たまには野球のこと

巨人が不振です。一月前には快進撃で首位独走かの様相さえありましたが、今やゲーム差無しでの5位争い。首位は遥か彼方で、3位のヤクルトとさえ簡単には追いつけない差となっています。こんな状態は古手の阪神ファンなら毎年おなじみの恒例行事で、阪神の場合は快進撃抜きでいきなり低迷なんて事の方が普通ではありましたが、あの巨人がこの惨状とはひどいものです。

去年まで3年連続優勝を逃していますが、このこと自体が巨人にとっては2リーグ分裂以来2度目の出来事で、前回は'78ヤクルト、'79広島、'80広島でした。この時は3年連続優勝を逃した責任を問われて、長嶋第一次政権が崩壊しています。前回は'81に藤田監督に代わり、江川、西本、加藤初防御率ベスト3を独占し、新人王には現監督の原が取り王座を奪回しています。とくにMVPに輝いた江川は防御率最多勝最多奪三振、最高勝率の当時の投手タイトルを独占する活躍で、3連覇を狙った2位広島とは6ゲームの大差をつけています。

今年もここまできて優勝は事情に厳しい情勢となっています。4年以上優勝が無いとなれば、1リーグ時代まで遡る必要があります。戦中から戦後の混乱期の'44阪神、'45戦争により中止、'46近畿グレートリング、'47阪神、'48南海以来の出来事です。ここまでの不振はちょっと信じられないほどです。

巨人自体は今でも戦力強化に一番熱心な球団です。その手法はしばしば痛烈な批判を巻き起こしますが、熱心である事は間違いありません。今年だって十分な戦力強化を行なっています。チームのガンであった清原をようやく追放し、その代わりにロッテの李を獲得し、期待通り働いています。差引勘定はどう見ても大幅プラスです。投手も西武の守護神豊田やオリックスのエース格パウエル、さらには中日の主軸投手の一人野口を獲得しています。これだけ強化すれば額面上は問題ないはずです。新人だって自由枠という横車を押しきった結果、毎年ほぼ最上の新人を獲得しています。一部ダイエー(現ソフトバンク)との競争に敗れた事もありますが、他球団に較べると文句なしの新人だったはずです。それでも低迷しています。

もちろんいくら大金をかけても額面どおり働いてくれない事はプロ野球ではよくあることです。阪神だって松永、石嶺、山沖、星野、片岡と大金を投じて獲得したFA選手がさっぱりだった事はよく覚えています。額面通り活躍してくれたのは金本ぐらいかもしれません。それでも阪神、中日は強く、巨人は低迷しています。この差はなんなんでしょう。

現在で言えば生え抜きの差でしょう。阪神は主砲の金本、シーツこそ外様ですが、前後を固める赤星、鳥谷、今岡、桧山、浜中、藤本らは生え抜きですし、矢野も中日からのトレードとは言え阪神で育った選手です。中日だって似たり寄ったりです。自前で選手を育てる能力が戦力差になっていると素直に受け取れますし、選手層の厚みとしても格段の違いとなっているような気がします。巨人は地道に足許を固める努力を怠った結果とも言えます。

自前での戦力養成を怠ったツケは人気にも反映しています。巨人の人気は異常でした。本来は異常であったはずの人気があまりに長期間続いたために、巨人の人気は別格で永久不滅であると胡坐をかいていた様な気がします。何が異常かと言えば、巨人の試合と言うだけですべての試合が満員となり、全国中継をすれば左団扇で高視聴率が取れると言うものです。プロ野球なんて地域密着型の色合いが濃いスポーツで、本来全国区的な人気を獲得するのは至難の業であり、ましてやそれを長期間維持するなんて事は想像を絶する出来事であるということです。

巨人人気の低落の原因が自前スター選手の枯渇とするならば、その遠因を作ったのはやはり長嶋でしょう。第2次政権時代の長嶋は巨人史上でも類を見ない大型補強を年中行事のように行ないました。ほぼ独壇場となったFA戦線で他球団のスター選手を買い漁り、オールスター級の打線を組んだものです。その豪華さは代打でも1億円プレーヤーでしたし、下手すると2軍のレギュラーでさえFA選手が占めそうな時もありました。

若手選手の登竜門は一軍レギュラーの負傷や衰えです。巨人だけではなく他の球団でもスターと呼ばれる選手の多くが、それまでのレギュラーが欠場している間の活躍でスターにのし上がっています。ところが巨人ではそういうチャンスが巡ってくる可能性が極端に低くなったのです。レギュラーの控えまで1億円プレーヤーが居座ると、出場チャンスはレギュラーだけではなく控え選手まで負傷する必要が生じたのです。またポジションの空ができても、即座にFAで補充されてしまうとますます遠ざかります。こんな環境では選手のモチベーションが低下するのは当然かと思います。

