奥歯に物が挟まったような記事

まず11/26付読売新聞・九州発より、

「無理な授乳指示で脳障害」国立病院機構提訴へ

 長女(9か月)に重い脳障害が起きたのは、出産直後に病院側の指示で母乳育児などを無理に続けさせられたためだとして、神奈川県の両親らが九州医療センター(福岡市)を運営する独立行政法人国立病院機構(東京都)を相手取り、約2億3000万円の損害賠償を求める訴訟を26日、福岡地裁に起こす。同病院を巡っては5月、出産後の経過措置に問題があり、別の女児が植物状態になったとして同様の訴訟が起こされている。

 訴状によると、里帰りしていた母親(40)は2月14日、同病院で女児を出産した。出産時に異常はなかった。その後、病院側は直接授乳を指示。しかし母乳が十分出ず、長女もほとんど吸わなかった。約12時間後、心肺が停止していることが判明。呼吸は戻ったものの、低酸素性脳症により意識不明の寝たきり状態になっている。

 同病院は、出産直後の母乳育児や母子同室、新生児を母親の素肌の胸に抱かせるカンガルーケアを推奨している。母親らは、病院側は母乳が出にくい母親に新生児を長時間預けたままにし、経過観察を十分行わず、人工栄養も与えなかったと主張。その結果、低血糖、低体温症に陥り、脳に届く酸素が少なくなり障害を引き起こしたと訴えている。

こういう訴訟が起こる事自体については置いておきます。今日は今回の訴訟で原告側が何を強調しているかです。つまり被告側である病院の何が悪いかです。長くもない記事ですが

    母親らは、病院側は母乳が出にくい母親に新生児を長時間預けたままにし、経過観察を十分行わず、人工栄養も与えなかったと主張。その結果、低血糖、低体温症に陥り、脳に届く酸素が少なくなり障害を引き起こしたと訴えている。
ここの部分がそうだとは考えますが、少し整理すると2点で、
  • 出産直後の新生児を母親に預けっぱなしにし、十分な観察を怠り、その結果としての低体温症
  • 母乳が飲めていないのに人工栄養を与えなかったので起こった低血糖症
この結果として心肺停止状態に陥ったと主張していると解釈します。ほんの少しだけ医学的考察を加えると、心肺停止状態で見つかったのは出生の12時間後であり、とくに分娩にトラブル無く、正期産の正常児であれば、12時間で低血糖は早すぎると思います。あったとするならばあのカンガルーケアですから、名大病院事件の時と同じような展開で不適切なカンガルーケアにより、
  1. 低体温症
  2. 母体との密着による窒息
こちらの方が原因として有力のような気がします。ここでSIDS的な話とか、先天的な要因についてはあえて置いておきます。言い出すとキリがなくなります。もっとも訴訟ですから、原告として思いつきそうな原因は主張しても構わないといえば構わないのですが、力点としては「低体温症 > 低血糖症」になると考えるのが妥当です。ところが見出しは、
    「無理な授乳指示で脳障害」
どう読んでも「低体温症 < 低血糖症」です。私の興味は原告側がそういうニュアンスで強調したのか、読売が編集権でそう強調したのかです。読売は同日に全国版に記事をアップしています。こちらは若干の修正があり、

訴状によると、女児の母親(40)は2月14日、里帰り先の同病院で出産。病院側は授乳を指示したが、母乳が十分に出ず、女児は一時心肺停止。その後、呼吸は戻ったが、低酸素性脳症により意識不明の寝たきり状態になった。母親らは、病院側が母乳が出にくい母親に新生児を預けたままにし、経過観察を十分行わなかったため、低血糖、低体温症に陥り、障害が残ったと主張している。

今度は「訴状によると」になっています。ここは読みようですが、出生後の児の観察が不十分であった事を主張しています。観察が不十分であったために低血糖症と低体温症が起こったなんですが、見出しは、

    出産直後の母乳育児で障害、両親が病院機構提訴
これも「低体温症 < 低血糖症」で、母乳の代わりに人工栄養を与えていれば良かったみたいに受け取られそうなものになっています。それと個人的にはすごい不思議なんですが、低体温症の原因は多かれ少なかれカンガルーケアに起因していると考えて良さそうなものですが、読売記事は病院がカンガルーケアを行なっている事のみに記述をとどめている事です。


ここで11/26付Asahi.comの記事を挟みます。

 母乳だけによる育児や、出産直後の母親に子どもを抱かせるカンガルーケアが原因で、子どもが死亡したり脳性まひなどの後遺症が残ったりしたとして、九州や関西、関東の家族らが26日、福岡市で患者・家族の会を発足させた。この日、医療機関側を福岡地裁に提訴した両親も加わった。

