見せしめ

今日は本題に入る前に割り箸訴訟民事で完勝したらしい事をお祝いさせて頂きます。被告医師はもちろんの事ですが、ネット医師としては早くから支援のために尽力されていた「いのげ先生」にも祝辞を贈らせて頂きます。昨夜はどれだけ飲まれたかを想像するだけで怖ろしいぐらいです。この件についてはエントリー内容予想までありましたが「嬉しかった」のみにさせて頂きます。

本題です。2/12付け産経ニュースより、

宇和島徳洲会病院の保健指定取り消しへ

 宇和島徳洲会病院愛媛県宇和島市)の万波誠医師(67)らが行った病腎移植に絡む診療報酬の不正請求問題で、厚生労働省と愛媛社会保険事務局は、同病院の保健医療機関の指定取り消し処分と、万波医師と別の男性医師(泌尿器科)の保険医登録を取り消す方針を固めた。近く、病院側の最終弁明の機会となる「聴聞」を実施し、愛媛地方社会保険医療協議会の答申を受けて正式に決定する。

 保健診療での患者負担は原則3割だが、保健医療機関の指定や保険医登録が取り消されれば、診療費用は患者の全額負担となる。短期間で医療機関の再指定が認められたとしても、入院患者の転院など地域医療の混乱は避けられない見通しだ。

 万波医師が実施してきた腎移植の手術数は全国でも屈指で、支援者は全国に広がる。しかし、厚労省は度重なる不正と、1億円を超すとみられる不正請求額の大きさなどから取り消し処分が妥当と判断したとみられる。

 厚労省などによると、万波医師らは平成16年9月から18年9月にかけて、国が治療法として認めない「特殊療法」とされる病腎移植を11件実施し、保健医療として請求。さらに手術の際、患者に文書で説明するなどの同省が保険適用の条件として定めた通則に従わず、すべての手術で文書を作成していなかった。

 これまでの監査で泌尿器科のほか内科や外科など複数の診療科で、入院治療や手術などで実際には行っていない投薬や検査を診療報酬明細書(レセプト)に「付け増し」して記載し、過剰な保険請求を重ねていたことが判明している。

 万波医師は「付け増し」請求については「知らない」と否定しているが、そのほかの保険請求などについては「悪意で行ったものはひとつもない」と弁明。しかし、「最終的には国の処分に従う」と話している。

 また、厚労省などは、万波医師が16年3月まで勤めていた市立宇和島病院にも今年1月までに複数回の監査を実施。対象となる14年以降、万波医師は3件の病腎移植を同病院で実施しているほか、カルテに記載のない診療など新たに判明した不正もあり、同病院も保健医療機関指定の取り消し処分の方針。同病院に関しては、処分期間は短期間になる見通しだ。

保険医療機関指定取消は医療機関にとって非常に重い処分で、そう簡単には発動されるものでは本来無かったはずです。今回問題になったのは診療報酬不正請求ですが、記事からは、

  1. 国が治療法として認めない「特殊療法」とされる病腎移植を11件実施し、保険健医療として請求
  2. 手術の際、患者に文書で説明するなどの同省が保険適用の条件として定めた通則に従わず、すべての手術で文書を作成していなかった
  3. 泌尿器科のほか内科や外科など複数の診療科で、入院治療や手術などで実際には行っていない投薬や検査を診療報酬明細書(レセプト)に「付け増し」して記載し、過剰な保険請求
腎移植と言われても完全に門外漢なのですが、話題になった病気腎移植は当時
    国が治療法として認めない「特殊療法」
だったのでしょうか。

病気腎移植の是非については医師の間でも賛否両論があり、今でもそれは続いているかと思います。是非の判断を下そうとは思いませんが、この病気腎移植が話題になったのは、当時も今も腎移植としては正道ではなく、普通の医師ならやろうと思わなかった治療であったからだと思います。

やろうと思わなかった事を実行することはリスクも伴いますが、時に大きな成果が得られます。病気腎移植がどうかの評価には時間を要しますが、日本はともかく海外、とくにアメリカでは高評価を受けていると聞きます。アメリカが評価したから手離しで認めるわけではありませんが、病気腎移植に高評価を与えている医師は決して少なくない証拠にはなるかと思います。

臓器移植については死体からの提供に関しては臓器の移植に関する法律が定められていますが、調べた範囲では生体移植についてはどうやら無いようです。無い証拠と言ってはなんですが、施設ごとにガイドラインが定められている事からも窺えます。あれば法に従ってのものになるだろうからです。

ドナーの対象も現実にはトラブル回避の意味合いもあって、日本のほとんどの施設は生体腎移植のドナーは血縁者(両親・兄弟姉妹・子供・近い親戚)または配偶者のみに限定しているようですが、医学的・倫理的問題が無ければ、誰でもなることが出来るとなっています。問題の病気腎については、どの施設もドナーの健康を条件としています。これは知識に乏しいので雑な言い方になりますが、病気腎では治療にならない常識があるためだと考えます。

通常は法律の定めの無い生体移植より、死亡者からの移植の方がより厳しい定めがあると考えるのですが、医者の責務として、

第四条

 医師は、臓器の移植を行なうに当たっては、診療上必要な注意を払うとともに、移植術を受ける者又はその家族に対し必要な説明を行い、その理解を得るよう努めなければならない。

