焼野原2

私だけではなく医療問題に関心の深い医者のブログでは様々な提案がなされています。うちのブログにもコメントを寄せていただいた方も、様々な切り口で問題にアプローチをされている人はいます。問題の現状分析や、それへの対策に鋭い意見や指摘も少なくありません。私もいろいろ読んでみましたが、個人的には行き着くところはほぼ同じような気がします。つまり真剣に現状を突き詰めて考えれば、必然として同じ結論に達すると言う事です。

日本の医療は満点ではありませんし、欠陥もありますが、それでも比較的優秀な体制を構築してきたと考えています。少なくとも日本より無条件に優れている医療体制を構築している国は数少ないと思います。すぐに引き合いに出されるアメリカの医療体制よりは、はるかに優れたものと言えます。

しかし現場は目一杯です。甘えていると言われようが、それぐらいは我慢をしろと高説を垂れられても目一杯です。目一杯をもう超えていると言う方がより正確だと考えます。限界を超えていると言う共通認識の上で、さらに要求されているのは「コストは大幅削減するが内容はもっと充実せよ」であると言う事です。厚生労働省及び政府の方針として、限界を超えているようだから緩和を検討しなければならないと言う思想は、皆無に等しいと言う事です。

政府は医療が気に入らないようです。政府は医療にかけている予算が勿体なくてしかたが無いようです。現在でも世界有数のローコストですが、もっともっとローコストにしたくてしかたが無いようです。政府の御用機関は政府の御意向を受けて一生懸命知恵を絞りました。医療費で政府の予算に影響があるのは保険の公費部分です。これを劇的に減らすモデルを考え出したのです。

皆保険にするから公費部分が増えるのだと。アメリカ式の自費主体の混合診療にすれば公費負担は減るはずだ、公的保険が減った分はこれもアメリカのように民間保険産業に委ねれば、新しい産業は起こるし万々歳じゃないかと。アメリカ式の民間保険を大々的に導入し、一方でイギリス式の医療費削減路線を貫けば公費負担は減って算盤勘定が合うと。医療費削減方針はイギリス式の削減で導入し、それを呼び水として完成目標は金のかけないアメリカ式の民間保険中心医療にしてしまえという方針であると言えます。

ではモデルにしているイギリス式の医療費削減と、アメリカ式の民間保険中心路線がどれほどのものかが問題です。イギリスはサッチャー政権下に医療費を猛烈に削りました。成果として残されたのはイギリス型医療崩壊と呼ばれる医療荒廃です。サッチャー政権以後、この崩壊して荒廃した医療の再建にイギリスは苦しんでいます。崩壊前の水準の医療費を投じても再建は遅々として進まないのが実情です。アメリカ医療は完全に市場原理が医療を覆い尽くしています。非常に単純に言えば「命の沙汰も金次第」の医療です。

私はどう考えてもモデルにしている医療体制を間違っている気がします。導入方法も完成像もです。政府のやり方は間違っていると言う事です。間違っていると考えるのなら、是正するようにしなければなりません。しかし是正しようと思っても個人では出来る範囲は限られます。せいぜいこんなブログで「おかしいぞ、このままでは大変な事になる」と訴え、呼んでくれた方の共鳴理解に勤め、これが世論にまで発展してくれるのを期待するぐらいです。

共鳴理解してくれる人を何人かでも作る事は現実的な部分ですが、これが世論にまで発展するかと言えば不可能です。どうしたら世論が喚起されるか。世論の多数を為す人間が医療で現実に困らなければしかたがありません。水道水のようにあるのが当たり前の医療に現実的に困窮しない限り世論は起こりません。

放っておいても現在のイギリス式医療費削減路線では、医療崩壊の道以外に進む道はありません。崩壊に対して医師が使命感で立ち向かうのは、先の大戦中に南洋の孤島で補給も無く玉砕を繰り返した行為と類似します。つまり無駄な抵抗と言う事です。抵抗して崩壊を遅らす事に大きな意義を見出す事が難しいと言う事です。

医療崩壊が進み焼野原になった頃にようやく世論として「なんとかせい」の声は上がると思います。その時点が国民の選択になると思います。アメリカ型の「命の沙汰は金次第」医療を選ぶのか、従来の日本型医療の再建を目指すのかです。

長い間、この医療危機や医療崩壊の危惧をテーマにブログを続けていましたが、私の中では一つの結論が出たような気がしています。

    医療崩壊は現在の医療政策の必然の結果であり、これを止めうる事は不可能である。医療政策が覆るには医療崩壊が焼野原状態になった時の国民の選択となり、それまでは静観するより手段は無い。
という事です。

これからも医療ネタは随時挟んでいきますが、現在のように医療危機のみに焦点を絞ってのブログはしばらくお休みします。私のブログですからどう書こうが、私の自由ではありますが、熱心にシリーズものとして関心を向けていただいた方もおられるようなので、一応のお断りとさせて頂きます。そんなこと言いながら、ネタが入ると明日からでも再び血道を上げるかもしれませんが・・・。