いちかばちか

昨日は日曜日で1日ブログをお休みさせて頂きました。日曜でも書く日は書くのですが、数え切れないぐらいのコメントやTBがあり、それぞれには貴重な意見があり、次に何を書こうか重圧で筆が進まなかったのも本音です。皆様の意見を読み返したり、私の考えをまとめるのに少し時間が必要だった事をご了解ください。

まずお断りしておかなければならないのは、このブログで論じている事は私が集めた情報の範囲で、私の知識と経験で「こう考える」事です。事件の真相はまだ闇の中で、真相ではないかと考えた情報も、現時点では信憑性がありそうと私が感じた、あくまでも私見です。決してこのブログで断定しようとしているのではない事を御了解ください。

今日のテーマは10/21に奈良事件で警察が動いていると指摘した二つの焦点のうち、「搬送を断った病院の違法性」についてもう一度考えようと思います。ここはブログですので、私が既に論じた事はある程度了解事項としていつもは書きますが、初めて訪れる方が急増しているようなので、今日は出来るだけ既に書いた関連事項も拾い上げながらにさせて頂きます。

まず今年になり大事件が勃発しています。今年2月に起こった福島の大野病院における産婦人科逮捕事件です(ここでは福島事件とします)。少なくともネットを見る医者なら基礎知識程度の常識ですが、簡単に説明しておきます。

    福島事件

      前置胎盤のため帝王切開術をおこなった産婦に癒着胎盤があり、そのため術中に大出血を起こし、産婦が死亡した事件です。癒着胎盤は術前の予測はほぼ不可能であり、なおかつ発生頻度は非常に低いものです。発見されるのは分娩後、胎盤を剥離するときに初めて分かるとされ、出血が始まると即座に大量出血となります。この事件でも出血量は20リットルと記録されています。

      救命のためには大量の輸血と十分なマンパワーが必要であり、その条件があったとしても必ずしも救命できるものではありません。福島事件では勤務する産科医は一人であり、輸血も術前に通常の帝王切開術に必要な5単位(約1ℓ)は準備していましたが、到底足りず、さらに緊急で血液を発注しましたが、僻地でもあり75分を要しています。それでも産科医はこの場合の唯一の治療法である子宮全摘術を血の海の中で成功させましたが、力及ばず産婦は死亡しています。

      ところがこの産科医は業務上過失致死で逮捕起訴されています。この事件に産科医だけではなく、すべての診療科の医師が不当であると大きな声を上げました。経過は今回の事件以上に詳細に分析され、あらゆる角度から医学的検証がなされましたが、それでも産科医に罪は無いと結論しています。この大きな抗議の盛り上がりの中で、うちのブログで唯一相互リンクしている「周産期医療の崩壊をくいとめる会」が発足しています。
非常に簡単ですが、福島事件の概要でした。この事件を担当した福島地検は逮捕後起訴に当たり、
    「経験も無いのに、いちかばちかでやってもらっては困る」
発言の言辞は正確ではありませんが、そういう趣旨の発言を行なっています。医療関係者には有名な「いちかばちか」発言です。この発言が意味するものは非常に重大です。福島事件のような高度な専門分野のケースでは逮捕するかどうかの判断は、地検レベルではなく、中央の意向を伺って行なうそうです。つまり日本の検察の今後の捜査方針をそうすると宣言したと同じ意味に受け取れます。これについては福島地検独走説が一部に囁かれていますが、これこそ真相は闇の中です。

医療関係者はこの発言に猛反発しましたが、一方でこの発言を非常に深刻に受け止めています。医療なんて「いちかばちか」の部分が多分に含まれる仕事です。とくに重症になるほどこの比重が強くなります。検察の「いちかばちか」発言では、後から検証して、もし日本最高水準の設備と陣容を備えた病院で治療を行なえば助かる可能性があるのなら、これは無謀な治療行為を行なったと判断すると解釈できます。実際にそう解釈し実践する医療機関がこの発言の後、急増しています。

広い意味では医者の自主規制ですが、罰則が逮捕起訴となれば従うのが当然です。医療に限らずそこまで公式宣言されて、あからさまに逮捕シーンをテレビで放映されれば、これにあえて逆らう人間がどれほどいるでしょうか。反発の声を上げながらも、内心縮みあがった医者は私だけではないと思います。

他にも数多い訴訟例がありますが、象徴的なこの事件から、今回の奈良事件に当てはめると非常に分かりやすいかと思います。まず子癇発作というだけで極めて重症です。子癇発作に伴う脳出血も考慮の中に入れなければならない状態です。もちろん生まれてくる子供も出来たら助けたいし、これにも万全の備えが必要です。極めてハードルが高いケースです。

搬送以来を受け入れ不能と断った病院は19にもなるそうですが、19の病院がすべて上記に条件に適合する病院ではありません。最初の数箇所が断られた後、NICUがなくともICUだけでもあれば良いと条件を落として探したとされています。しかし考えてみれば、NICUが無ければ生まれた子供に異常があったときに十分な対応が取れません。結果として子供は出産後、大きなトラブルは無かったそうですが、この状態で子供にトラブルが無い事を期待するのはまさしく「いちかばちか」です。生まれた後に異常があればNICUに搬送と言っても、そのような危険性が蓋然性として非常に高く、「いちかばちか」の行為と考えられます。

それでも奈良県警は搬送を断った病院を捜査するとの報道がなされています。ここでICUNICU、産科医、小児科医、脳外科医、その他スタッフが万全であっても、誰かが「経験がないので、いちかばちかになる」と考えれば、これは福島の事件を考えても検察がそれを行なうことを逮捕起訴の実績を示して禁止している事です。とくに脳外科医はこういうケースに習熟している医師は極めて少ないと考えます。

それでも頭数がそろっていたから不法行為であるというのなら、もうどうしようもありません。「いちかばちか」をやって結果が不幸な転帰であれば逮捕起訴、「いちかばちか」の行為になるからこれを断れば不法行為。医者が助かる道はそれでも「いちかばちか」の橋を渡り、それを引退するまで落ちずに渡り続ける事です。それ以外はすべて罪に問われるという事です。

医者は一般の方々が考えられるより訴訟に敏感です。訴訟で負けることはもう論外ですし、訴訟になる事自体を避けたいと常に念じています。これは医者以外の職業の方でもそうではないかいと思います。医療もかつては真摯に患者の事を考え、それに持てる能力のすべてを尽くせば訴訟などありえない世界でした。ところが福島事件のように全力を尽くしても逮捕起訴され、奈良事件のように検察の言葉に忠実に従っても不法行為を捜査されるのであれば、「ではどうすれば」と問いたくなります。

正直なところ奈良事件では「捜査をする」という報道だけで医療界は大変な動揺を見せています。これが立件起訴されれば、果たしてその後も救急医療を敢えて行なう医療機関がどれほど残るか非常に心配しております。福島事件での検察の「いちかばちか」発言の影響は、奈良事件でさらに複雑な様相を見せて、医療の危機を増幅させていると感じるのは私だけでしょうか。