平成20年度診療報酬改定の指針

第27回社会保障審議会医療保険部会の資料を連日漁っていますが、今日も配布資料のうち平成20年度の診療報酬改定に向けた検討について を読んでみたいと思います。実のところ、おもしろくも、おかしくもない代物ですが、マスコミ報道で漏れ聞いた集大成と思えば良いようです。

まずは冒頭部の前文です。

平成20年度診療報酬改定に向けた検討については、今後社会保障審議会においてとりまとめられる基本方針や内閣において決定される改定率を踏まえて行われる。

その検討に当たっては、一定の地域や産科・小児科などの診療科において必要な医師が確保できず、医療の提供や患者の受療に支障が生じている状況もあり、地域医療の確保・充実に特に配慮を行う必要がある。

そんなに悪い事は書いていなくて、

  • 産科・小児科への対策
  • 地域医療の確保
これに力を入れると書いてあります。ツッコミを入れれば、未だに産科、小児科だけが危機の認識がかなりの周回遅れであり、外科の危機、さらに外科手術を支える麻酔科の壊滅的な状況にはノータッチであるのは指摘しておいてよいでしょう。ツッコミはともかく、後の指針と較べてもらえるとわかるのですが、冒頭部に恭しく書いてある割には具体的内容は皆無に等しいものがあります。まさかですが、スローガンと雀の涙ほどの加算でお茶を濁しそうな気がします。

続いて書かれているのは「より良い医療の提供を目指すための評価」とあります。なんのこっちゃらミカンやらですが、この章は三つに分かれ、第1部は「医療の実情を踏まえた視点からの検討」になっています。実情とはまた思い切った表現ですが、社会保険審議会が考えている実情とはどんなものかがわかると考えます。

ア 勤務医の負担軽減のための方策

病院勤務医の勤務が過酷になっている状況にあり、勤務医の負担軽減のための方策を検討する必要がある。

イ 救急医療、産科医療、小児医療等の重点的な評価

出産の状況が変化する一方で、分娩施設数が10年間で約1,000 施設減少する等の状況の中で、必要な医療の確保に向けて検討する必要がある。

具体策は何も書いていないので何とも言い様がないのですが、文章だけを読むと「勤務医の負担軽減」、「産科医の確保」が社会保険審議会が「実情」と認識しているもののようです。産科危機は私も何度か書いたので必要性は言うまでもないですが、ここに書かれている産科・小児科・救急医療しか危機で無いという認識なら、マスコミ程度のレベルと言えます。

続いて第2部ですが「医療機関・薬局の機能を踏まえた視点からの検討」とありますが、これも抽象的な表現でなんじゃらほいなんですが、

ア 初診料・再診料体系等の外来医療の評価の在り方の検討

診療所と病院の外来機能について、地域における役割を踏まえ適切な評価を検討する。なお、薬局についても、同様に、その役割・機能に着目した評価を検討する必要がある。

イ 入院医療の評価の在り方の検討

病院は、主として入院機能を担っていくべきであるが、現実には来院する外来患者に対応している状況もあり、結果として、勤務医が疲弊しているとの指摘もある。このため、大病院が入院医療の比重を高める取組の促進に向けて検討する必要がある。

ここは相当キナ臭い事が書かれています。第1部の「勤務医の負担軽減」や「産科・小児科・救急の充実」なんかに較べるとはるかに具体的に書いてあります。この部分はこれまでの情報と合わせて、

  • 診察料(初診料・再診料)の引き下げ
  • 病院の外来制限
この二つの具体的方針を明示したものと解釈できます。

第三部は「個別の医療施策を推進する視点からの検討」とまた判じ物のようなタイトルですが、

ア がん対策を推進するための評価の検討

がん対策については、がん対策基本法が本年4月1日より施行され、同法に基づき「がん対策推進基本計画」が、平成19年度から平成23年度までの5年間を対象として策定された。この基本計画に基づき、がん医療の推進のための評価を検討する必要がある。

