医療ミス

2/19の記事で出産時の癒着胎盤の処置を誤って死亡させたとして福島県の産科医が逮捕されています。記事内容だけならこの医師は癒着胎盤の経験も無く、医師の技量不足、経験不足、判断ミスがこの事故を起したかのように印象付けられます。漠然と私もそんな印象を持ってしまったことは否定しません。医者とはいえ自分の専門領域以外の事は通り一遍の知識しかありませんので。

ところがたまたま見つけた産科医のブログを読むとそうでもないようなんです。筆者はかなりのベテラン産科医らしいのですが、癒着胎盤は発生頻度が低い疾患で、なおかつ出産前には事前診断をするのが極めて難しい、きわめて難しいと言うより無理だとの事です。わかるのは癒着した胎盤を剥離している時に大出血を起した時で、大出血が起これば分単位の時間で大量輸血と麻酔科医、複数の産婦人科医による子宮全摘手術を行う必要があるとの事です。

事件が起こったのは県立病院とはいえ一人しか産婦人科医がいない病院。県立病院とはいえ大規模な病院だとか救急救命センターがあるようなところならともかく、中規模以下の普通の病院ならストックの輸血なんかはありません。産婦人科医も他の病院から応援を頼むにもどんなに急いでも30分以上は最低かかり間に合いません。血液の発注配送も同様です。麻酔科医がどうであったかは不明ですが、どこの病院でも余るほど麻酔科医がいるところはなく、他の手術に従事して手が離せなかったと考えるのが妥当です。

予期できず、発生すれば瞬時のうちに対応しないと死につながる病気を、人手も設備も不足している病院で救命できなかった事で罪人として逮捕されるのは不当であるとの事です。遺族の方にはご同情申し上げますが、医療関係者として「医学の限界」であると私も思います。仮定として出産が設備も人員も万全に整った病院であったならば救命できたかもしれません。しかし産科医も小児科医同様、少子化の流れの中でどこでも縮小消滅している診療科ですから、そんな万全の病院がどれほどあるかと言われれば数えるほどかと思います。本当に亡くなった患者さんは運が悪かったとしか言い様がありません。

私も小児科医ですから新生児医療に従事した事はあります。私が臨床経験を積んだ病院は伝統的に新生児医療を重視する姿勢があり、ごく当然のように私も出動しました。感想は正直怖かったです。小児科医が立会い分娩するような出生は癒着胎盤のようなものとは違いますが、未熟児や早産児、その他のリスクが出産前に予想されるものでしたから、相当な重圧が常にあったことだけは記憶しています。

それでも小児科医は出産前にリスクを両親に説明された上で治療に取り掛かるので、「うまく」いけば感謝されますし、不十分な結果であってもある程度「しかたがない」と受け取ってくれます。超未熟児なんか姿を見るだけで説得力がありますからね。また出産後、子供の具合が悪いとの事で入院される患者もいます。いろんな事情があるにせよ、小児科医は悪い状態から患者を預かっているのですから、結果として望ましいものが得られなかったとしてもそれなりに最低限の納得はしてもらえることが多いです。

ところが産科医の立場はきわめて難しいものがあるとはよそ目でも感じていました。未熟児や早産児ならともかく、癒着胎盤のように突発事態が起これば、分娩前はピンピン元気であったのが一瞬にして死亡してしまいます。遺族の嘆きや怒りは産科医が一身に引き受ける事になります。突然の「死」というあまりにも重い事柄ですから、極度に感情的になるのもしかたがないでしょうし、直情的に「医療ミスだ、事前に聞いていない」と荒れ狂う姿も想像が容易です。

荒れ狂う遺族の感情を受け止めるのはある程度どうしようもありませんが、法律的に罪があるかどうかは別物のはずです。ところが最近の風潮として遺族の感情に沿ったとしか思えない判決が相次いでいます。これは産科医だけではないかもしれませんが、とくに産科医にはあまりに厳しすぎるものがあるように感じます。先のブログでも現役産科医の意見が多数寄せられており、この程度の案件で産科医が罪に問われるのならもう産科医療は出来ないとの声が噴出しています。ようするに自分のところで同じ事が起こったのなら自分の罪人となるとの危惧です。

具体的な改善方法がいくつかあるようでしたが、ここまで訴訟リスクが高くなっているのなら、産科医はもちろんのこと、麻酔科医も小児科医も結集した大規模な周産期センターを設立運用する以外には手段が無いという意見です。そこでは出産に伴うあらゆるリスクを徹底的に説明し同意を得、万全の体制で医療に当たり、それでも救命不可能であれば訴訟リスクはかなり軽減されるのではないかと言う事です。

正論ですが印象として極北の意見のように感じてしまいます。それだけ産科医も追い詰められていると言う事です。でも現実的にこれ以外の解決法が無いのなら、遠からぬ将来に出産できる病院は県内に数ヶ所と言う事態が来ても不思議は無いと思います。

それにしてもあまりにも殺伐な話で私もゾッとしております。