加古川心筋梗塞訴訟・延長戦

「他に話題がないのか」、「もうあきたぞ」の声も聞こえて来そうですが、大事な事件なので延長戦をします。

この事件ではDr.I様のところに寄せられた内部情報がまずあり、それとは別に判決文情報があります。内部情報はリンク先を読まれたら分かるように、現場にいたものでないと分からない迫真の情景描写があり、まるっきりの創作とは思えないものがあります。一方で判決文情報は法廷の場で立証された事実で、これも根拠としては十分すぎるものがあります。二つの情報が一致していれば延長戦の必要はないのですが、非常に重要な点で相違している事も含めての再考察です。

まず担当医です。これは内部情報では「循環器内科医だと思われます。すいません」ですが、判決文では「5年目の消化器内科医」となっています。これについては判決文を信用すべきでしょう。そんな基本的な点で法廷が事実認定を誤るとは思えないからです。内部情報提供者も担当医の専門の特定についてやや混乱していたようですから、やはり「5年目の消化器内科医」が真実だと考えます。

順番は前後しますが、死亡原因についてです。判決文が断定した死亡原因は、

これがもっとも妥当とする意見はかなりありました。異論としては大動脈解離でも説明できると言う意見があります。確実な情報としては心電図所見と胸部圧迫痛しかなく、鑑別診断として有力候補に十分なりうるとの考えです。判決文では急変時のモニター装着の事実認定を否定していますが、実際でも被告の主張と異なり、装着していなかった見方が強くなっています。装着していなかった理由ですが、この事件の急変時のモニター所見について一切の記述がないのです。もしモニターを装着していたら、心室細動の所見を確認していたはずと考えるのが妥当です。

考えられる状況は、救急隊が到着してストレッチャーに移す時にモニターを外したのであろうと言う事です。その事自体は別に珍しい医療行為ではなく、病院のモニターを救急車に運び込むわけにはいかないからです。手順としては、ストレッチャーに乗せる前にモニターを外し、救急車内に移動してから救急車のモニターを装着しようとの段取りかと考えます。急変前まで患者の容態は安定していたのですから、そうしても不思議ありません。

ところが救急車のストレッチャーに患者を移し、モニターがない時に急変が起こります。この時の「除脳硬直」という表現にも議論が多いのですが、心室細動からの心停止でも類似の症状が起こると言う意見と、心室細動の時では症状が異なると言う意見が出されています。心室細動で無いとしたら脳梗塞を始めとする頭蓋内病変の可能性を考える必要性が出てきます。

急変後、再びモニターを装着したでしょうが、その時には既に心停止状態であったのは間違いありません。ここで電気的除細動がなぜ行なわれなかったかについては難しいですが、担当医の判断が脳梗塞では無いかと考える部分が強かったのも一つでしょうし、院内に循環器医がいないので、担当医も含め電気的除細動の経験者がいなかったのも可能性として強いと考えます。

議論としての要点は、急性心筋梗塞から心室細動、さらに心停止がもっともありうる経過だが、心室細動について確認されていないと言う事です。心室細動の前の急性心筋梗塞についても、大動脈解離などの他の病変の可能性を否定する証拠が無いというのも重要です。たった4年前ですが、医療を取り巻く情勢は大きく変わっており、今の時点で同様の事が起これば、司法解剖を行なっておくべしとの忠告を774氏様が強く主張されています。司法解剖を行う事の是非はまた別の議論が出てきますが、耳を傾けておいてよい意見とも思います。

判決文情報と内部情報の最大の相違点である、搬送先さがしの騒動です。内部情報では迫真の記述でこれが強調されていましたが、判決文情報では綺麗サッパリ消えています。搬送先探し騒動があったかなかったかですが、まずこれは私しか見れない情報ですが、判決文情報には、

このような事情は,被告側の主張にも見あたりません。
 被告側の主張でも,13時50分の高砂市民病院への転送要請が最初のようです。
 (被告側が提出した専門医の意見書では,「そうではなかったか」というような記載がありますが,
 裁判所からは「そのような事情は認められない」とされており,これについての被告の主張もないようです)

