消防庁の「たらい回し」データ

3/11付で消防庁から救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についてが発表されています。この報告はデータだけなんですがいわゆる「たらい回し」の実態を救急隊サイドから分析したものとしておもしろそうです。

まずですが「たらい回し回数」の集計です。

分類が
  • 重症救急(重症以上傷病者)
  • 産科救急(産科・周産期傷病者)
  • 小児救急(小児傷病者)
  • 救命救急(救命救急センター等搬送傷病者)
こういう風にされ以下もこれに従ってデータがまとめられています。重症救急としましたが分類では「重症以上傷病者」ですから軽症と見なされた救急は除外されていると考えても良いのかもしれません。

「たらい回し回数」ですがどうも「4回以上」がとりあえず問題視されるようで「11回以上」は大問題と消防庁は定義分類しているように思えます。そうなると合格ラインの「3回まで」でデータを見直すと、

分類 3回まで 4回以上
重症救急 96.1% 3.9%
産科救急 95.2% 4.8%
小児救急 97.3% 2.7%
救命救急 94.3% 5.7%


ややばらつきはありますが「たらい回し」と問題視される頻度は全体の5%弱程度になります。決して少ない訳ではなく20件に1件弱程度は発生している事になります。

「たらい回し」と言っても救急車が街中をグルグル走り回っているので無く、厚労省用語の「電話での搬送」である問合せ件数の事です。問合せは現場の救急隊が携帯電話で行なう部分と、ある程度時間がかかると救急隊司令部が乗り出すことがあります。司令部が乗り出すと問合せ件数すなわち「たらい回し回数」が飛躍的に増える傾向がありますが、どちらにしても救急車は救急現場に留まり搬送先を探す事になります。その現場滞在時間の集計があります。

おそらく誤差のうちですから目くじらを立てる程の事は無いと思うのですが、先ほどの「たらい回し回数」3回までの表と合わせてみます。

分類 3回まで 30分以内
重症救急 96.1% 96.0%
産科救急 95.2% 94.3%
小児救急 97.3% 98.5%
救命救急 94.3% 93.0%


重症救急はほぼ一致、小児救急は「たらい回し」3回以上でも30分以内に搬送先を見つける事もあるようですが、産科救急では0.9%、救命救急では1.3%が問合せ3回未満でも滞在時間が30分以上必要だった可能性を示唆しています。30分以内の中には問合せが4回以上のものも含まれていると考えられ、1件の交渉に長時間を要したものがあると考えても良さそうです。

これも重箱の隅なんですが、4つに分類された救急搬送は問合せ回数、滞在時間ともほぼ似た分布になっています。小児救急の滞在時間がやや短くなっているぐらいで、他はほぼ同じです。ここでやや不思議に感じるのが「救命救急センター等搬送傷病者」です。救命救急センターは全国で205施設、それに準じる能力のあるものを含めてもそれほど多くは無いと思います。つまり一般の重症救急に較べると問い合わせる事が出来る医療機関が限定されるという事です。考えられるのは二次救急に断られた挙句に三次救急になだれ込んだもありますが真相はどんなものでしょうか。

重箱の隅はこの辺にして、当たり前ですが「たらい回し回数」が増えるほど滞在時間がほぼ正比例して長くなっていると考えられます。

次に都道府県ごとのデータです。まず重症救急のデータを見てみますが、消防庁が問題視している「たらい回し回数」が「4回以上」の頻度ベスト10を抜粋してみます。

都道府県 総件数 4回以上 6回以上 11回以上
東京都 42735 4769 2300 614
埼玉県 21376 1661 686 129
神奈川県 23700 1358 245 32
千葉県 15521 979 400 66
大阪府 9682 975 373 71
兵庫県 11254 641 205 28
奈良県 4134 527 229 41
宮城県 8235 509 192 26
茨城県 9040 459 151 14
栃木県 6397 281 77 11


