消防庁データの使い方です。救急搬送の目的は治療が必要な患者に一刻も早く治療を始める事です。救急搬送でのステップは、

  1. 救急隊が搬送先を見つける時間
  2. 救急隊が搬送する時間
この2つに分けられると考えます。この2つの時間の合計が患者の生死を分けるとしても良いかと思います。どちらも短縮する努力は必要です。もう少し言えば二つの合計を短縮するのがもっとも重要です。現時点の救急に対する議論は「救急隊が搬送先を見つける時間」に偏りすぎている印象があります。あくまでも印象ですが、偏りすぎて「救急隊が搬送先を見つける時間」さえ短縮すれば救急の問題はすべて解消みたいに認識されつつあるんじゃないかの印象を抱いています。

「救急隊が搬送先を見つける時間」の解消だけなら、極論すれば東京にでもウルトラ巨大戦艦病院を作り、そこが24時間稼動でいつでも受け入れOKにすれば解決します。全国どこでも照会件数は1回になり、現場待機時間はゼロになります。その代わり場所によっては搬送時間が長時間化します。北海道の地方や、沖縄の離島あたりになると1日がかりになっても不思議ありません。それでも消防庁のデータは理想的な数字になります。

ここまで極端にならなくとも、集約化とはこれの小型版が展開されるわけです。その辺のバランスについても、賢明なる舛添大臣以下の会議に集まる諸賢は十分論議して下さっていると信じたいのですが、実相はどうなんでしょうか。