いつしか巨人のラインナップは外様がずらりと並ぶことになります。それでも長嶋時代はまだ良かった。監督は中高年のスーパースター長嶋茂雄ですし、主砲としてゴジラ松井が君臨していたからです。ところが松井がアメリカに去り、長嶋が監督を引退した時、巨人ファンの目に映ったジャイアンツはどんなものだったのでしょうか。他球団から見れば憎たらしいほどの緻密な野球は影を潜め、かつては巨人が他球団にしていた野球で引っ掻き回される、打線は他球団の4番打者がずらりと並び、ブンブン振り回す大味な野球が展開されます。

ファンはチームを応援すると同時に個々の選手も応援します。応援する選手で思い入れが入りやすい選手は、生え抜きでチームカラーに純粋に染められた選手です。他球団の選手でもチームカラーにすぐ溶け込めば応援の思い入れが入ります。ところがFAでくる選手は移籍前の球団でのスーパースターであり、完全にお山の大将です。巨人に入ったからと言ってたやすくは巨人カラーに染まるわけではありません。ファンにとってはそういう選手はいつまでも外様と言う違和感を持ち続けることになります。外様がいても主力に生え抜きがいればそれなりにバランスが取れますが、主力から生え抜きが消えれば他所のチームを見ているような錯覚に陥ることになります。思い入れが薄いチームが低迷すればファンは去ります。

おそらく巨人関係者は現在の巨人人気の低落は一時的なものであり、強くなりさえすれば再び巨人ブランドは甦ると考えていると思います。生え抜きスターの枯渇が巨人人気の低落の原因であることはよく知っています。生え抜き選手の育成はチームの戦力強化に直結しますから、ブレは出るでしょうがしばらくはその路線で行くと思います。ある程度成功すれば戦力的には甦り再び強い巨人が出現すとは思います。しかし強い巨人が甦ってもかつての全国区的人気までもが復活するかと言えば大いに疑問です。

今の阪神は球団創立以来といってよい人気があります。それでもかつての巨人人気とは比べ物になりません。せいぜい現在の巨人と対等ぐらいです。種々に説明されると言ってもかつての巨人があれほどの異常人気を獲得したかは今となっては謎です。猫も杓子も巨人、巨人、巨人の世界です。強いだけでは獲得できないのはかつての西武が証明しています。あれだけ強くても人気となると寂しい限りでしたから。

巨人が生え抜き育成に成功して強くなれば東京ドームは埋め尽くされるでしょう。東京地方の視聴率も上がるでしょう。ただし他地方の人気が昔のようになる可能性は非常に低いです。ただしこれはごく正常のことです。プロ野球はやはり地域密着型の興行であり、いくら弱くとも地元の人間にとっては地元のチームが一番なんです。巨人は東京と言う人口稠密地帯に立地しているので相対的に高い人気を持つでしょうが、しょせんは東京ローカルのチームだからです。

でもこれは非常に良い現象だと私は思います。日本でのプロ野球興行は飛び切りの大興行です。歴史も長く伝統もあります。このプロ野球興行の発展が停頓しています。停頓している最大の理由が巨人支配です。巨人がプロ野球のオーナーのように君臨していたことが、興行の正常な進化を阻んでいたと言えます。巨人の支配力の源泉はその異常な人気です。巨人の全国を圧するような異常な人気無しではプロ野球は成り立たず、そのため他球団は巨人の鼻息を窺うことのみで存在していました。

ところが巨人の異常人気がなくなり、東京ローカルの人気球団となれば、巨人の支配力は相対的に低下します。かつて幾度となく巨人はチーム強化の為に強引な横車を押しました。この無法行為は、巨人が弱くなって人気がなくなればプロ野球興行が成り立たなくなる理由によって黙認されてきました。ところが実際に巨人が弱くなって、巨人戦の興行が必ずしもドル箱にならなくても、興行は成立しそうであることがわかりました。

そうなれば巨人の言うことのみを一方的に聞いてプロ野球を運営する必要がなくなります。今のプロ野球運営は近鉄オリックス合併事件、楽天誕生事件を通じて、さまざまな矛盾が内在し、これを根本的に解消することが必要であることが知れ渡っています。その改革の芽を摘み、歪んだ方向に誘導しようとしているのが巨人です。一昨年はその野望が実現寸前まで漕ぎ着けていました。後一歩のところで、ライブドアの登場や、選手会の抵抗により一旦は挫折しています。

巨人支配は緩みました。今度こそ真にプロ野球が改革を遂げる機会が到来したと思います。プロ野球愛する人間として、プロ野球全体が活性化する改革を今こそ断行して欲しいと思います。それをしないと日本のプロ野球アメリカメジャーの3Aの上ぐらいの地位にさせられ、そのまま衰退してしまうのではないかと思うからです。