スウェーデンの分娩管理との比較

ソース元は10/9付AFPより

これについての分析です。あんまり気が乗らなかったのですが、書いてくれとリクエストした人がとっても怖い人で、下手に断ると富士の樹海に行きかねませんので、シブシブやります。それと予め断っておきますが、スウェーデンの成績は文句無しに優秀です。だから触りたくなかったのですが、こういう記事が出ると「日本も見習へ」みたいな話になりかねないのであえてやります。


後期死産・早期新生児死亡率・新生児死亡率

まず記事から

「欧州周産期健康報告書(European Perinatal Health Report)2010年版」によれば、スウェーデンの新生児死亡率は出生1000人当たり1.5人と、欧州でアイスランドに次ぐ低さ。

1000人当たり1.5人の新生児死亡率は世界最高峰です。それで十分と思うのですが、あえて日本と較べます。妊娠出産にまつわる胎児、新生児の死亡率は後期死産(妊娠22週以降)、早期新生児死亡(生後1週間以内)、新生児死亡(生後1ヶ月以内)に分類できます。国際比較はデータを探すのが大変なんですが、

  1. 人口動態統計
  2. (株)インターメディカル国試に出る保健統計資料
調査年数にバラツキがあるのですが、個人でやる調査の限界とお目こぼし下さい。あっさり表にします。

後期死産 早期新生児死亡率 新生児死亡率 生後2週目以降の
新生児死亡率
スウェーデン 4.0 1.2 1.5 0.3
日本 2.1 0.8 1.0 0.2


単位は1000人あたりです。あえて言えばスウェーデンの後期死産は日本の2倍程度あります。でもって生まれ後の早期新生児死亡率もスウェーデンは日本の1.5倍あります。こんな差にどれほどの意味があるかの評価は個人差があるかと存じます。言ってみれば世界最高峰の選手同士の争いみたいなもので、日本が若干ですがスウェーデンを上回ります。ちなみにスウェーデンの新生児死亡率1.5は日本で言えば2004年時点の数値で、2012年までにそこからジリジリ下げて1.0まで減らしています。


妊産婦死亡率

記事より

出産時の母親の死亡率も、出産10万件当たり3.1人とかなり低い。

これも調べてみるとようわからんです。たとえば人口統計資料集(2012)には2007年で1.9人となっています。こっちの厚労資料には2002年で4.2人となっています。日本医療学会の資料には2001年に3.3人となっています。日本データは、

年度 妊産婦死亡率
1995 6.9
2000 6.3
2005 5.7
2006 4.8
2007 3.1
2008 3.5
2009 4.8
2010 4.1
2011 3.8
2012 4.0

素直に見てスウェーデンの方が若干良さそうです。ただスウェーデンの断片的なデータも日本のデータもそうですが、年々減っていくというより、近年は細かなアップダウンを繰り返しています。そりゃそうで、日本は2012年度が4.0となっていますが実数で言えば42人です。日本で一番低かった2007年で35人です。それでも日本はまだ100万人超える出生数がありますが、スウェーデンは10万人程度です。つまり年間にすると3人とか4人のレベルです。どうも妊産婦死亡率については限界に近いようです。

後期死産率や新生児死亡率は1000人当たりなので比較はまだしもですが、妊産婦死亡率は10万人当たりなので、これだけ人口ベースが違うと比較する意味があるのかどうか疑問を感じるところもあります。スウェーデンの出生数は10万人ですが、これが半分の5万人程度の国なら年間で1人の妊産婦死亡が出るだけで統計上は2.0になります。つまりは最小単位が2.0になり、その下はゼロになります。


最高峰をさらに伸ばすのは至難

記事より

妊娠期間の9か月中、超音波検査は1回だけ、産婦人科医に診てもらう必要もない──スウェーデンでの妊娠中の健康管理はこんなにシンプルだ。

「それに較べて日本は・・・」になりやすいところですが、最高峰レベルからさらに良くするのは半端じゃない体制と努力が必要です。どんな喩えが良いか難しいのですが、平均60点の試験で平均を取るのはそれなりの努力で可能です。これが80点となるとチョットした努力を重ねる必要があります。ではでは95点を常にキープしようとすれば相当な努力が必要です。この95点レベルがスウェーデンで、日本はさらに1〜2点ぐらい積み上げているぐらいでしょうか。

もう少し具体的には、後期死産の差は2.0ですが、1000人中2人の死産を減らすためには、それこそ根こそぎの検査体制が必要です。スウェーデンが妊娠中に1回なら、これを2回にすれば達成できるような代物ではありません。そのための検査が必要と考えるか否かの価値判断です。早期新生児死亡率の日本の低下の原因の一つに、胎内診断の向上もあるとされています。それこそ生れてから即座の治療体制の準備です。それをしなくともスウェーデンは1.5しかないのですが、ここから0.5減らす事に日本の医療は情熱を傾けたとしても良いかと思います。

それに価値を見出すか、コスパを云々するかは個人の自由ですが、日本の医療は少しでもゼロに近づけるために今でも努力と情熱を傾けているぐらいです。ちなみになんですが1000人当たり0.1とは実数ベースで日本で100人です。0.5は500人であり、2.0は2000人になります。これが多いか、無視してよいかの話にもなるぐらいでしょうか。


助産師のレベルはどうなのか

あくまでも私の意見ですが、スウェーデンの産科医も日本の産科医もレベルに差は無いと考えています。少なくとも成績ではそうなっています。一方で助産師レベルはどうなんでしょうか。スウェーデンの助産師のレベルと日本の助産師のレベルは同等なんでしょうか。もちろん日本の助産師もピンキリですが、とくに助産所を経営している開業助産師のレベルはどうなんだろうと率直に思います。

スウェーデンの助産師会も日本の助産師会同様に産科を敵視し、可能な限りの独自路線を取る事に努力されておられるのでしょうか。助産師教育もそうです。口を開けば「自然、自然」みたいな深遠な哲学的な助産師教育が行われている話も耳にすることがありますが、スウェーデンもまたそうなんでしょうか。

日本でも、とくに病院勤務助産師の中には非常に優秀な方々もおられるとは聞きます。ただ非常に残念な事に助産師に関する事になると、助産師会の幹部開業助産師の「ホメパチ大好き」とか「マクロビ命」とか「信仰の力」云々の声が巨大なスピーカーの様に鳴り響き、日本の助産師像を形作られます。日本でコスパのためにスウェーデン方式を導入したら、果たして今の成績からスウェーデンレベルぐらいの低下で済むかどうかは非常に危惧されるところと思っています。


・・・とりあえずこんなもので依頼は果たせたかと思います。