無理通れば道理が引っ込む

ちょっと出遅れましたが、まずはskyteam様の[審議会]お役所にとって便利な道具?からJapan Medicine Mailの記事を引用します。

財政審「マイナス改定」で合意 <日医の主張は「不適当」> 

 財務省財政制度等審議会西室泰三会長)は5日、次期2008年度診療報酬改定についてマイナス改定を求める方向で合意した。今月中に取りまとめる建議に盛り込む見通し。過去4回の診療報酬改定率の累計であるマイナス0.8%は、1999年度以降の賃金・物価動向の累計であるマイナス4.4%と3.6%の乖離(かいり)があるとして、国民負担を軽減する観点からさらなる効率化を図るべきとの考えで一致した。

 一方、日本医師会が診療報酬本体の5.7%引き上げを求めていることに対し財務省主計局は、財政審に提出した資料の中で、「税や保険料などで約2兆円の国民負担が増す」「医師の給与などを引き上げた上で、医療機関の収支を公立病院も含め一律に黒字化しようとするものであり不適当」と指摘。日医の主張に真っ向から反論した。

記事の内容は日医が診療報酬5.7%引き上げの提案をしたのに対し、財務省主計局が反論資料を出し、この反論を財政制度等審議会が認めたという記事です。この審議が行われたのは、財政制度審議会の中でも財政制度分科会 財政構造改革部会で、11/5の提出資料の56ページに記事が触れた部分が掲載されています。

日本医師会「2008(平成20)年度診療報酬改定に向けて(要望書)」について

(2007年10月30日)

  • 日本医師会は「地域医療を支えるためのコスト」、「国民の安心を守るためのコスト」、「医療の質を確保するためのコスト」という3つの名目で、診療報酬改定+5.7%と主張。


    • 約2兆円の国民負担増(税・保険料等)


    • 医師の給与等を引き上げた上で、医療機関の収支を公立病院も含め一律に黒字化しようとするものであり、不適当。


  • さらに、中長期的には、日本の対GDP総医療費(8.0%)を先進国並み(8.9%)にするため、10%強の医療費増が必要と主張。


    • 約5兆円の国民負担増(税・保険料等)


    • 医療費の対GDP比のみで論議することは不適当。例えば、公的医療費(総医療費のうち税・保険料で賄われている部分)の対GDP比や一般政府支出に占める公的医療費の割合などを考慮すべき。

すごい反論理由で、これがあっさり了承されたのには正直驚きます。日医は二つの要望を出しています。

  1. 短期的に平成20年度改定での診療報酬5.7%引き上げ
  2. 中長期的として10%強の医療費増
これに対し財務省主計局はまず金額で反論しています。
  1. 診療報酬引き上げで約2兆円の国民負担増
  2. 医療費を先進諸国並みに引き上げるのに約5兆円の国民負担増
誰でも負担は増えるのは嫌ですから、増えない方が良いのは間違いありません。2兆円でも5兆円でも増やしてよいかといえば、誰もが反対するでしょう。財務省主計局は2兆円の国民負担増を心配してくれるのは良く分かりました。それでもって反対なのも理解しましょう。そんなに国民の負担増を心配してくれるならば、消費税や所得税増税は金輪際ありえないと判断してよい事になります。まさか失政による国の借金を国民の負担増で解消しようなんて考えるはずも無いからです。

次に診療報酬増加に対するより具体的な理由ですが、

    医師の給与等を引き上げた上で、医療機関の収支を公立病院も含め一律に黒字化しようとするものであり、不適当。
ここには二つの反対理由が書かれています。
  • 医師の給与は引き上げない
  • 公立病院の一律黒字化反対
このうち「医師の給与は引き上げない」は百歩譲って認めるとして、公立病院の一律黒字を認めないとはどういう事でしょうか。公立病院で現在黒字経営のところは1割にも満たないとされています。黒字と言っても公立病院には経営補助金と言う名目の資金補給が行なわれています。経営補助金無しでも黒字の公立病院が一体いくつあるかというレベルです。

