奈良の院長公募

この話はssd様中間管理職様が先に書かれてますから、私は趣向を変えて精一杯評価しながら見てみたいと思います。そう思いながら最後まで貫き通せるか不安の塊になってしまうのですが、前向きの姿勢で出来る限り善処したいと思います。

まず記事ではバラツキのあった奈良県奈良病院の公募条件を平成20年度奈良県職員採用(特定任期付職員)募集案内〈県立奈良病院長〉から確認してみます。まず募集内容です。

採用職種 勤務地 採用予定 補職名 職務内容
医師 県立奈良病院 1名 病院長 県立奈良病院で、病院長として経営管理に従事する。


任用期間は、

平成21年4月1日から平成26年3月31日(5年間)〈予定〉

う〜ん、「予定」と言うのは延びる可能性を指すのか縮まる可能性を指すのかチト微妙な表現です。10/8付Asahi.com関西では記者会見に臨んだ奈良県知事は、

新たな経営感覚で赤字に苦しむ病院会計の改善を図る。

なるほどなんですが、そう言えば募集内容の職務内容も「経営管理」と明記してあります。つまり医師としての臨床上の技量ではなく、経営管理手腕が院長として求めている条件となります。ここは皮肉を言っているのではなく、院長ともなれば臨床の技量を自ら振るうよりも部下に揮わせるマネージメントの役割が求められるのは当然だからです。その辺の条件は通常微妙にぼかす事が多いのですが、ある意味ここまではっきりさせているのは好感が持てるとも考えられます。無理にでもそう思います。

応募資格の一部ですが、

  1. 臨床経験25年以上を有する医師
  2. 昭和23年4月2日以降昭和33年4月1日までに生まれた人(採用時50歳〜60歳まで)

院長になるぐらいですからある程度以上の経歴が必要なのはわかりますが、

    臨床経験25年以上を有する医師
この条件の評価は如何でしょうか。臨床能力は個人差が大きいとは言え大雑把に経験年数で量ることができます。しかし院長公募の条件は臨床能力ではなく経営管理能力です。これは知事も明言していますし、職務内容にもそう明記しています。経営センスと言うのはこれは天与のものですし、経験を積めばある程度は身につくというものの、臨床経験を重ねてもあまり関係ありません。経営管理能力と臨床経験はまったく相関しないものと考えます。

医師の世界も卒業年次による年功序列の関係は色濃くありますが、今回の公募企画は病院の赤字と言う非常事態の打開のために、院長の年功序列による順送り人事の慣行を変えたいと考え、経営センスに優れた人材を広く求める姿勢を示したわけですから、チトどうかと考えます。もちろん一般に組織の長に若年者を配した時は不協和音がでやすいのは確かです。それでもあえて立てる事はあります。組織の非常事態の時です。

非常事態となれば、その事態の克服にもっとも相応しい有能な人材を席次を無視して重職につけ、思う存分腕を揮わせる対処を行ないます。今回の院長公募もそういうケースかと思うのですが、年齢経験条件が中途半端です。真に経営管理に有能な人材なら年功序列を飛び越えた事による不協和音も管理してしまいます。

医師であって経営管理にも有能な人材として著名な人物としては、たとえば夕張の村上智彦医師がおられます。しかし村上医師は今年47歳で条件に当てはまりません。また医療業界ではありませんが、カルロス・ゴーン氏が日産の再建を託されてCOO(最高執行責任者)に就任したのが45歳の時であり、アメリカ大統領候補のバラク・オバマ氏は47歳です。日産と言う大企業を管理する能力は大変なものですし、アメリカ大統領候補に勝ち上るのも想像を絶する手腕が必要です。そういう人材をこの公募条件では取りこぼしている可能性があるので大変惜しまれます。

ついでに言えば奈良には経営分析のプロとも言える医師が実在しています。現在は医師ですから元プロですが、少々の経営管理センスがある医師よりも実務経験が途方も無く分厚い医師です。惜しむらくはまだ研修医1年目なのでさすがに院長には早すぎる気もしますが、そういう人材を発掘するにはせめて40歳代ぐらいまで公募範囲を広めたほうが良い様な気がします。

