気にはなっていたのですが、詳細がわからず書いていなかった加古川の事件の続報的なものが手に入ったので考えてみます。まずは2007/4/11付神戸新聞記事より
この記事だけ読めば担当した医師が悪そうな印象しか持てませんし、それなら賠償ぐらいはされるだろうと考えると思います。さらに言えば民事では生温いと考えられる方も多いと思います。医師でも循環器以外なら、これだけの情報では「よくわからないが、そうかもしれない」と考えるかもしれません。
加古川市に賠償命令 市民病院で転送遅れ死亡 神戸地裁加古川市民病院で心筋梗塞(こうそく)の男性=当時(64)=が死亡したのは、医師が適切な対応を怠ったのが原因として、遺族が加古川市に約三千九百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が十日、神戸地裁であり、橋詰均裁判長は市に請求通り全額支払うよう命じた。
判決によると、男性は二〇〇三年三月三十日午前十一時半ごろ、息苦しくなり同病院で心筋梗塞と診断された。医師は、転送の措置を取らずに血管を拡張するための点滴をした。午後一時五十分ごろ、医師は専門的な治療ができる高砂市民病院に転送を要請したが、午後二時半ごろに容体が悪化。約一時間後に心室細動で死亡した。
判決理由で、橋詰裁判長は「医師は早期に転送する注意義務があったが、措置が遅れた。義務が果たされていれば、約90%の確率で生存していた」と指摘した。
加古川市は「厳しい判決で、内容を検討し対応を考えたい」としている。
ところがこの事件はとくに循環器の医師では相当深刻に受け止められており、内部情報が漏れ出してきているようです。この情報をどこまで信用するかはネットのことでありすべては情報内容によります。どれだけ具体的で、当事者しかわからないような事実が含まれているか、また内容自体が事実関係と矛盾していないかです。そんな事を念頭に置きながら、わかっている事実と照らし合わせてみたいと思います。
情報の大元はm3.comですが、その情報がコメントされているDr.I氏のところから漏れ出したとされる内部情報を引用します。
この情報による事件経過を組み立て見ます。
まず、日曜日患者さんは歩いて来院された。
しかし、医師は直ちに心筋梗塞を疑い
ミリスロールという心臓の血管を拡げる薬を開始し、
リドカインという不整脈を防ぐ薬も点滴した。パーフェクトです。
それからが核心です。
その後速やかに心臓カテーテルをしてくれる受け入れ施設
を探しにかかります。
しかし、どこも受け入れ不能!!
一杯で無理だったのです。
高砂市民病院ダメ、神鋼加古川ダメ、姫路循環器病センターでさえダメ・・!!
その間、沢山の時間外に来られた患者さんを待たせつつ
必死に医師と担当看護師は努力しています。結局ねじ込んだ形で転送先を決定し
救急隊が患者さんを担架に乗せようとした瞬間、
恐らくは心臓内の血栓が頭に飛んだのでしょうか
一瞬で頓死されたそうです。そして家族は医療側の努力を見ておられますし
「どうも有難うございました」と言って帰られた。その後に誰かがけしかけたのでしょうか?
訴訟が起されたわけです。この、来院されてから受け入れ先を決めるまでの時間、
受け入れ先がなかった為手間取っていますが
そんな事情があったとしても決して遅いとは言えません。
心電図をとり、点滴ルートをとり、点滴を準備するのに
少なからず時間がかかります。
そして救急車の呼び出し。パーフェクトじゃないですか!!!
