マスコミとスポンサー

現在の政治にもっとも影響力の強いものは何かと考えると、やはり世論でしょう。政治は国会で行なわれ、国会への出席権は国政選挙で決められ、選挙は世論に大きく左右される。単純な図式ですが、国権の最高機関のメンバーである議員は、選挙で生き残るために常に世論の風向きを気にしていると言う事です。これを完全に無視すると無党派層と呼ばれる多数派に選挙で強烈なしっぺ返しを食らいます。

では世論にもっとも強い影響力を持つ機関はどこかといえばマスコミです。新聞、テレビの影響力は甚大です。様々な事件で偏向報道の問題が話題になる事がありますが、今もって信用力は巨大で、マスコミが報道し、論評した事を鵜呑みにして論拠や判断材料にする人間は幾らでもいます。マスコミは信用力を誇るために「公平中立の立場での報道」を繰り返し言明しますが、マスコミがいかなる機関からの影響力を排除しているかと言えば、そんな事はないのも周知の事です。

マスコミは商売です。商売とは売り手と買い手があって成立し、売り手は買い手のお気に入りの商品をそろえる事により商いを行ないます。新聞は購読料を支払います。しかし購読料だけで経営が成り立っていません。テレビに至っては某国営放送や有料チャンネルを除いて受信料さえありません。どこで経営を確立しているかと言えばCM料です。CMを提供してくれるスポンサーの意向が何より尊重されるのは言うまでもありません。つまりマスコミにもっとも影響を及ぼしているのはCMを提供してくれるスポンサーであり、経営の方向はいかにスポンサーが寄り集まってくるコンテンツを提供するかになります。

CMはいかに多くの人に影響を与えるかによって価値が決定します。新聞なら読者の数、テレビなら視聴率がバロメーターになります。とくにテレビは純粋にCM料で経営しているわけですから、視聴率競争にあれだけ血道を上げるのは、すなわちその数字が経営の根幹であるCM料の価値に直結するからです。視聴率が高い番組はCMを見る人が多いのと同義語ですから、広告効果がより高いと判断され、スポンサーも集まりますし、CM料の単価もアップも期待できます。

低俗と呼ばれようが、俗悪と謗られようが、番組の価値は視聴率でまず決定されます。それがすべてと言い切っても良いかと思います。時に低俗番組批判があり、番組がその批判により打ち切られる事がありますが、あれも批判を受けて反省して中止したのではなく、批判により視聴率が低下した、もしくは批判によりスポンサーが社会的イメージを損なうことを恐れ、CMを提供する事を渋ったからの方がより重要なファクターであると考えます。本当に低俗番組制作の愚を悟ったのなら二度と同じ事はしないはずですが、テレビはいったん批判を受けて当該番組を中止しても、しばらくして同工異曲の番組をすぐ量産する事からもわかります。

つまりテレビは、視聴者が喜ぶための番組を作ると称していますが、本音はそうではなく、スポンサーが喜ぶ番組を作っていると言う事です。視聴者が喜ぶ(視聴率が高い)とスポンサーが喜ぶ(CM効果が高い)は同床異夢で共存関係にありますから、見た目上は目的が合致します。しかしテレビが本当に目を向けているのはCM料を払うスポンサーと言うことになります。

ちょっと話がそれかけていますが、日本の政治は国会が動かし、国会の議員は選挙を気にし、選挙は世論の動向によって左右され、その世論はテレビを始めとするマスコミの影響を多大に受ける。さらにそのマスコミはスポンサーの御意向が最も重視される。なにか「風が吹けば桶屋が儲かる」式の展開ですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」よりも現実的な関連性があると思います。

医者はマスコミに長年叩きまくられています。平気そうに思われている方も多いようですが、内心は穏やかでない事は言っておいて良いと思います。医者もそれほどの聖人でも、図太い人間の集団であるわけではありません。そのため仲間内ではマスコミ報道の無理解をボヤキあい、もう少し前向きに考える人間はマスコミ対策をなんとかしなければの声もあります。そういう行動の一つに医療系の番組に出演し、なんとか医者側の正論、真意を伝えようとした者もいます。しかしマスコミ慣れしていない医者の意見など、マスコミにとって赤子の手を捻るようにどうとでも出来ます。善意に燃えて出演した医者の殆どは、失意のみを抱いて帰るケースが大半となります。

そんな中で某巨大掲示板の意見におもしろいものがありました。某巨大掲示板ですから極論や暴論が飛び交う中のものですが、一つの医者側のレジスタンスと言うか意思表明の方法としてなかなか有効な発想だと妙に感心してしまいました。医者は世間的には少数派です。医者の意見は圧倒的多数派である患者側には敵いません。テレビもまた圧倒的多数派の患者側の御意向に沿うような番組を作る事が視聴率アップに直結し、少数派の医者の意向など聞き流しても差し支えないと判断します。

何か言いたい医者ですが、テレビ局に抗議したぐらいでは、たんなる苦情処理として片付けられます。であれば、唯一医者が影響力を行使できるスポンサーに抗議の姿勢を見せようと言うものです。具体的には医者叩き番組のスポンサーになっている企業の不買運動をやろうじゃないかと言う事です。一般企業に行なっても影響力は微小ですが、製薬会社となると巨大な影響力を与える事になります。

日本には数え切れないぐらいの医薬品が流通していますが、ある製薬会社の薬品しか存在せず、代替薬が存在しないものはごく少数派です。そういう医者叩き番組のスポンサーになっている製薬会社の薬品を、処方時に忌避し他のメーカーの薬品に切り替えるぐらいはきわめて容易です。べつにそうする事で患者の治療に影響が出ることはありません。医者も被害を蒙らず、患者への治療にも影響せず、唯一被害が出るのはスポンサーである製薬会社のみとなります。

さらにこの不買運動は医者が団結して行動するわけではなく、個々がゲリラ的に行動するわけですから、対処の方法は極めて難しいと言う特徴があります。子供じみたレジスタンスですが、やり方が安易で、手間がかからず、被害の標的を限定でき、そのうえ他への被害の拡大は皆無に近く、さらには非常に効果的です。世の中には知恵者がいるものだと感心してしまいました。