バイクも恋も若葉マーク(第9話)塩コショウ君

 炊事と言えば、レミ先輩の話があったな。サークルの先輩だけど、彼氏がいたんだよ。レミ先輩ならいたって何の不思議もないのだけど、

「ホントにあんな男がいるんだねぇ」

 いるのだけは間違いないな。付き合いが深まって彼氏の家で手料理を振舞うって話になったらしい。そうなること自体はわかるよ。

「年齢イコール彼氏無しがエラそうに」

 ミルだってそうだろうが。けどさぁ、他人の家の台所って使いにくいのよね。どんな鍋やフライパンなのかもわかんないし、そもそも調理道具がどこに置いてあるのかもわからないじゃない。

「料理って、これがないと作れないとか、すっごく作りにくいってあるものね」

 料理上手な人ならあるものでかなりカバーしちゃうらしいけど、それだって限界があるだろ。レミ先輩もその辺のアウェー感の心配はあったみたいだけど、

「自炊してるのをかなり自慢してたらしい」

 自炊してるなら、それなりのものがあるはずぐらいで彼氏の下宿に臨んだらしい。それでも初めての手料理だから、とにかく無難なメニューにすることにして、スーパーで食材を買い込んで彼氏の下宿に行ったんだって。

「見るからに男の一人暮らしの部屋だったらしいね」

 らしい。とは言え、そんな事よりどうやって作るかでレミ先輩は頭がいっぱいだったって言ってた。料理って個性が出るから、あると思ってたものがなかったりするものね。部屋に迎え入れた彼氏は、

『冷蔵庫とかにあるものも自由に使って良いよ』

 これは場合によっては、もう一品ぐらい作れって意味だとレミ先輩は思ったんだって。それぐらいの自炊自慢をしまくってたみたいだけど、冷蔵庫を開けてみれば、

「缶ビールと酒のツマミの缶詰しかなかったんだって」

 その時点でレミ先輩の警戒警報が鳴り出したぐらいかな。冷蔵庫には食品も入れるけど調味料も入れるじゃない。

「マヨネーズもケチャップも無かったんだよね」

 つうか、他にもありそうな醤油とかソースとか、マーガリンとか、辛子とか、ワサビとかの類もゼロ。とにかく入っているのは缶ビールと缶詰だけ。冷凍庫の方を開けてみると、そっちには電子レンジ対応の冷凍食品だけ。

「レミ先輩は優しいね」

 その時点で帰っても良かったと思うけど、愛してる彼氏だから気を取り直して作ろうとしたみたい。だけど調味料が見当たらない。だから、どこにあるかを聞いたんだよ。

「それって衝撃を越えて笑撃だぞ」

 テレビの前にテーブルがあったらしいけど、その上も乱雑にモノが置かれまくってたらしい。彼氏はなぜかそこをゴソゴソと探し回り、やっと見つけたって感じで塩コショウをレミ先輩に渡したんだって。それで言い放ったのが、

『さあ、お手並み拝見だ。あるものでなんとかするのが料理上手だ』

 あのね、塩コショウだけでどうしろって言うんだよ。サラダ油さえなかったみたいで、

「野菜炒めすら出来ないよ」

 彼氏は下宿で食事もしていたのはウソじゃないけど、すべてレンジ食品だったみたいなんだ。

「宅配ピザとかウーバーイーツもあったと思うけど」

 要するに出来合いばっかりだ。自炊のための調理と言ってもレンチンが関の山。レンチンとか出来合いを使ったらいけないとは言わないし、カノンだって使ってるけど、

「レンチンばっかりは極端すぎるよ。それより何より、そんな自炊を自慢するって神経がわかんないし、そんな状態で彼女に手料理を作らせようとするのも意味不明」

 サバイバルキャンプじゃないものね。こんな何にも無い状態で料理なんか作れないって文句を言ったら大喧嘩になり、レミ先輩は買い込んできた食材を抱えて帰ったそうなんだ。そしたら、

