ソースがソースなもので、しょせんその程度と言えば話が終ってしまうのですが、2/19付タブロイド紙です。
医療訴訟:関西医大に1.5億円賠償命令 新生児、処置遅れ障害−−大阪地裁
出生直後に搬送された関西医科大学付属滝井病院(大阪府守口市)での処置が遅れ、脳性まひによる重度の後遺障害が残ったとして、同府門真市の男児(6)と両親が同病院に約2億円の賠償を求めた訴訟の判決が18日、大阪地裁であった。揖斐潔裁判長は「処置の遅れで脳性まひが生じた可能性が高い」と認め、同病院側に約1億5000万円の賠償を命じた。
判決によると、男児は04年8月13日、未熟児で生まれ、同病院の新生児集中治療室に搬送された。男児は14日早朝、脳性まひにつながる危険性を示す血液中の「総ビリルビン値」が上昇しているのが確認された。
しかし、担当医は「黄疸(おうだん)症状が見られない」などとして、同日は人工的な光線を当てる「光線療法」と呼ばれる処置を見送った。
翌日の15日未明、男児はけいれんを起こし、総ビリルビン値が更に上昇。医師はこの時点で光線療法を開始したが、男児は脳性まひになり、自力で動くことができないほど重い後遺障害が残った。
病院側は「脳性まひの原因は先天的で、処置とは関係ない」などと主張していた。
揖斐裁判長は「染色体に異常はなく、脳性まひの原因はビリルビンの上昇による脳の損傷」と病院側の主張を退け、「もっと早く光線療法を実施していれば脳性まひを避けられた可能性が高い」と指摘した。賠償額については、重い後遺障害による逸失利益のほか、将来的な介護費を約6800万円と算定して盛り込み、総額約1億5000万円を認定した。【日野行介】
埋め草に分析してみますが、まず時間系列を整理しておきます。
Date | 経過 |
9/13 | 未熟児にて出生、関西医大に搬送 |
9/14 | 早朝のT.bil検査での光線療法は施行せず |
9/15 | 未明に痙攣発作、光線療法施行 |
わからない点がたくさんあるのですが、患児が「未熟児」であり関西医大に搬送された事は確認できるのですが、どういう理由で搬送されたのだろうかと言う点です。関西医大に搬送されたと言う事は関西医大で生まれていない事になります。未熟児の定義は2500g未満ですが、未熟児であるというだけで搬送されるのであれば、2004年でも母体搬送が行われている考えたいところです。
この辺は医療機関のポリシーによって変わるとは言え、生まれたら搬送確実の未熟児を、自分のところでわざわざ分娩させるかの疑問です。産ませたと言う事は、出生後もある程度以上の確率で分娩させた医療機関が見れる可能性があったからだと考えます。つまりは未熟児であっても週数もあり、出生時体重が2000g以上、それも2500gに近いほうの体重であったと考えます。
これが搬送になったのは、未熟児である以外の搬送理由があったと考えるのが妥当でしょう。一般的に多いのは呼吸障害です。でもって関西医大に搬送されたのは生まれてすぐではなく、ある程度の時間の経過観察が行われたとも考えます。出生時刻は記事からは不明ですが、関西医大で行われた検査の速報が出たのは生まれた翌日の早朝です。
私が新生児治療の最前線なんてのに従事したのは大昔ですが、それでも基本はそんなに大きく変わっていないはずです。入院したら一連のルチーンワークが行われ、その中にビリルビン値の測定も必ず入ります。9/13にNICUに入院して、総ビリルビン(T.bil)の値を確認するのが9/14の早朝と言うのは少々遅すぎる感じがします。入院時刻は生まれた翌日の9/14の未明ぐらいとするのが妥当でしょう。
そういう経過であるなら、未熟児であると言うだけの理由で入院したとは考えにくく、未熟児に加えて呼吸障害とか、場合によっては感染症の可能性もあったはずだと考えます。しかし情報は皆無です。
焦点の新生児黄疸の治療ですが、これもまた謎の多い経過になっています。記事では、
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脳性まひにつながる危険性を示す血液中の「総ビリルビン値」が上昇しているのが確認された
Date | 処置 |
経過を見るライン | 検査follow |
光線療法適用ライン | 光線療法施行し、検査follow |
交換輸血ライン | 交換輸血施行し、検査follow |
核黄疸発症ライン | 交換輸血を行い、天に祈る |
