異動と契約

衝撃の春人事が表面化するまでカウントダウン状態ですし、今となってはややピント外れになるかもしれないお話です。医師の労働条件の劣悪さはもう書かなくても良いとは思いますし、ひどい所からは未練なく「逃散」という言葉も周知のものになっています。ただ逃散と言っても出来たらしたくない医師もたくさんいるでしょうし、出来ない事情がある医師もいるかと思います。とは言え、逃げられないから激務を受容するのも堪忍してくれの本音もあるかと思います。

居残ると言う前提で労働環境を少しでもマシなものにするために、異動に伴う契約をきっちり交わすと言うのは、やれる医師は考えても良い方策だと思います。今は変わっている部分もあるかと思いますが、医師が異動で病院に赴任しても契約内容一つロクに確認していないのはありふれたものだと思います。ある程度事前の情報があるにせよ、給料がこれぐらいで、当直回数がこれぐらいで、救急担当が何回ぐらい回ってきて、オンコールや時間外手当が幾らなんて、働いてみてはじめて分かる様な職場は幾らでもあるかと思います。

医局人事であっても病院勤務は医師個人と病院が契約を結んで雇用関係が生じるものです。いくら契約を結んでもなし崩しで意味が無いという意見ももちろんありますが、角を立てるところは立てておいても悪くないんじゃないでしょうか。私は社労士ではないので事細かに指摘できませんが、訴訟地雷が横行している医療界ですから、いくつか思いつくことがあります。

まず医師の精力を奪っていく諸悪の根源と呼ばれる宿日直業務ですが、これはありがたくも平成14年3月19日付け基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」で細かく明示してくれています。厚生労働省HPで見つからなかったので、リンク先は私のエントリーですが、おそらく原文通りだと思います。これをしっかり遵守してくれる事をまず確認しておくべしでしょう。もちろん口先だけではなく、契約書に明記してもらい、できれば正副2通作成し、一通は所持しておく事は言うまでもありません。三六協定なるものがあるそうなので、そことの整合性はゴメンナサイ誰か解説よろしくお願いします。この通達を遵守してくれれば宿日直業務の負担はかなり軽減されるかと思います。

次にこれもまた医師生命に関わる事が常に起こりうる救急当番です。もちろん厚生労働省通達で当直医が兼務する事は不可なのは確実ですので、その前提の上でのお話です。これも奈良救急事件を盾にするかしないか態度を明確にする事をお勧めします。この事件は大阪高裁で確定した判決で、その骨子は有名ですが、

  • 救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること(救急病院等を定める省令1条1項)
  • 救急蘇生法,呼吸循環管理,意識障害の鑑別,救急手術要否の判断,緊急検査データの評価,救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること(昭和62年1月14日厚生省通知)
これが満たされる事が必要であり、
    担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。
この条件を満たすと考える医師は救急当番を受諾されれば良いかと思いますし、そんな技量は無いと判断されるなら判例を盾に拒否されるのが良いかと思います。別に不正な事を主張しているわけではなく、民事とは言え高裁の確定判決ですから、これを無視するような行いは医師の良心として行なってはならない事だからです。

他にも時間外手当の支給基準を明確にする事や、オンコール手当の待機料の必要性を認めさせることも重要ですが、お金の事をあまり執拗に拘ると印象が悪くなるとお考えなら、宿日直業務と救急当番医の資格の2点だけでも厳密に取り決めを行なっておくべきです。この二つが遵守されたら医師の負担は相当軽くなると考えます。また一番言いやすいのは契約時と考えます。働き始めてから文句を言うのは単に不満分子と思われるでしょうし、そう思われるのは潔くないと考える医師も少なくないと考えています。

二つの要求は幸いな事に明確な根拠があり、要求確認することになんら後ろめたい事は無いと考えます。異動される医師全員にそうせよと言う気はサラサラありませんが、勤務先の病院の条件によってはやっておく価値がある事かと思います。春の大嵐はどれほどの被害をもたらすか現時点でさえ全貌をつかみきれないものがありますが、勤務医として居残るならば確保しておく条件だと思っています。誰かやってみませんか。