 発会式には、福岡や大阪などの6家族と弁護士ら計約20人が集まった。6家族とも医療機関を提訴したか提訴を準備中。参加した医師によると、「完全母乳」を勧める病院で母乳以外の糖分を与えないと、母乳が十分に出ない場合、赤ちゃんが低血糖になる可能性があるという。また、出産直後の母親は汗をかいて体の表面温度が下がりやすいため、カンガルーケアだと赤ちゃんが低体温になって脳性まひなどを誘発することもある、と指摘している。

この被害者の会については完全母乳栄養訴訟で取り上げています。この会は完全母乳栄養を無理強いする事も問題としていますが、カンガルーケアも問題視しています。どっちがと言うより両方です。当然の様に推測されるのは、今回の訴訟を起した家族もこの会からのアドバイスを受けているはずです。

母乳を飲んでいないことによる低血糖症と、不適切なカンガルーケアによる低体温症はある程度一体になったものとは言え、「母乳 > カンガルーケア」の関係ではなく「母乳 ≒ カンガルーケア」であるはずです。ですから家族による訴状もそういう内容になっていると考えて良さそうに思います。出生後12時間の間に授乳が出来ていなかった事を中心に据えるのは不自然ですし、カンガルーケアについて問題視しない事も不自然です。


朝日が伝えた被害者の会の結成の様子を読売も11/27付記事で伝えています。内容はさすがに

会合には福岡、長崎、宮崎、愛媛、大阪、神奈川の6府県から6家族が参加。新生児のケアを研究している久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の久保田史郎院長がカンガルーケアなどの危険性を指摘、「出産直後の母子同室はやめるべきだ」などと語った。

カンガルーケアの問題点を掲載していますが、見出しは、

    授乳ケアで障害防ぎたい
やはり「母乳 >> カンガルーケア」です。そういえば朝日の見出しも捻ったもので、
    「出産直後預けられ後遺症」 母乳推進の病院を両親提訴
なんじゃこりゃ、と言いたいような新用語を創作されています。



これは私の感想ですが、病院における死亡事故ですから記事にすると言うのは決定事項であったと考えます。その記事にするに当たってタブーがあるように感じます。つまり「カンガルーケア批判は禁忌」です。しかし記事にするには原告側の主張の掲載が必要です。原告側の主張は大きく2つで、

  1. カンガルーケア問題
  2. 母乳栄養問題
おそらく並列で主張していると考えても良いかと思います。母乳栄養問題もなんとなく積極的には取り上げたくない雰囲気を感じますが、カンガルーケア問題はさらにさらに積極的に取り上げたくないです。どっちも取り上げたくないが、理由を書かないわけには行かないので、
    母乳問題 >> カンガルーケア問題
こういう構成になっていると私は見ます。ココロは完全母乳主義もカンガルーケアも絶賛推進中なので、この訴訟記事で水を差したくないぐらいのところでしょうか。水を差したくなければ記事にしない選択もあったと思いますが、そこはマスコミの横並び体質で、特オチ防止心理が優先して取り上げざるを得なかったと言うところでしょうか。

カンガルーケアより母乳問題にシフトしたのは、例外的なケースへの人工栄養投与に話を持っていけるので、この程度なら完全母乳主義への影響は最低限の範囲に留められる判断と見ています。死んでしまうほどの完全母乳主義への警鐘ぐらいなら大丈夫と言うところです。


しっかし面白いものです。マスコミはしばしば根拠不明の是非の判断者に勝手になります。マスコミ内で是か非かを決定したら、高度の創作性を駆使して徹底的にどちらかに偏った論調を、それこそ全マスコミ挙げて金太郎飴式に展開するのは周知の事です。その点を考えると完全母乳主義もカンガルーケアもマスコミ内では完全に「是」と判断されていると見て良さそうです。

基本判断が「是」のものを「非」として訴えた記事の一つの書き方の一つの見本みたいなものと考えればよいのでしょうか。いや、そうではなくてもう一つの価値判断がさらなる前提であると考えても良いかもしれません。訴えを起こされるような病院での医療事故は「非」であるです。附帯条件として生まれたばかりの新生児と言うのもあります。つまり、

  1. 医療事故は「非」として報道しなければならない
  2. カンガルーケアも完全母乳主義も「是」の判断は変えられない
かなり難しい前提条件の下に出来上がった記事と私は感じます。