こうなっているぐらいで、「診療上必要な注意」の中に含まれるかもしれませんが、病気腎移植については明確な取り決めが無いように読めます。だからこそ病気腎移植が問題になり、あれだけの騒ぎがあっても、担当医師が法律違反で逮捕されたりもなく、宇和島徳洲会病院の倫理委員会が「問題なし」の声明を出したり、逆に学会が「禁止」の声明を出したりのドタバタになったと考えています。

どうにも、今になって病気腎移植を国が認めていなかった特殊療法になるから保険の不正請求になるという理由は、後だしジャンケンの様な気がするのですが如何でしょうか。



2つ目の、

    保険適用の条件として定めた通則に従わず、すべての手術で文書を作成していなかった
これもおかしな話で、病気腎移植が認められていない特殊療法であり保険適用外であるのなら、文書云々はそもそも関係ない事になります。病気腎移植が保険適用外であるから不正請求だけで話は終わりのはずです。どうにもここは、
  • 第一段階:病気腎移植が保険適用であるかの審査
  • 第二段階:病気腎移植が保険適用なら通則違反
この二段構えで追及が行なわれたと解釈したほうが良さそうです。



3つ目の

    診療報酬明細書(レセプト)に「付け増し」して記載し、過剰な保険請求
これが本当なら当然責任を問われるでしょう、完全な架空請求になりますからね。それでもこれを行なえば即保険医療機関取消になる事は通常考えにくく、よほど大規模に常習的に行なわれている事が必要だと考えますが、その辺の情報はこれだけでは分かりません。


ただ記事の最後の方にある、

市立宇和島病院にも今年1月までに複数回の監査を実施。対象となる14年以降、万波医師は3件の病腎移植を同病院で実施しているほか、カルテに記載のない診療など新たに判明した不正もあり、同病院も保健医療機関指定の取り消し処分の方針

これは相当気になる表現です。病気腎移植を保険の不正請求にするのは社会保険事務局の既定方針のようで、宇和島徳洲会病院が11件で、市立宇和島病院が3件だから、件数の少ない市立宇和島病院の方が処分が軽い方針としています。その処分が妥当かどうかはよく分かりません。

ここで2/11付け朝日新聞では

万波氏が25件の病気腎移植を手がけた前勤務先の同市立宇和島病院

つまり平成14年以降は3件、平成14年以前は22件あったが、調査対象は平成14年以降(カルテ保存期間)のみだから処分対象は3件であり、11件の宇和島徳洲会病院より罪が軽いと解釈しなければならないようです。

さらに

    カルテに記載のない診療
ここが良く分かりません。宇和島徳洲会病院での過剰な保険請求に類するものなのでしょうか。産経記事からは漠然としてよく分からなかったのですが、これも朝日記事で補足します。

病気腎移植を受けた患者のカルテの一部が、治療終了後5年間の保管義務に反して破棄されていたことが判明

どうにも万波医師の泣き所はカルテ・書類を書くのがすこぶる億劫だったと考えられます。移植手術も報道によれば同意書も取らなかったとなっていますから、カルテ記載の乏しさはおおよそ想像できます。その手の医師はいたから想像がつきますが、あんまりカルテを書かないだけではなく、退院後のサマリーも医局の机にうず高く積もるタイプで、あんまり積もりすぎて、カルテ本体すら行方不明になってしまう感じです。どうも社会保険事務局はその点を徹底的に責め立て、不正をあぶりだして処分に持ち込んだとも見えます。

上の方で病気腎移植に関しては賛否両論があるとしましたが、厚労省の方針が絶対的に「否」である事だけは記事から分かります。絶対的に「否」という意味は金輪際保険適用はしないとの宣言と言う意味です。金輪際の見せしめが宇和島徳洲会病院及び市立宇和島病院の保険医療機関指定取消処分です。この処分は経過から考えると学会声明以後に動いていますから、学会のお墨付を得て、嵩にかかって行なったと感じてしまいます。

見せしめ効果は抜群でしょうが、この被害を蒙るのは患者であり、どうにもスッキリしない幕引きです。藤枝市立病院の歯科不正請求による保険医療機関指定取消処分も大きな波紋を投げかけましたが、今後の厚労省の方針として厳罰化路線は明らかで、少しでも隙あらば医療機関の死命を制するような処分を容易に下してくるようです。

厚労省的には一罰百戒の効果を狙っているのでしょうが、被害を受けるの者の中には患者も当然のように含まれ、一罰百壊、一罰千壊以上の破壊力があります。ま、お上に楯突くとこうなるという見せしめでしょうか。

病気腎移植の評価は今後海外で検証されるかと予想されます。万波医師も居づらくなった日本を離れる可能性は十分ありますし、招聘に動く海外医療機関があっても不思議ありません。海外での検証の結果、病気腎移植が治療法として望ましいものではないの結論が出れば厚労省の今回の行動は先見の明ありです。逆に確立した医療としての評価が高まれば愚の骨頂になります。

あくまでも知る限りですが、万波医師は手続き上の事では脇の甘さを露呈していますが、実際に治療を受けた患者に不利益をもたらしたとは聞き及びません。つまり医学としては成果を収め、実績を積み上げているようなのです。ここでこの治療法の芽を根こそぎ叩き潰した事が将来の禍根にならないかを懸念します。

もっとも処分に動いた関係者にとって将来などは、

    そんなの関係ね〜
でしょうけどね。