イ 心の問題等への対応と適正な評価の検討

我が国の自殺者数増加に対応するため、必要な人に適切な精神科医療が受けられるよう評価を検討する必要がある(自殺対策基本法及び自殺対策大綱参照)。

また、子どもの心の問題についても、必要な医療が十分に受けられるよう検討を行う必要がある。

内容はこれまたエライ具体的なんですが、がん対策と心の問題がクローズアップされているようです。がん対策推進基本計画の内容が噴飯物である事は私が言うまでもなく詳細に解説されているので触れません。心の問題も同様です。字で書いたらなんでも出来るという行政の愚かしさを笑います。

ここから章が改まりますが次のタイトルが凄いもので、「患者の視点の重視」となっています。どこを重視するかと思えば

平成18年改定により、保険医療機関等に医療費の内容の分かる領収書の発行を義務付けたが、その発行状況等に係る検証結果を踏まえて検討する必要がある。

重視するのは領収書だそうです。この検証結果が参考資料にあるのですが、

明細書を発行している施設においても、明細書の発行について患者に対する周知がなされている割合は低い事が判明した。患者に対して情報を情報の提供を促進する意味から、明細書の発行に関しては、医療施設において、また、社会全体においても、更なる周知が必要と考える。

どうも「患者の視点の重視」とはひたすら明細書の説明に時間をかけることと考えて良さそうです。

次の章は「医療技術の適正な評価」となっています。プンプン臭いそうな個所ですが、順に追っていきます。

? 真の医療ニーズに沿った医療の評価

必要な医療は、基本的に公的保険で給付するという国民皆保険の理念を維持するためには、医療保険の給付対象を真の医療ニーズに対して提供された医療に限るべきであり、7 対1入院基本料の基準を始め、必要な見直し等を行う必要がある。

筆頭に来たのが7:1、これは昨日エントリーしたのでもう良いでしょう。

次が、

? 医療技術の評価・再評価

医療技術の進歩や治療結果等を踏まえ、新規技術の適切な導入等が図られるよう、医療技術の評価、再評価を進める必要がある。

文章の言葉は美しいですが、「評価、再評価」とは切り下げとほぼ同じ意味ですからウンザリします。

その次は、

? 医療の質の評価

医療の質については、これまで、医師の経験年数や有すべき施設といった提供側に具備すべき要件を設けること等により確保してきたが、今後、提供された医療の結果により質を評価する手法を検討する必要がある。

この一環ががんの5年生存率の各施設ごとの発表でしょうか。この発表がどれだけの混乱、例えば「さくらんぼ摘み」の横行をもたらすことは、すでに各所で論じられています。医学の本質を十分検討していない、見た目だけの数値基準を強制したことが、東京医大事件の引き金になったことをどれだけ記憶しているかが鍵でしょう。また質の評価がもたらすデメリットを「責任」を持って行なってくれるかも関心があります。適当な基準を押し付けて、不都合だったら「再検討」みたいな朝令暮改がどれだけの混乱のタネになったのかの反省もです。

その次の章が物凄いタイトルなんですが、「革新的新薬・医療機器等イノベーションの適切な評価と後発品の使用促進」となっています。前首相の影響か無理やり横文字が入っているところが物々しい感じがします。タイトルは何事かと思わせるようなものですが、内容は、

革新的新薬の適切な評価の検討とともに、特許の切れた医薬品については後発品への置き換えが着実に進む方策を検討する。

どう読んでも後発品の促進しか内容が無いのですが、これも参考資料にはこうあります。

まず趣旨として、

  • 医薬品・医療機器産業を日本の成長牽引役に導くとともに、世界最高水準の医薬品・医療機器を国民に迅速に提供する事を目標とする。
  • 研究段階・審査段階における諸施策を講じるとともに、薬価・診療報酬についても医療保険制度と調和を図りつつ革新的なものや国内外の最新の治療法が適正に評価される制度としていく。
どうも医薬品・医療機器産業を保護育成していく方針のようです。医療費は削減しても医薬品・医療機器産業の収益は国が率先して守ってくれると読み解けばよいようです。また「審査段階における諸施策を講じる」はこれまで悪評高かった新薬承認までの手続きの途方も無い複雑さを、批判があまりにも高まったので少しは是正しようという考えとも受け取れます。

