気になったので現在の制度を確認してみます。情報元は日本医療機能評価機構の産科医療補償制度からです。まず補償の対象なんですが、
本制度の加入分娩機関の管理下における分娩により、【1】の状態で出生した児に、【2】の重度脳性麻痺が発生し、運営組織が補償対象として認定した場合
【1】とか【2】とかと言っても何のことやらなのですが、
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【1】・・・出生時の状態が以下のいずれかであること
【2】・・・重度の脳性麻痺であること
- 出生体重が2,000g以上であり、かつ、在胎週数が33週以上であること
- 在胎週数が28週以上であり、かつ、次の(1)または(2)に該当すること
- 低酸素状態が持続して臍帯動脈血中の代謝性アシドーシス(酸性血症)の所見が認められる場合(pH値が7.1未満)
- 胎児心拍モニターにおいて特に異常のなかった症例で、通常、前兆となるような低酸素状況が前置胎盤、常位胎盤早期剥離、子宮破裂、子癇、臍帯脱出等によって起こり、引き続き、次のイからハまでのいずれかの胎児心拍数パターンが認められ、かつ、心拍数基線細変動の消失が認められる場合
イ.突発性で持続する徐脈
ロ.子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈
ハ.子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈
なかなか細かい定義ですが、とりあえず在胎週数があってもIUGRが伴うと2000gの壁が出てくるように思われます。28〜32週については、これはあくまでも条件を読む限りですが、胎児仮死が証明できそうなものは補償されそうですが、そうでないものは補償されないと読めそうな気がします。どういう発想か私にはわかり難いのですが、それしか読みようがありません。
それと在胎週数も妊娠中に医療機関で管理されていればともかくですが、飛び込みをやられると難しくなるところです。飛込みについての扱いを探していたのですが、産科医療補償制度標準補償約款には、
(妊婦の登録及び転院の場合の取扱い)
第九条 当院は、当院が妊娠管理を行うすべての妊婦に対して、当院の管理下における分暁により出生した児がこの補償制度の対象者となることを示す登録証を交付します。
- 妊婦は、当院以外の分娩機関の管理下において分暁する場合は、前項の登録証を当該分娩機関に提示し、当該分娩機関の管理下における分暁により出生した児がこの補償制度の対象となるかどうかを確認するものとします。
- 妊婦が当院から当院以外の分娩機関へ転院した場合又は当院の管理下以外で分暁する場合、当院は、第三条第一項に規定する当院の補償金の支払責任を免れるものとします。
どうもなんですが妊娠管理中に登録証なるものが交付されるようで、これを持たない者の分娩については補償の対象外であるような記述です。実情はわかり難いところですが、御存知の方は情報下さい。
次は【2】の十分条件です。
運営組織が定めた重度脳性麻痺の障害程度基準によって、身体障害者障害程度等級の1級または2級に相当すると認定された場合をいいます。
「運営組織」とは日本医療機能評価機構です。ここで定めた基準と言うのがわかり難いのですが、おそらく標準補償約款にある、第二条二項と考えられます。
「脳性麻痺」とは、受胎から新生児期(生後4週間以内)までの間に生じた児の脳の非進行性病変に基づく、出生後の児の永続的かつ変化しうる運動又は姿勢の異常をいいます。ただし、進行性疾患、一過性の運動障害又は将来正常化するであろうと思われる運動発達遅滞を除きます。
そいでもって脳性麻痺の身障1級及び2級とは、
等級 | 肢体不自由 (乳幼児期以前の非進行性の脳病変による運動機能障害) |
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上肢機能 | 移動機能 | |
1級 | 不随意運動・失調等により上肢を使用する日常生活動作がほとんど不可能なもの | 不随意運動・失調等により歩行が不可能なもの |
2級 | 不随意運動・失調等により上肢を使用する日常生活動作が極度に制限されるもの | 不随意運動・失調等により歩行が極度に制限されるもの |
3級 | 不随意運動・失調等により上肢を使用する日常生活動作が著しく制限されるもの | 不随意運動・失調等により歩行が家庭内での日常生活活動に制限されるもの |
4級 | 不随意運動・失調等による上肢の機能障害により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの | 不随意運動・失調等により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの |
5級 | 不随意運動・失調等による上肢の機能障害により社会での日常生活活動に支障のあるもの | 不随意運動・失調等により社会での日常生活活動に支障のあるもの |
6級 | 不随意運動・失調等により上肢の機能の劣るもの | 不随意運動・失調等により移動機能の劣るもの |
7級 | 上肢に不随意運動・失調等を有するもの | 下肢に不随意運動・失調等を有するもの |