さらに公立病院には総務省からキツイお達しである「自治体に求める改革のガイドライン(指針)案」が出されようとしており、これには

    3年以内に黒字化を達成するよう求める
医療収入の大部分が保険診療であり、保険診療の定価が診療報酬です。財務省は定価を下げると断言し、総務省は定価は下がっても3年以内に黒字を達成せよのお達しです。そのうえ財務省は「公立病院の一律黒字化を認めない」どころか、診療報酬が下がると「公立病院の一律赤字化」が実現します。財務省が赤字にした公立病院を、総務省が「能無し」と罵って回るための政策でしょうか。

もう一つの先進諸国並みの医療費にするのに反対の理由ですが、

    医療費の対GDP比のみで論議することは不適当。例えば、公的医療費(総医療費のうち税・保険料で賄われている部分)の対GDP比や一般政府支出に占める公的医療費の割合などを考慮すべき。
ここで財務省が医療費の国際比較として持ち出している物指しは、
  • 公的医療費(総医療費のうち税・保険料で賄われている部分)の対GDP
  • 一般政府支出に占める公的医療費の割合
まず対GDP比ですが、社会実情データ図録に2005年のデータがまとめられています。これはHealth Data 2007, Data last updated: June 22, 2007から採られたもので、この中で公的医療費の対GDP比を医療費の対GDP比とともに抜粋すれば、、

国名 公的医療費対GDP 医療費対GDP
フランス 8.9 11.1
ドイツ 8.2 10.7
アイスランド 7.8 9.5
オーストリア 7.7 10.2
デンマーク 7.7 9.1
スウェーデン 7.7 9.1
ノルウェー 7.6 9.1
ルクセンブルク 7.5 8.3
ベルギー 7.4 10.3
ポルトガル 7.4 10.2
イギリス 7.2 8.3
ニュージーランド 7.0 9.0
アメリ 6.9 15.3
スイス 6.9 11.6
カナダ 6.9 9.8
イタリア 6.8 8.9
日本 6.5 8.0
オーストラリア 6.4 9.5
チェコ 6.4 7.2
スペイン 5.9 8.2
アイルランド 5.9 7.5
フィンランド 5.8 7.5
ハンガリー 5.7 8.1
トルコ 5.4 7.6
スロバキア 5.3 7.1
ギリシャ 4.3 10.1
ポーランド 4.3 6.2
韓国 3.2 6.0
メキシコ 2.9 6.4
オランダ 不明 9.2


日本はOECD30カ国中17位となっており、公的医療費のGDP比の6.5%はほぼ平均です。しかし日本のデータは2004年のデータとなっており、日本では2006年に診療報酬大幅削減が行われ、2002年度から毎年2200億円の医療費削減も行なわれています。そうなれば削減前の2004年のデータでは30か国中17位ですが、2006年度の実数値は、オーストラリアとチェコに抜かれて19位に落ち、GDP比率も平均以下に落ち込んでいると考えるのが妥当です。。

それともう一つの指標である「一般政府支出に占める公的医療費の割合」ですが、財務省はどこの国と較べての話を持ち出しているのでしょうか。「一般政府支出」とは政府予算のうちで「一般会計」部分の事をさします。ここはおおよそで80兆円程度の規模となっていますが、日本では悪名高い「特別会計」なるものが存在します。驚くべく事にこの額は正確な数字さえ判明せず、250兆円から400兆円に昇るとされます。さらに特別会計は国会審議にさえかけられません。

こんな特殊な予算体系は日本独自のものであり、とても諸外国との比較に使える代物ではありません。もちろん国家予算の仕組みは国ごとにより特色があり、表向きの額では比較できないのでOECDも対GDP比という指標を使っているわけです。単純に解釈すれば、国家はGDP比に基づいた予算規模を組んでいるはずであり、おおよそ国家予算に対する医療費の割合が推定できるとしていると考えます。国家予算を国家体力と置き換えた方がより相応しいかもしれません。

