どうなんでしょうね

7/9付の毎日新聞より抜粋、

出生体重が1500グラム以下の未熟児「極低出生体重児」の死亡率に、専門病院の間で、0〜30%まで差があることが、厚生労働省研究班(分担研究者・楠田聡東京女子医大教授)の調査で分かった。平均死亡率は11%で欧米より低かったが、脳の出血や肺障害を起こす率も差が大きく、病院による治療法の違いで差が出た可能性がある。班は死亡率の低い病院の治療を普及させて、全国的な死亡率低下を目指す。

新生児を専門的にやったのは遥か15年以上も前のお話、そこそこのレベルでやったのも10年近く前で、その間に治療は進歩しているでしょうから自信を持ってはコメントできません。ただ治療は進歩していると言っても本質はそんなに変わらないでしょうから、その辺の感覚的なお話で・・・。

未熟児の新生児医療は大変です。私は正直なところ肌に合わなかったので、「二度としたくない」の本音は隠せません。それぐらい手間と暇と膨大な労力を要する医療です。一瞬の判断の差が生死を分けますし、障害の有無にも影響します。手技も決して容易ではなく、容易でない手技でまごついたら、これも大きな影響を及ぼします。さらに初期の難関期を乗り切った後も、繊細な治療センスを長期間必要とします。文字通り腕の差がはっきり出る治療と言えます。

今は知りませんが、私が従事した時の体制は信じられないぐらい貧弱なものでした。正規の新生児スタッフはわずかに2人。2人が裏表で365日オンコールで待ち受けます。それを補助というか足手まといと言うかで支えた研修医が、2年目が1人とスーパーノイヘレンが2人。入院が増えるとクベースさえも不足し、輸液ポンプやレスピレーターは奪い合いの有様でした。夜間や休日には検査技師当直なんていませんから、これもまた貧弱な緊急検査を動かしての治療でした。

ところでこの統計ですが、どれぐらいのバイアスを考慮しているのでしょうか。記事には体重によるリスクのバイアスは考慮したように書かれていましたが、合併症の程度はどれほど考慮されているのでしょうか。たとえば出生時の仮死の程度、搬送時間はかなり大きな差となります。また新生児の予後は体重も重要ですが、週数もそれ以上に大きなファクターになります。出生時体重が少なくともIUGRで週数があれば、一般的にかなりリスクが軽減されたと記憶しています。

さらに感染症の有無、GBSなどがあれば飛躍的にリスクは高まります。他にも心疾患や胆管系や腸管系の異常、こういう異常に対処できる施設とそうでないところでも予後は変わります。これは対処できるところの方が、より高いリスクの患児を受け入れるために成績は悪くなる可能性が高いということです。もちろん小児外科や小児心臓外科の能力が低ければもっと成績に影響します。

小児科だけで言えば、先ほど腕の差が大きいと書きましたが、もう一つマンパワーの差も影響します。不思議なもので、未熟児なんて平均して入院してきそうなものですが、実際は繁忙期と閑散期が確実にあります。閑散期はともかく、繁忙期にはこれでもかの重症患者が積み重なります。負荷がかかった時にマンパワーに余力がないと、どうしてもすべての患者に十全な対応がしきれない事態も起こりえます。重症患者ではこれでもかという緊急事態が次々と発生し、いかに熟達の新生児医であっても、同時に治療できうる人数は限られてしまうからです。

医者の腕も重要ですが、看護スタッフの能力も大きく左右します。痰を吸引すると言う作業さえ、受け持ちの看護婦の能力で状態が大きく左右されます。また絶えず揺れ動く状態の観察能力も非常に重要です。状態の変化をどれだけ読み取れるかだけでも、予後が大きく変わります。

成績の良いところの治療法を普及させるのは悪い考えとは思いませんが、新生児医療は煮詰めていけば大して変わらないことをしているものであり、成績の良い治療法を導入したくても、それを実現できるだけの能力、マンパワー、設備水準が整っているかがまず問題です。能力は自己研鑽で向上可能としても、マンパワーと設備水準は精神論では解消しないからです。

素人が書いた記事なのでしかたがないかもしれませんが、医療には基本的に秘伝はありません。むしろ逆で効果的な治療法が開発されれば、大威張りで公表します。それを見た他の施設は、出来ることは即座に取り入れます。ただしマンパワーや、それが出来る設備が無ければ指をくわえているだけになります。

成績の良い治療法の一律導入を目指すのであれば、その施設と同等の水準のマンパワーと設備も整備してくれるのでしょうか。どちらも莫大な予算が必要なのですが、ここまで言うからには責任を持って厚生労働省が受け持ってくれるのでしょうか。どうも各病院の責任で整えよになりそうでなりません。そんな事をすれば、負担に耐え切れない病院は新生児医療を放棄する事になりかねません。是非はともかく、こういうのも広い意味で集約化の方針の一環かと思ってしまいます。

まあそれでも新生児医療は集約化しても、人数をそろえて人海戦術で治療に当たった方が成績は良くなりそうな気はします。それとも15年も経ったので、人海戦術に頼らずとも効果的な治療が生み出されたかもしれません。「設備や人数は三流だが、患者は超一流である」との新年の院長挨拶が行なわれる、当時の新生児医療をフト思い出しました。