この情報の中で注目すべきは

    裁判所からは「そのような事情は認められない」
推測になってしまいますが、搬送先探し騒動は「なかったもの」と裁判所に事実認定されてしまい、訴訟の争点にする事を完全に封じ込められたと考えます。この点についての補足情報が兵庫内科医様から寄せられています。

消化器専門というところはよく分かりませんが、どうやら心電図に関しては
以前とった波形と非常に似通っており、またその(以前の)時は軽快していた為
少し迷いが生じていたようです。
また、色々転送の電話をした事は間違いないとの事。
時間の経過は何が本当なのかは分かりません。
モニターは付けていたが、救急隊が担架に移動させる時に外した。
ただ、そのあとのCTの指示はマズいでしょう。
かなり慌てた事は容易に想像でき、気持ちは察せますが。
前面敗訴が妥当かどうか、やや疑問が残ります。
このような場合、看護師が後から書く記事も事実かどうか
きっちりチェックする必要があるでしょう。

どうも当時の事情をある程度知る立場の医師からのものと考えます。これだけの情報で判断するのは危険の意見もあるでしょうが、やはり搬送先探しはあったと考える方が妥当かと考えます。

ではあったはずの搬送先探しが封じ込められた理由は何なのでしょうか。訴訟というものの特性から、カルテに「書いていなかった」のが一番可能性が高いと考えます。被告側も搬送先病院の電話記録や電話応対者の特定にどれほど力を注いだかわかりませんが、警察に較べて調査能力が落ちる弁護士では十分な立証が行なえなかったと考えても良いでしょう。結果としてカルテに無く、他の証拠からも立証されなかったので「無かった」事として認定されたと考えます。

最後は本当に蛇足ですが、この事件では外来看護記録が書かれていなかった可能性が強いと考えます。例のモニター装着の裁判所の事実認定のところから抜粋します。

診療録には,Z医師が本件患者の死亡後,家族に対し,モニタを装着していたが安定状態であった旨の説明をしたとの記載があるだけで,モニタ装着の有無及び時間を直接示す書証は見当たらない。

外来看護記録があればモニター記録が経時的に記録されると考えるのが妥当です。ところが経時的に記録された診療録が無いので「モニターは装着されていなかった」と事実認定されているわけですから、外来看護記録は無かったと考える事が可能です。つまり事実認定は医師記録がすべての拠り所となってされたと考えられます。

看護記録にも書かれないかもしれませんが、医師記録にも搬送先さがしの記述が無かったので、搬送先探し騒動は「幻」とされたとも考えられます。では被告が最後に持ち出したローカルルールとの整合性がどうなるかです。これも推測になりますが、ローカルルールはあったので採血検査は行った。しかし採血検査が出る前に搬送先の目途を付けて悪いわけがないので、同時進行で行なわれていたと考えます。

血液検査記録だけなら、搬送後に結果がでてからFaxで送っても実用上困らないはずです。だからローカルルールの血液検査を行いながら、搬送先を探すと言う行為は必ずしも矛盾しないと考えます。血液検査がもし必須のものであったとしても、血液検査が出た瞬間に搬送できるように搬送先を確保しておくと考えても構いません。

最後に癌治療医のつれづれ日記様から引用します。

こんなこたぁ、書きたくないが、これが日本の医療裁判のゴールデンスタンダードだというのなら、日直医が、本当の意味でローカルルールを知り尽くしていたかどうかわからない非常勤医師で、しかもその専門が消化器内科で、Y病院がPCIができない、という時点で、誰がなんと言おうと「心筋梗塞の疑いのある患者」を引き受けるべきではなかった。応招義務違反には罰則規定が無い。心電図で疑った段階で転送しろというのなら、話を聞いて疑った時点で転送、つまり循環器救急に対応可能な病院へ行くようにアドバイスをするのは、非難されない、いや、積極的に推奨されるだろう。

どうにもまとまりが悪くなりましたが、今日はこのあたりで。