検察側証人

お塩裁判自体はさして興味はないのですが、テレ朝ニュースより、

法廷では検察側が事件当日、被告と一緒にいた田中さんの容体を時系列で提示。「ハングル語のような言葉をつぶやく」「うなり声を上げる」「白目をむいて、映画の『エクソシスト』みたいになった」と変化していった様子について、医師は「MDMAの体内濃度が上がっていき、作用が強くなっていった状態」と説明した。その上で検察側の「この経過を第3者が見て、119番通報することは期待できるか?」の質問に、医師は異変が起き始めた午後5時50分の「ハングル語のような言葉を〜」を指して、「周囲の人は自らの日常の領域から見て、おかしいと思った時に119番通報するのがほとんど」と証言した。また弁護側は「田中さんは異変の数分後に亡くなった」と主張しているが、医師は「少なくとも一つの(症状が出る)プロセスには5〜10分かかり、(意識がなくなるまでに)30〜40分はかかるでしょう。対処すれば100%近くの可能性で助かったのではないか」と弁護側の主張を否定。検察側の調書によれば、田中さんは午後6時20分に「ベッドに仰向けに倒れた」との記述があり、心臓に異常が起きる「心室細動」が起きたと仮定できるが、医師は「除細動器(AED)を使用すれば救命できる。病院に搬送し、集中治療室ならほぼ100%近く蘇生できると思う。(田中さんは)若い女性なので9割方助かるのではないでしょうか」と証言した。

裁判員からは医師に「こういう場合、一般人が心臓マッサージをした際の生存率は?」との質問があり、医師は「(生存の)確率が高まるのは事実です」と答えた上で、「異変が起きている人がいたら119番通報するのが国民の作法であると思います」と、異変を目の当たりにしていながら即座に通報しなかった被告の行動を批判した。

検察側証人として証言した昭和大教授の発言が医療関係者から顰蹙を買っています。とくに

  • 対処すれば100%近くの可能性で助かったのではないか
  • 病院に搬送し、集中治療室ならほぼ100%近く蘇生できると思う。(田中さんは)若い女性なので9割方助かるのではないでしょうか

このあたりは「言いすぎ」の声が上っています。ただ記事なのでどれほど信用できるかの問題はあります。記事は記者が聞いた主観で作られますから、ニュアンスが違った可能性も考えられるからです。とは言うものの比較検証できる情報も乏しいのですが、産経izaにもう少し詳し目の傍聴録が記事になっています。産経記事もまた信用性になると問題にはなるのですが、一応較べてみます。引用はやりだすとキリがなくなるので最小限にし、私の読んだ感想と言う感じで解説しますが、教授は心室細動に対する治療として除細動器だけではなく、PCPSの使用も合わせると発言されています。つまりMDMA中毒による心室細動に対し
  1. 除細動器で9割以上は除細動可能
  2. 除細動器で無理ならPCPS
この二段構えで対応すると最初の方は証言しています。ただしMDMAの血中濃度はそう簡単には下がらないようで、死亡した女性の場合はかなり高濃度で3日〜1週間程度は必要ともしています。そうなると複数回の心室細動が発生する可能性が考えられます。MDMA中毒の臨床所見の知見なんて皆無に近いのですが、たとえば心室細動が10回起こればPCPSに移行する可能性が高くなります。

まあその辺は救命救急部ですから、素早く対応は可能なのでしょうが、証言の後半で

弁護人

    「病院内では、心室細動はほぼ治療できるということでよろしいのでしょうか」
証人
    「集中治療室にいれば、看護婦も含めてAEDを使える医療者がいるので、ほぼ全例について蘇生(そせい)できます」

ああ・・・言い切っちゃっています。なんとなく教授の証言のニュアンスから、MDMA中毒の心室細動はどうも除細動しやすそうな感触を受けましたが、実際のところどうなんでしょうか。


さらに気になったのは上で少し触れたMDMAの血中濃度です。かなり高かったようで教授自ら、

証人

    「致死量を超えているとのことです」

致死量とは「死に致る事もある量」の事で「致死量 = 必ず死亡」ではありませんし、教授もその旨を証言していますが、それでも致死量です。MDMAはよく存じませんが、一般的に薬物が致死量であれば、治療に当たる医師はハラハラしながらやっています。致死量の世界になると何が違うかと言えば、それこそ「何が起こるかわからない」の世界になるからです。

単純には副作用に列挙してある症状が非常に重篤な形で出現したり、書いていない事も出現する可能性は常に懸念されます。書かれていないから起こらないが通用するのは千葉の亀田のテオフィリン訴訟のように法廷内の論理の遊びの時だけで、悪い方に転べば「堪忍してくれ」のオンパレードになる事さえあります。そんな事を踏まえて次の問答を読むと味わいが深いところがあります。

弁護人

    セロトニン症候群(自律神経などに悪影響を及ぼす症状)についてはいかがでしょうか」
証人
    「私は、セロトニン症候群についてはよく知りませんが」
弁護人
    「田中さんが高体温であったことなどから、亡くなった原因がセロトニン症候群と関係があるのではないでしょうか」
証人
    「悪性の過高熱、熱中症などもそうですが、おっしゃるように、概念上は(死亡の)要因としてオーバーラップする部分はあるかもしれません」
弁護人
    セロトニン症候群に罹患(りかん)していると、MDMAなどの服用により、多臓器不全となる恐れはありますが」
証人
    MDMAの治療の機序として、多臓器不全となる場合が多いということが書いてある教科書があったと仮定してお話しします。例えば、尿が出なければ、透析をするなどの対応があります。ただ、それは治療の場面でそうした実態、臨床のケースがあるというだけであって、直接的な患者の治療については、『だから何なの?』という話になってしまいますが…」