これ以上どうしたら良かったのか。
- 事件が起こったのは日曜日の救急外来だった
- 胸痛を訴えて歩いて患者は受診した
- 担当した医師はおそらく心電図から心筋梗塞と診断した
- 治療として血管拡張剤のミリスロールと抗不整脈剤のリドカインを投与した
- この病院にはカテーテル治療である経皮的冠動脈再建術を行なえる医師がいなかった
- 医師は当座を薬物療法で凌ぎながら転送先を探した
- ところが近隣の病院に悉く「No」と断られ、三拝九拝の末に高砂市民病院が受け入れた
- ところが救急隊が担架に載せようとした瞬間に頓死
11:30 | 受診 | |
13:50 | 医師が転送先を探し始める | 受診後110分後(1時間50分後) |
14:30 | 容体悪化 | 受診後150分後(2時間30分後) |
15:30 | 患者死亡 | 受診後210分後(3時間30分後) |
ここで書かれている治療がカテーテルによる経皮的冠動脈再建術(PCI)です。それでも読んでいただけるとわかるとおり、治療開始までは発症から24時間以内であり、理想的でも6時間以内となっています。治療を急ぐ病気ではありますが、「理想」でも6時間はあることになります。それと心筋梗塞の治療にはPCIが有効ですが、軽症であれば点滴と安静でも治療可能とされます。
で、治療は、って言うと。
完全に心臓の筋肉が死ぬ前に、心臓の血管(冠動脈)を
広げる治療をしてあげれば、
心筋細胞の一部を助ける事ができるので。
心筋梗塞になって、24時間以内であれば、
心臓の血管(冠動脈)を広げる治療をします。
できれば、6時間以内が良いんですけどね、ホントは。
内部情報と記事の情報をあわせると、担当した医師の診療の経過として、
PCIの適用を考えて転送の判断を下したのが13:50とすると、内部情報にある救急隊の担架に載せる時の頓死状態がいつだったかになりますが、これは記事情報にある容体悪化の時点と考えられます。記事では容体悪化の1時間後に死亡となっていますから、ここに内部情報通り救急隊が到着していて、心筋梗塞症状の悪化のみなら大急ぎで転送先の高砂市民病院に運ばれたはずだからです。それが運ばれなかったのは、頓死状態が発生し、そのまま懸命の蘇生処置が行われ、死亡確認がなされたのが1時間後と考えるのが妥当だからです。そうなると高砂市民病院、神鋼加古川、姫路循環器病センターと転送要請が断られ、再び高砂市民病院に再要請して力技で転送を認めさせ、救急隊が病院に到着するまで40分という事になります。ここは推測になりますが、担当医師が転送要請を行なった3病院のうち高砂市民病院は1番目か2番目に要請が行われ、そのときの返事が「他が駄目だったら何とかしましょう」ぐらいの返事であったかと考えます。そのため他の2病院に断られた後に4回目の転送要請で受け入れられたんじゃないでしょうか。
この40分という時間ですが相当手早い作業かと思います。転送要請は電話をかけ、当直医を呼び出し、事情を話す作業が必要です。またここで相手の当直医が循環器の医師ならまだ話は早いですが、他の診療科であればオンコールの循環器の医師を電話で呼び出して相談する作業も含まれます。その作業を4件分行い、そこから救急隊が到着するまでの時間も考慮すると転送判断から救急隊到着まで出来る限りの努力を行なっていると考えます。
ここで抜けている情報が患者の胸痛すなわち心筋梗塞の発症時間が受診の何時間前から始まっていたかなのですが、これはここではわかりません。ただ日曜とは言え昼間の事ですし、受診時間も11:30なので前夜から苦しみぬいた末とは思いにくいところです。医師の最初の治療判断も含めて、1時間から最大2時間程度ではないかと推測します。
推測通りであれば医師がPCI必要と判断したのは心筋梗塞発症後、最大で4時間程度になり、短ければ3時間以内という事になります。またこの時点では容体はさほど悪化はしておりません。PCIを行なう時間が原則として24時間以内、理想で6時間以内と言う事を考えれば、どう考えてもミスというほどの判断ではありません。
死亡した患者はお気の毒としか言い様がありませんが、治療にあたった医師は手を抜いたり、治療を間違ったわけではありません。これは天命であったとしか言い様がありません。
またこの訴訟を担当した橋詰裁判長は
-
「医師は早期に転送する注意義務があったが、措置が遅れた。義務が果たされていれば、約90%の確率で生存していた」
裁判長の言う早期にはとは、心筋梗塞を診断した瞬間に転送させてPCIを行なえに読み取れます。日本ではPCIが行なえる医療施設が異常に多いとされますが、それでも心筋梗塞を起した患者全員を即座に治療できるほどのキャパシティはありません。そうなれば今後は心筋梗塞でPCIを行なわずして死亡すればすべて注意義務違反に問われます。
でも、簡単に言うと、
元々重症のの心筋梗塞だったのであれば、
カテーテル治療(経皮的冠動脈再建術:PCI)
を行っても、助からなかった可能性は高いですよ。ましてや、たった70分早かっただけで、
90%は助かった。
なんて事は、言えませんよ
それとこの判決の理解できないところがもう一つ。事実認定が医師から見てトンデモなのはさておき、裁判長が約90%の確率で救命できたと認定しているのなら、残り約10%は死亡する事になります。こういう時は訴訟の通例として、少なくとも10%程度は割り引くものではないでしょうか。それを全額賠償を認めるとはよくわかりません。
どこかの警察がらみの訴訟では、似たような理由で3割賠償を値引いたかと記憶していますが、医師はそうではないのでしょうか。西の藤山と最近では噂の高い名物裁判官のお裁きです。本家が高裁に転出したそうですから、これからは神戸地裁を狙ってこの手の訴訟が増えそうな気がします。