最後の章は「上記以外の重要項目」となっています。

? 歯科診療の特性を踏まえた適正な評価の検討

歯科疾患に係る指導管理料等の算定要件とされている文書による情報提供等につき、検証結果を踏まえて必要な検討を行う必要がある。また、歯科診療ガイドラインの見直し等を受けて、見直し等を検討する必要がある。

歯科の実情は非常に疎いのですが、「文書による情報提供」も参考資料にあります。そこでの検証部会の評価として、

文章による情報提供に伴う患者の満足度の向上について、歯科医師が考える以上に満足度・理解度は高く、今回の改定の基本的な考えである患者の視点の重視(情報提供の推進)については、患者サイドから一定の評価を得られたものと考えられる。

しかし、文書による情報提供に対して満足している患者の約4割が「2回目からは症状に大きな変化があったときだけでよい」と回答しており、また、「口頭の説明で十分」「口頭での説明が短いから」「いつも同じような内容だから」等の理由で不満足である患者も全回答者の約1割いることから、情報提供の内容や提供方法等については、次期診療報酬改定に向けての検討課題と考えられる。

どんな文書による情報提供が行なわれているか分からないのですが、方針としてはもっと充実させなければならないとしているようです。

ただこの検証の文章で妙なのは、「口頭の説明で十分」「口頭での説明が短いから」「いつも同じような内容だから」が並列されている事で、「口頭の説明で十分」と後者とは性質が違うものなのに並列になっているのに違和感を感じます。おそらくこれは「口頭の説明で十分」の解釈として、文書による情報伝達の努力が足りないとの評価かと考えます。何があっても書類で満足させなければならないの考えの現われかと推測します。

? DPCの在り方の検討

DPC対象病院数の拡大に伴って、DPC対象医療機関の基準の在り方、適切な算定及び請求ルールの構築等、制度・運用の見直しが必要となっている。

これはDPCの引き下げないしDPCを行なっていない病院への締め付けが考えられます。どちらか片方ないし、両方の政策の推進を謳ったものと解釈するのが妥当でしょう。現実的には両方の可能性が高いと考えられます。

? 診療報酬改定結果検証を踏まえた検討

ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査等の9項目について、平成18年改定による結果検証を実施しており、その結果検証を受けて必要な見直しを行う必要がある。

検証結果も参考資料にあり、

ニコチン依存症の治療の効果に関しては、指導終了3ヵ月後に「禁煙継続」と「失敗」が約3割である。しかし、患者数の最も多い禁煙指導を5回受けた患者に限定すれば指導終了3ヵ月後に「禁煙継続」が58.9%、「失敗」が21.6%であったことから一定の治療効果があると認められる。

今後、更に専門家の意見を踏まえつつ、平成19年に行なわれる継続調査においてより長期の禁煙指導の効果がどの程度持続するのかを明らかにする必要がある。またこれらの結果を国際比較することも重要である。

さらに指導回数が多いほど、禁煙継続率が高いことが認められることから、禁煙指導が途中で中止されないような工夫を検討することも必要である。

検証結果を読む限り禁煙指導は残りそうです。ただ「禁煙指導が途中で中止されないような工夫」のあたりで、請負制に近いような診療報酬システムが検討されそうで気色悪いところです。それとここに出てくる「国際比較」の言葉に失笑しました。国際比較をするような発想があれば、診療報酬の国際比較でもしてくれれば助かるのですが、厚生労働省のお得意の国際比較のさくらんぼ摘みで、我田引水に用いられる時だけ国際比較を持ち出す常套手段もゲンナリさせられます。

? その他

初診料の電子化加算等、政策的に導入した項目等について、現状に合わせて検討する必要がある。

これはそのまま削減すると考えればよいでしょう。

まあいろいろ書いてありますが、削減するところばかりで、増えそうなところを見つけるのが非常に難しいと感じます。それと巧妙にリークされている事が良く分かります。どれを読んでもどこかで報道された事がある内容ばかりです。そうやってリークするのも手法ではありますが、報道される時に批判的な内容は乏しかったと思います。これまでの長年のプロパガンダにより「医療費削減は絶対善」のイメージが濃厚に植えつけられているからだと考えています。結果は受益者(医師でなく患者)に一番影響が大きいのですが、誰も気にしないのが負のスパイラルと感じてしまいます。

以上、平成20年改定の社会保険審議会の方針でした