私もセロトニン症候群と言われても満足に説明できる知識はありませんが、救急の教授も知らないそうですから妙に安心しました。それはともかく非常に微妙に質問から逃げられています。MDMAが致死量の時に多臓器不全状態に陥るかどうかは言葉を濁し、そうであっても目の前の症状に対応するだけだから『だから何なの?』としています。

実戦感覚としてはよく理解できるのですが、致死量の薬物中毒ですから個人的には多臓器不全状態の泥沼に陥る事もある程度以上の確率で起こるとは考えますし、そこから死亡する確率も低くはないと考えます。それも短時間で血中濃度が下がらないわけですから、厳しい状態も相当覚悟しておかないといけないと思うのですが、

裁判官

    「病院に搬送中に心肺停止状態になった場合はどの程度助かるのでしょうか」
証人
    「病院であった場合は100%に近いといえますが、9割方といえるかもしれません。また、救急隊員が心臓マッサージを現場で行っていれば、8割方助かっていると思います」

・・・・・・そっか、そっか、そっか、なんとなく検察側証人としての教授の役割が見えてきた気がします。教授はなにも致死量のMDMA中毒患者を9割とか100%で治癒させるとは言っていません。。ここにしても、

証人

    「薬物が体からひいてしまえば塩がひくような感じになります。例えば脳の病気では、心室細動で制御ができたとしても元に戻ることはありません。脳死の状態であり、救命の可能性はないでしょう。しかし病院で心室細動が起きた場合ですと、かなり高い確率で救命できます。(田中さんは)若い女性なので9割方助かるのではないでしょうか」

よくよく読めば、心室細動がそのまま死に直結しないとだけ言っているに過ぎません。教授が証言しているのは

  • 最初の心室細動はスムーズに処置が行われていれば救命できる
  • 入院後に繰り返し心室細動が起こっても、それはPCPSまで持ち出せばクリアできる
教授の心室細動証言はこれ以上の事を話していません。心室細動以外の致命的なトラブルが起こったときの結果については「その時に考える」でお茶を濁されています。当然の話ですが、重大なトラブル、たとえば多臓器不全に至ったり、セロトニン症候群が発生したりについては軽く流しています。なぜにこれで教授の証言が必要にして十分なのかです。

ここは医療カンファレンスではなく法廷です。この法廷で問題にされているのは直接の死因とその回避の可能性だけです。検察は心室細動が死因であり、その心室細動は適切な処置さえ行えば回避できる可能性が高かった事だけを立証すれば必要にして十分なわけです。もうちょっと言えば、直接の死因である心室細動さえクリアすれば、その後に引き続いて起こるかもしれない他の死因は「まだ起こっていないから予見不能の仮定の話」になるとすれば判りやすいかもしれません。

つまり最終的に致死量のMDMA中毒が救命でき、治癒するかが争われているわけではなく、直接の死因である心室細動がクリアできて、その後の治療に希望がつなげられる事が立証できれば検察として必要にして十分と言えばよいのでしょうか。そんな検察が求める証言を教授が行ったわけです。

全然詳しくは無いのですが、この裁判の焦点と言うか検察側の主張は、

  • 明らかにわかる異変症状から心室細動発言までの間に、被告が救急要請を行う時間があったか
  • 救急隊が心室細動発現までに患者を病院に搬送できたか、または救急搬送中であっても心室細動に対応できたか
  • 可能性として救急隊なり病院で直接死因である心室細動をクリアできるか
これらを立証できなければ被告の罪はかなり軽くなるのだそうです。もうちょっと簡単に言えば、死亡した女性が異変を起こした時には、被告が何をしても救命できない状態であれば、罪状は大きく変わると言うわけです。

そう考えると検察側証人としての教授の証言は満点かもしれません。明らかにわかる異変症状から心室細動発現までは30分程度必要とし、心室細動が発現してもその場はクリアできると言い切っています。


でもって実際はどうかですが、教授の後に証言した墨東病院の心臓外科医は調書段階では

午後6時20分ごろに死亡を前提として、午後6時に通報した場合、搬送途中で心肺停止した場合の救命率は50%から90%になる

これでも甘いの意見が出るかもしれません。実際の家族への説明には「予断を許す状況ではありません」とか「最善の努力を行なっていますが、厳しい状態です」とかになると思います。実際も厳しいですし、妙に家族に期待を高めてもらっても困るからです。実際の医療では心室細動をたとえクリアしてもその先にも多数のハードルがあり、家族に「まず助かる」なんて楽観的な説明を出来る医療関係者は少ないかと思います。


死亡との因果関係は例の「高度の蓋然性」が法廷では必要とされ、五分五分では後の立証に差支えがあるとして「断定」を要求されたのだろうは想像できますが、注目されている裁判だけに余計な置き土産が出来そうで嫌なところです。教授の8割とか9割クリアの証言の必要性は「高度の蓋然性」に連動しているだけと考えるのが妥当かと思います。

お蔭で病院もMDMA中毒の心室細動が今後クリアできなかったら大変なことになりますし、救急隊だって搬送中のクリア率が8割以上とされると大変な重圧になります。

それとそういう検察の意図に副った証言も迷惑するのですが、マスコミ報道はさすがに同情はしますが困った部分があります。これも広い意味での検察の法廷戦術になるのでしょうが、ばらまくイメージとして心室細動だけクリアするのではなく、死亡した女性の最終的な救命率も9割とか100%近いの印象も出しています。検察としてはそういう風に誤解してくれた方が有利なのでしょうが、病院にしろ救急隊にしろエライ迷惑が本音と思っています。

やはり大変な証言であると感じます。