つまり医療費の対GDP費とは国全体の医療に対する金のかけ方であり、公的医療費の対GDP比とは政府がどれだけ社会保障として医療に対して金をかけているの指標です。OECD30か国中、医療費の対GDP比は22位、公的医療費の対GDP比は17位。さらに日本のデータは2004年度分であり、さらにこれは低下しています。まとめると、

  • 国民負担増を問題視するが、医療負担増だけ問題視する論法は不適当。
  • 公立病院の一律黒字化を問題視するのは不適当であり、さらに赤字を促進する政策を是とするのは矛盾。
  • 財務省が医療費の指標としてあげた3つの物指しだが、


    1. 医療費に対するGDP比はOECD平均を下回る。
    2. 公的医療費に対するGDP比もOECD平均を下回っているのは確実。
    3. 国家予算全体の1/3以下しか反映していない一般会計での医療費比率で論じるのは不適当。一般会計の数倍の規模を持つ特別会計も含めた額で論議するのが妥当。
また医療費を削減してもそれを吸収する余力が日本の医療にあれば良いですが、そう思ってられる方は幸せです。医療危機なんて言葉を越えて、医療崩壊がカウントダウンされつつあるのが今の現状です。医療崩壊を防ぐ手立ては一筋縄ではいきませんが、基本は医療費増額です。医療費がとにもかくにも増えない事にはいかなる手立ても講じようがありません。少なくとも「医療費を減らしながら、質の確保」みたいなお題目ではどうしようもありません。竹やりでB29を落とすぐらい空虚な言葉です。

この財務省主計局の反論を諸手を挙げて受け入れたメンバーを出しておきます。全部出したいのですが、委員、臨時委員、専門委員とあわせると50名にも及びますので、委員の名前だけをここで示します。後は名簿で御確認ください。

名前 肩書き 職業
板垣 信幸 日本放送協会解説主幹 テレビ屋
井堀 利宏 国立大学法人東京大学大学院経済学研究科教授 御用学者
岩崎 慶市 (株)産業経済新聞社論説副委員長 新聞屋
勝俣 恒久 東京電力(株)取締役社長 電力屋
幸田 真音 作家 売文業
河野 栄子 (株)リクルート特別顧問 口入屋
残間 里江子 プロデューサー、(株)クリエイティブ・シニア代表取締役社長 テレビ屋
柴田 昌治 日本ガイシ(株)代表取締役会長 電気部品屋
高木 剛 日本労働組合総連合会会長 組合員
竹中 ナミ (社福)プロップ・ステーション理事長 福祉屋
田近 栄治 国立大学法人一橋大学大学院国際・公共政策大学院教授 御用学者
田中 直毅 経済評論家 御用学者
玉置 和宏 (株)毎日新聞社特別顧問(論説担当) 新聞屋
寺田  千代乃 アートコーポレーション(株)代表取締役社長 引越し屋
富田 俊基 中央大学法学部教授 御用学者
中林  美恵子 跡見学園女子大学マネジメント学部准教授 御用学者
西室 泰三 (株)東京証券取引所グループ取締役会長兼代表執行役 株屋の元締め
石橋 明佳 (株)ファイトレードコーポレーション代表取締役社長 相場指南屋
岩田 一政 日本銀行副総裁 金貸しの元締め
小野 邦久 (独)都市再生機構理事長 天下り役人
片山  善博 慶應義塾大学大学院法学研究科教授 御用学者
榧野  信治 (株)読売新聞東京本社論説委員 新聞屋
北城 恪太郎 日本アイ・ビー・エム(株)最高顧問 パソコン屋
島田 晴雄 市町村職員中央研修所学長 天下り役人
田中 弥生 (独)大学評価・学位授与機構評価研究部准教授 天下り役人
糠谷 真平 (独)国民生活センター顧問 天下り役人
長谷川 幸洋 東京新聞中日新聞論説委員 新聞屋