約款に明記されているように2級までなら補償の対象ですが、3級になってしまえば対象外になります。その差は上肢機能では微妙ですが、移動機能では比較的分かりやすい差になっているように思われます。
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2級:不随意運動・失調等により歩行が極度に制限されるもの
3級:不随意運動・失調等により歩行が家庭内での日常生活活動に制限されるもの
そいでもって除外項目が定められています。
※ただし、以下に該当する場合は補償の対象となりません。
先天異常は除外するは知っていましたが、天災も除外されるようです。そうなると阪神大震災のような状況下で起こった脳性麻痺は補償対象外になります。ここについては補償しても良さそうな気がするのですが、約款で対象外と明瞭に定義しています。
天災は深く突っ込まないとしても、脳性麻痺の発生期間(約款二条二項)の定義のうちで新生児期は除外するとなっています。また先天性要因も除外するとなっています。小児科医として非常に恥しいのですが、新生児期は一体いつから始まるのでしょうか。「そんな事も!」と言われそうで恐縮なんですが、いつから新生児期が始まるかで微妙な問題が出てくるような気がするのです。
とりあえず分娩後の感染症は除外するとなっています。では分娩前の感染症はどう扱われるかです。先天性要因の括弧書きのところには「先天異常」はあっても「先天性感染」は書いてありません。とりあえず先天性感染が先天異常に含まれるかどうかは気になるところです。代表的なものはいわゆるTORCHですが、これは先天性要因に含まれるのでしょうか。
また新生児期の始まりによって微妙になる感染症に産道感染があります。代表的なものはGBSですが、これは分娩前の感染症になるのでしょうか、それとも新生児期の感染症になるのでしょうか。除外項目を読んだだけでは何とも言えない感じがします。
そうそう先日取り上げた関西医大の件は、仮に必要条件を満たしていても、裁判所認定では新生児期の核黄疸によるものですから、補償金の適用は無い事になります。
さて支払いなんですが、まず一時金を600万円受け取り、その後は毎年120万円を20回まで(20歳まで)となっています。気になるのは途中で児が不幸にもお亡くなりになられたときです。これについても規定はあり、
- リハビリ等の結果、お子様の障害程度が改善し、この制度の補償対象である重症度の水準でなくなった場合でも、そのことにより補償金のお支払いが停止されたり、減額されたりすることはありません。
- 万一、補償分割金のお支払い中にお子様が亡くなられた場合でも、補償分割金のお支払いは継続されます。ただし、その際はご提出いただく書類等が変更になりますので、運営組織までご連絡をお願いします。
どうも一度補償の決定を受けたら、児が判定時の予測以上に回復しても、また逆に不幸にもお亡くなりになられても補償金の全額はもらえるようです。死亡時に分割金の支払いがどう変わるかについては、探しても確認出来ませんでした。
最後によく懸念される訴訟との関係です。
(損害賠償金との調整)
第八条 補償対象となる脳性麻揮について当院又はその使用人その他当院の業務の補助者が補償請求者に対して損害賠償責任を負う場合は、当院が既に支払った第三条第一項の補償金は、優先して当該損害賠償金に充当されるものとします。
- 前項の場合において、補償請求者が当院又はその使用人その他当院の業務の補助者から損害賠償金を受領したときは、補償請求者は、その金額を限度として補償金に対する権利を失うものとします。
- 当院が支払った補償金が第一項の規定により使用人その他当院の業務の補助者が負うべき損害賠償金に充当されたときは、当院は、その充当された額について、補償請求者がこれらの者に対して有する権利を取得するものとします。
- 第一項の損害賠償金(損害賠償金に充当された補償金を含みます。)の額が第五条第一項に規定する補償金の総額を下回る場合は、当院が補償請求者に対して支払う補償金の額は、第五条第一項の規定にかかわらず、その差額とします。当院が補償金を支払う責任は、支払われた補償金(損害賠償金に充当された補償金を除きます。)の合計額が当該差額に達した時に終了するものとします。
ここの規定もウジャウジャ書いてあるのですが、医療機関に損害賠償を請求し、これを得た時には補償金の分は損害賠償から差し引くとなっています。たとえば1億の損害賠償が認められたときに、病院からは7000万円の支払いを受けると言う事になります。逆に2000万円の損害賠償しか得られなかった時には、補償金は1000万円支払われる事になります。たぶんですが訴訟費用はカウントされないと思います。
あくまでも個人的な感想ですが、無過失補償制度は自動車で言う強制自賠責部分のような気がしてきました。あれも自動車事故に対しての保険ですが、実際に事故を起すと強制自賠責の範囲では支払いきれません。そのために任意の自動車保険に加入するのですが、産科無過失補償制度の補償額も、実際に訴訟で負けると全然足りません。現在は億相場になっているからです。
無過失補償制度も一時は期待をもって見ていましたが、出来てみると大したものであるのがわかります。運用主体も重箱ほじくり機関ですから、素晴らしい制度設計だと痛感します。