増税してくれと言うまで削れ

asahi.comより、

小泉首相が22日の経済財政諮問会議で「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない」と発言していたことがわかった。27日に公表された会議の議事録で明らかになった。

 首相は「ヨーロッパを見ると野党が(増税を)提案するようになっている」と、欧州の消費税をめぐる論議を引き合いに出し、増税には徹底した歳出削減が必要との考えを強調した。

辞任を決めている人は強いですね。もしもう一期延長したい願望があれば間違っても口にしないでしょうし、国会開催中に公表される議事録であればこれも絶対に口にしない発言だと思います。ここまで剥き出しの本音を公式に発言するところは、小泉首相らしいと言えばらしいです。

突っ込めそうで突っ込み難い発言ですが、どう読んでも違和感が残る発言です。良いように取れば「北風と太陽」のようなもので、チト無理がありますが北風が財政難のアピール、太陽が予算削減、コートが増税としたら良いのでしょうか。増税するためにいくら財政難をアピールしてもコートを脱ぐのは嫌がりますから、受けの良い増税しないための予算削減をドンドン行い、行政サービスが我慢できないところまで低下すれば、増税しても(コートを脱いでも)良いからちゃんとした行政サービスをしろの声が挙がるのを待つ戦略と言う所でしょう。

まさに高等戦略です。つうか、もう辞任すといっても政府の最高責任者がカラクリを暴露しても良いのかなとは思ってしまいます。発言の真意の底がどこまでによりますが、ある程度底に近いとすれば小泉政治の本性が理解できそうな気がします。小泉政権がずっと抱えている政治課題は財政再建です。財政赤字は半端なものではなく、少々の倹約ではどうしようもないレベルであるのは周知の事です。

財政再建のためには手法は二つで、歳出削減と歳入増加です。このうち歳出削減は容易なものではありません。世界有数の強固な官僚組織が強固なスクラムを組んで死守していますし、財界や利権団体と結びついた族議員もこれに連携します。また歳出削減の影響で不利になった勢力は、選挙で反対勢力にまわり、政権の足許を危うくします。政治家としては歳出削減路線は劇薬のような副作用があります。

一方で歳入増加ですが、景気回復による税収増加がもっとも無難な方法です。過熱しすぎると良くない面もありますが、一般に景気の良い方が政治も社会も安定します。景気上昇により所得増加があり、そこから税金が取られる分にはそれほど非難は出ません。ところが所得増加なしの増税路線を強行すると猛烈な反発が出ます。これは歳出削減路線より広範囲の多数派を敵に回す事になり、政権の命運を直撃します。

そこで考えた路線は、高度の政治力は必要ですが、世論を味方につけて歳出削減路線をまず華々しく演出することです。政治家が何より怖いのは選挙ですから、世論を味方につけた宰相には最終的に逆らえません。小泉路線に反抗した政治家も、いつしか寄らば大樹の陰とばかりに年月とともに小泉路線に擦り寄っているのは一目瞭然です。世論を味方につければ選挙は無敵ですし、党内勢力が擦り寄ってくれば党内基盤は磐石です。この二つの基盤に乗っかって圧勝したのが昨年の総選挙でしょう。

次に歳入増加路線です。増税路線は極力抑制しています。末期になって最後っ屁のように出してきましたが、それまでは「増税なき財政再建」がワンフレーズのスローガンだったと思います。となると景気回復による歳入増加路線をやる必要があります。小泉政権成立当時は平成大不況の真っ只中で、ここから脱却しない事にはどうしようもないと言うところです。そこで用いた戦略が新自由主義政策です。これもかなりの劇薬ですが、ここにきて一定の成果を収めています。必然の副作用として格差社会を起しつつありますが、マクロ的には不況を脱し、歳入の自然増加をもたらしています。

それでもって今後ですが、ついに本丸が出現してきたと言うところです。歳出削減はやった、景気回復による歳入の自然増収もはたした。それでも財政はまだ好転しない。最後の難題である増税です。もっと端的に言うと消費税率アップです。消費税率アップが小泉政権の最初からのテーマであったのか、途中で路線変更があったのかは定かではありませんが、そこに向かっての道の整備は着々と進められています。

最後のマジックは過度の予算削減を断行せよという事のようです。とくに国民が直接「痛み」を感じるところを中心に削減せよと言う事のようです。国民が痛くて耐え切れなくなれば、「増税した分はそこの予算に回す」との理由で世論支持が得られます。ところがいったん増税してしまえば、増税時の約束なんていくらでも反故に出来ますから、為政者にとっては待望の増税による歳入増加を実現する事になります。事実上、増えた分はどこに使おうが自由だからです。

素晴らしい戦略です。手法は感嘆するほど巧妙ですが、なぜか手放しで賛美する気にはなりません。どこに違和感があるかと言われれば、痛みばかりを味あわされて、増税の苦汁まで飲まされるだろう多数派の国民にはほとんどメリットが無いからではないでしょうか。一方でこの一連の政策で美味しい思いをしたのは、諮問会議に出席するクラスの財界人ぐらいだろうとしか思えないからです。財界人とは言え、諮問会議出席レベル以下の財界人では苦い思いしかしないような気がします。

少なくとも今回の小泉首相の発言で、また日本の医療の行く末が一段とはっきりしてきました。医療を崩壊させて焼野原にし、国民が困窮するまで予算削減をするのは、隠す事も無い国策である事が判明したからです。追い詰められた医療者のささやかな抵抗手段である逃散も、政府首脳から見れば心強い協力者であると言う事です。国策と現場が一致する時、これは怖ろしいほどの効果をもって威力を発揮していくのは確実です。この路線を国民が黙って受容する限り、荒廃した未来が約束されています。もうどうしようもないのかと思ってしまいます。