近畿の御三家も入っていますが、首都圏が揃い踏みなのは笑います。もっともこういうデータは頻度だけで比較するのは問題があり、搬送件数に対する比率で表した方が実感を示すと思います。全都道府県でやる時間が無いので頻度ベスト10の分だけ見直してもます。

都道府県 4回以上 6回以上 11回以上
奈良県 12.7% 5.5% 1.0%
東京都 11.2% 5.4% 1.4%
大阪府 10.1% 3.9% 0.7%
埼玉県 7.8% 3.2% 0.6%
千葉県 6.3% 2.6% 0.4%
宮城県 6.2% 2.3% 0.3%
兵庫県 5.7% 1.8% 0.2%
神奈川県 5.7% 1.0% 0.1%
茨城県 5.1% 1.7% 0.2%
栃木県 4.4% 1.2% 0.2%
全国平均 4.0% 1.5% 0.3%


見ての通りで奈良、東京、大阪が「たらい回し回数御三家」である事がわかります。東京、大阪の場合は「たらいを回せる医療機関」が多いのも一因でしょうが、それでも全国平均の約2.5倍は少なくないと感じます。奈良は掛け値なしで深刻であるのは言うまでもありません。

もう一つ産科救急も見てみます。まず「たらい回し回数」が「4回以上」の頻度順です。

都道府県 搬送件数 4回以上 6回以上 11回以上
大阪府 3838 288 113 6
東京都 2251 230 112 31
神奈川県 2031 187 30 6
千葉県 915 58 24 3
埼玉県 1906 84 23 2
兵庫県 1134 39 6 1
茨城県 545 35 17 1
北海道 1008 22 7 1
福岡県 703 21 5 0
奈良県 385 19 5 1
宮城県 248 15 4 1
栃木県 273 12 2 0


ちなみになんですが、全国の産科救急の「たらい回し回数」が「11回以上」は全部で53件なのですが、そのうち31件が東京都です。また6回以上はこれも全部で363件なのですが、東京都が112件、大阪府が113件で群を抜いており、その次が神奈川の30件になっています。

続いて搬送件数比です。

都道府県 4回以上 6回以上 11回以上
東京都 10.2% 5.0% 1.4%
神奈川県 9.2% 1.5% 0.3%
大阪府 7.5% 2.9% 0.2%
茨城県 6.4% 3.1% 0.2%
千葉県 6.3% 2.6% 0.3%
宮城県 6.0% 1.6% 0.4%
奈良県 4.9% 1.3% 0.3%
埼玉県 4.4% 1.2% 0.1%
栃木県 4.4% 0.7% 0.0%
兵庫県 3.4% 0.5% 0.1%
福岡県 3.0% 0.7% 0.0%
北海道 2.2% 0.7% 0.1%
全国平均 4.8% 1.6% 0.2%


これが物凄いのですが、全国平均より上の都道府県は7つしかなく、東京、神奈川、茨城、千葉と首都圏がずらりと並んでいます。上位に並べていますが埼玉以下は平均以下であり、報道で有名な奈良はほぼ全国平均である事が分かります。

「たらい回し王国」は重症救急でも産科救急でもまずは首都圏・近畿圏である事が分かりますが、首都圏の方がより深刻であり、首都圏の中でも東京・神奈川が深刻であり、首都圏の最後の牙城とも言える東京が深刻であることをデータは示しています。象徴的なのは東京の産科救急で、全国でもダントツの重度の「たらい回し頻発地帯」である事も明らかです。

それにしてもこれだけの産科救急の「たらい回し回数」がある割には東京はマスコミベースでは話題になりません。理由を考えていたのですが、他の道府県では11回以上の「たらい回し」は稀なので報道価値が出てくると考えます。一方東京では日常過ぎてニュースバリューに既にならないのではないかと考えます。何と言っても東京での産科救急「たらい回し回数」の「11回以上」は31件、次が神奈川、大阪の6件ですから実に5倍以上です。これだけあれば「もう事件ではない」と感じても不思議ありません。