この判断基準はT.bilの数値によって明確に決められ、その基準に従って治療処置が行われます。これは出生体重、出生後の日数によって変わって行きますが、かなり明瞭な基準です。もちろん基準値のギリギリのところでは医師の判断により治療適応に若干の幅が生じますが、数値による治療適応の判断は、それこそペーペーの研修医でも可能なもので、どこのNICUでも印刷して貼ってあるレベルのものです。
それと光線療法適用基準と、交換輸血適応基準では数値にかなりの差(未熟児の程度で変わります)があります。光線療法と交換輸血では処置の負担が天と地ほど差がありますから、新生児医は光線療法はかなりお手軽に施行します。考え方として可能な限り光線療法でT.bilの上昇を抑制し、交換輸血に至らないようにしておくです。それこそ適用値以下であっても、「このケースなら、どうせ黄疸は進行するから念のためにやっておこう」程度の判断でも手軽に行なわれます。
間違っても可能な限り粘って光線療法を避けるという方向性には考えないと言う事です。もう一つ理解できないのは、
痙攣が起こりT.bilも確認されていますが、行われた治療は光線療法です。ここから導き出される推測は、- 9/14時点のT.bilは、光線療法の適用ライン以下であった
- 9/15の時点でも、光線療法の適用内であり、交換輸血ラインに達していなかった
その後の治療の経過も記事から読み取るのが難しいのですが、裁判長の判断にある、
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揖斐裁判長は「染色体に異常はなく、脳性まひの原因はビリルビンの上昇による脳の損傷」
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患児はT.bilが光線療法適用内程度で核黄疸になった
これもあくまでも記事情報ですが、訴訟で焦点になったのは出生翌日の光線療法の適用であったようです。つまり痙攣が起こる前日に光線療法を行っていれば「高度の蓋然性」で核黄疸は予防できたという裁判所判断です。これも記事だけで判断するのは危険ですが、無理がありそうな気がします。裁判所判断では、患児はT.bil値がかなり低い水準で核黄疸になっています。
たとえ出生翌日に光線療法を行っていても、光線療法適用以下であれば、どこかで光線療法は中止されます。この患児はかなり低いT.bilの水準で核黄疸になるのは結果論として確認されていますから、たとえ出生翌日に光線療法を行っても、経過中のどこかで光線療法適用ラインにT.bilが達すると核黄疸に進行してしまいます。
そういう患児であると予めわかっていれば対処の仕様もありますが、そんなものを判断できる診断法など存在しないと思われます。つうか、あればルチーンで行われているはずです。なんと言っても光線療法の適用基準はかなり低いレベルですから、成熟児でもしばしばラインに達する事は珍しくも何も無いからです。未熟児であるならなおさらです。
話がグルっと回るのですが、分娩時にトラブルは無かったのでしょうか。病院側は、
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病院側は「脳性まひの原因は先天的で、処置とは関係ない」などと主張していた。
重症仮死なら出生後、少し遅れて痙攣が発症する事もあったと記憶しています。これが起こると非常に厄介な代物なのですが、T.bilに原因をこじつけるより余程話の筋が通ります。そう考えると記事の書き方は興味深いところがあります。
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出生直後に搬送された
判決によると、男児は2004年夏に未熟児として生まれ、同病院に入院
記事の文字数制限の関係もあったかもしれませんが、通常はもう少し何か書きそうな気がします。たとえば「市内の産婦人科」とかなんとかです。これが書かれていないので、ひょっとしたらの可能性も十分にあるとは思っています。つまり患児の運命は病院に到着する前に既に決していたんじゃないかと言う事です。もちろん情報不足で何の根拠もありません。
それにしても記事情報通り、ないしそれに近い判決であるなら、日本中の新生児医が震え上がると思います。仮にアンバウンド・ビリルビン説を取ればまだしもなんですが、そうではなくて、ビリルビンの血液脳関門通過が異常に高い症例(あるのかな?)を予見せよとなれば、日本中のNICUだけではなく、新生児室も光線療法だらけになってしまいます。いずれにしても、もうちょっと情報がないと「まとも」な医学的判断ができない事だけは間違いありません。