選考は小論文と面接のようですが、小論文のテーマは、

「県立奈良病院の運営ビジョン」

さすがに経営ビジョンとまであからさまには書かなかったようです。もう一つ面接の具体的選考ポイントとして、

小論文に記述された内容を中心に、病院運営に必要な経営能力、所属職員を統率する指導力、医療制度に関する知識等について個別面接による選考

ポイントは3つのようで、

  1. 経営能力
  2. 指導力
  3. 医療制度に関する知識
ここまで具体的に書かれたら、小論文もとくに経営についての具体的なビジョンをビッシリ書く必要がありそうです。一つ疑問なのは経営についてのビジョンを具体的に書くには基礎的な統計資料が必要です。なんにも具体的な資料なしで書くのはかなり辛いかと思うのですが、これは応募すれば渡してくれるのでしょうか。まさか10/9付times-netにある、

同院の2007年度決算は5億2000万円の赤字で、累積損失が2億円となっている。

これだけの情報で書かなければならないのでしょうか。

公立病院の収支は一般企業とまた別種の趣があると聞きますが、記事情報をごく素直に解釈すると2007年度の単年度赤字が5億2000万円のようです。ところが累積損失は2億円となっています。そうなると2006年度時点では3億円の剰余金と言うか内部留保みたいなものがあったと考えるのが妥当です。そう考えないと帳尻が合いません。2008年度になって経営状況がどう変ったかの情報はありませんが、良くなっていると考え難いところがあります。つまり2008年度も単年度赤字が5億2000万円程度は出ていると考えてよいかと思います。

そうなると2009年度に公募院長就任時の決算状況は、

  • 単年度赤字:5億2000万円
  • 累積赤字:7億2000万円
これよりもっと多いかもしれません。当然ですが公募院長にはこれの改善が経営管理として一番に求められるかと考えられます。小論文の運営ビジョンで求められる内容も、これを具体的にどう解消するかになるのですが、なぜ赤字が増えたか、院長として揮える権限はどこまであるかなどの条件が分からないと下手すると机上の空論みたいになる可能性が出てきます。机上の空論をいくら審査しても適任者かどうかの判定は容易じゃないように思います。

噂になった給与条件もちょっとおもしろいものです。NHKニュースでは

院長の報酬を、今よりも10%以上、引き上げ、年収1450万円程度にするということです。

引用は省略しますが、月給85万円、成功報酬85万円と言う報道もあります。これらは公募要項にはもう少し具体的に書いてあります。

「一般職の任期付職員の採用等に関する条例」に基づき支給されます。
給料は月額85万円程度を予定しています。※なお、現在本県では、4%の給与抑制を実施しているところであり、減額前の額で表記しています。その他、通勤手当、期末手当(賞与)が条件に応じて支給されます。
期末手当を合わせた年収は、1,450万円程度(4%の減額後の額で計算しています。)を予定しています。
なお、特に顕著な功績を挙げたと認められる場合には、特定任期付職員業績手当(給料1月分に相当する額)が支給されます。
また、特定任期付職員としての在職期間に対してのみ退職手当を支給します。

お役所上の手続き表現なのでしょうが、月給85万円には但し書きがついています。

    ※なお、現在本県では、4%の給与抑制を実施しているところであり、減額前の額で表記しています
細かい事ですが月額は85万ではなく81万6000円になります。もっとも年額1450万円のほうは、
    期末手当を合わせた年収は、1,450万円程度(4%の減額後の額で計算しています。)
こちらの方は4%減額ではないとしています。そうなるとなんですが、これも話題になった。
    特に顕著な功績を挙げたと認められる場合には、特定任期付職員業績手当(給料1月分に相当する額)が支給されます。
これも85万でなく4%減額された81万6000円と考えるのが妥当かと思われます。重箱の隅みたいな話で申し訳ありません。

この院長の報酬については様々な意見があるのですが、私も低いと思います。1450万円ももらって「安い」とは思い上がりだの声も出るかもしれませんが、やはり低いと思います。この辺は院長職をどう考えるかによりますが、院長とは勤務医のヒエラルキーのトップグループに属します。勤務医のヒエラルキーの頂点は今でも教授かとは思いますが、院長とくに大規模な病院の院長職はそれに匹敵するものがあります。