『腹減った、帰って来てメシを作れ』
『レミの料理の腕を見てやると言ってるんだ』

 こんな感じのメッセージがどっさり舞い込み、愛情が急転直下に醒めきったレミ先輩は別れたそう。

「そんなアッサリした話じゃないよ」

 女と男が付き合ってこじれたらああなるのかとウンザリしたけど、レミ先輩は別れるって宣言してるのに、

『オレは認めてへん』

 恋人関係から別れるのに双方の合意なんかいるはずないだろうが。とにかく執拗だったのは聞いた。なんとか別れた事にしたのはしたけど、今度はレミ先輩が料理下手でどうしようもない女の悪口をしまくったのよね。

「小さい男だ」

 彼氏じゃなくなった元カレは、レミ先輩の共通の友人にも悪口を吹き込んだのだけど、

「袋叩きにされた」

 レミ先輩から話を聞いてたから、

『塩コショウだけで何を作れって言うのよ』
『何がお手並み拝見や。プロでもサジ投げるわ』
『料理は魔法やないで。お前のとこの冷蔵庫は呪文を唱えたらなんでも湧いて来るんか』

 それこそフルボッコにされたんだとか。それでも自分の母親ならなんとかしたはずって頑張りまくり、最後は家で母親に同意を求めたそうだけど、

『じゃあ、塩コショウだけで今夜の食事を作って見ろ』

 こう言われて立ち往生。ボロカスに怒られたとか。それからの彼の呼び名は塩コショウ君とかレンチン君になったって話だ。だいたいだよ、彼女を下宿に招き入れて手料理を作ってもらいたいなら、それが出来るだけの準備を整えろよな。


 そうだそうだ、これと似た話がネット漫画にあったよね。ストーリー的にはほぼ同じだったはず。でも微妙に違うところはあるぞ。

「味ぽん君だろ」

 そのネット漫画の彼氏の下宿には、塩コショウと味ぽんしかなかったそうだけど、味ぽんってなんであったんだろ。

「鍋料理はしたんじゃないかな」

 いやいや、鍋料理なら昆布だしを取るだろ。そこは、ほんだしでも代用できるかもしれないけど、ほんだしなんてそのレベルの男が置いてるとは思えないよ。

「たしかに。他ならおろし焼肉とか、焼き魚に使ったりはあるけど」

 大根おろしなんて用意するかな。チューブ入りのもあるけど、そもそも焼き魚なんてするとは思えないよ。それより、これじゃあTKGすら作れないじゃない。

「それもそうよね。TKGなら素直に醤油かTKG用のダシ醤油を買うよ。味ぽんだけあって、醤油が無いのは不思議だ」

 味ぽんをどれだけ料理に使うかは、それこそ家によって違うだろうけど、常備調味料として二つに絞ったのが塩コショウと味ぽんだけなのは不思議すぎる。だってさぁ、味ぽんが無くても変とはいえないだろ。

「味ぽんの類だって普通はあると思うけど、優先順位としては醤油の下だろ」

 そう思う。

「なんでも味ぽん男だったんじゃないかな」

 げっ、でもその線は無いとは言えないな。そう言う人はいると言えばいるのよね。たとえばマヨラーだ。キチガイじみたマヨラーは、あらゆる料理にこれでもかのマヨネーズかけるって言うもの。

「だったらTKGにも味ぽんだったとか」

 げげっ、味ぽんTGKってこの世にあるのかよ。

「あるのはあるらしいよ」

 味ぽんメーカーのHPに出てるのか。へぇ、これはこれで美味しいらしいけど、まさか醤油の代用をすべて味ぽんでしてたとか。

「つうかさ、そもそも味ぽんと醤油の違いすら知らないとか」

 げげげっ、いくらなんでもだろ。見た目の色は似てるけど、味が違うじゃないの。そうなると味ぽんキチガイだったのかな。

「だから味ぽん君だったんじゃないの」

 調味料が塩コショウと味ぽんだけで済む男ってことか。でもそれってさ、もし一緒になったらその味ぽんワールド付き合わないといけないんだろ。

「味の偏食みたいなものだけど、そういうタイプの人って、それが絶対って信じ込んでるって言うじゃない」

 マヨラーがそうだって言うものね。人によって好みの味付けは違うと言え、塩コショウと味ぽんだけの世界はご遠慮したいよ。