県立奈良病院は病床数430床の堂々たる病院です。そこの院長に就任するためには幾多の競争を勝ち抜き、運にも恵まれないと就任できません。院長職や教授職への考えは昔より変っていますが、それでも腐っても鯛で、こんな僻んだブログを書いている私でも医師として十分な敬意を払います。そういうたどり着くのに非常な困難を伴う地位の報酬が1450万円では夢が無さ過ぎます。

他の業界で言えばそれなりに大きな企業の社長の給与が年収1450万円と聞けば、勤めている従業員のモチベーションはそれだけで下がる様な気がします。あくまでも一般論ですが、社長の給与とはその会社の給与の上限を示しているもので、野心的な社員なら「いつかはその椅子に座ってやろう」と目標にする地位と給与です。

給与条件は成功報酬を含めても年収1500万円余りです。5億2000万円の赤字を解消し、さらに累積赤字まで解消して黒字経営に戻してもそれだけです。求められる仕事、さらに院長と言う座の価値を考えれば高いとか妥当と言うより低い様な気がしてなりません。高い報酬で必ずしも有能な人材が得られるかどうかは保証できませんが、安い報酬で有能な人材を得ようとするのはまさに至難です。人材はある程度まで報酬額に応じて質が連動するからです。

県立病院と言うか公立病院の給与は一般に低水準ですので、求められるものが現状の維持だけであるのなら1450万円でも院長職と言う名誉と引き換えに妥協しなければならないかもしれません。しかし今回の公募は5億2000万円の単年度赤字の解消や累積赤字の解消を期待しているわけですから、もう少し色をつけるべきではないかと考えます。そのために任期をわざわざ5年に区切っていると考えるのですが、どうも考え方と言うか条件提示が中途半端である事が残念な気がします。

条件が違うので単純には比較は出来ませんがe-doctorの関西での常勤医募集では、

あくまでも参考ですが、こんな感じが一つの指標です。

奈良の企画がどうなるか分かりませんが、県庁所在地レベルの公募の先例を示しておきたいと思います。伊関友伸氏のところからで、

岡山市金川病院 新年度の院長 公募不発で空席 (岡山日日新聞 平成19年3月16日)

 建て替えが懸案となっている岡山市金川病院(同市御津金川)で、新年度からの院長がまだ決まらず、不在になる可能性の高いことが15日、市議会保健福祉委員会(鷹取清彦委員長)で明らかになった。

 市病院局では今年度末に市民病院で3人、せのお病院で2人、金川病院で1人の幹部が退職。金川病院では院長が退職するが、岡山大、川崎医大に依頼したほか、インターネットでも公募したが、後任が見つからなかった。このため4月から当面の間、院長は空席となる見通し。

 同病院では現在、市民病院から外科、内科の医師が派遣されており、新年度には往診や訪問リハビリテーションなど新たな取り組みによる患者増、地域開業医との連携強化を目指している。

二の舞になりませんように。

ところでなんですが、岡山の例のように公募がなければどうなるんでしょう。院長を置かないわけにはいきませんから考える選択枝は二つで、

  1. 院長代行を立てあくまでも公募を続ける
  2. 従来どおりの内部昇格にて院長を選出する
ここで内部昇格の場合、内部の医師には経営管理能力について既に「失格」の烙印が押されているかと考えます。内部にそういう人材がいたのなら全国初の県立病院院長の公募なんかする必要が無いからです。いないからこそ公募に踏み切ったわけです。そうなると内部昇格の院長には、
  1. 給与は年収1450万円 → 1300万円程度に下がる
  2. 成功報酬とも言える特定任期付職員業績手当は無い
  3. 任期は定年まで
  4. 経営管理能力は期待されていないから業績改善についてはウルサクない
1.〜3.はそうなるとしても、4.の条件では肝心の赤字経営の改善が期待できません。まさか、まさかと思うのですが従来の院長条件で単年度5億2000万円の経営改善を課そうと言うのでしょうか。そうなれば何となくですが懲罰的昇進に見えないでもありません。ここで公募がなければ院内の人物に因果を含めて応募させて体面を取り繕うと言う手もありますが、そこまでなれば「何のための公募だったんだ?」の声が議会あたりに上がりそうで心配しておきます。

う〜ん、う〜ん、努力しましたがあんまり前向きの評価にならなかったみたいなので遺憾としておきます。