ツーリング日和30(第30話)大野城

 翌朝は朝食を頂いてから大野城に。宿から歩いて行ったよ。一番近い南登り口からだったけど、えっちら、えっちら三十分足らずで天守閣のある本丸に。越前大野の象徴みたいなところだけど、

「時代やな」

 昭和四十年代に建てられたそうだけど、復元ではなく想像と言うか、はっきり言って適当みたいなんだ。現在のものは三重の大天守と二重の小天守のスタイルだけど、昔の絵図には二階建ての三つの建物が複合しているものになってるんだよ。これって、

「天守閣つうより、山上の御殿にも見えるな」

 格好は今の方がいかにもお城っぽいけど復元するなら、

「今みたいにウルサイ時代やなかったからな」

 その頃には想像とかでこの手の模擬天守がよく作られていたそう。オリジナルの方は安永四年っていつだ。

「暴れん坊将軍の吉宗の孫の家治の時代で、田沼意次が活躍していた頃や」

 賄賂の元締めみたいな人が活躍していた頃か。この頃に焼失して再建されなかったそう。

「わからんけど、天守だけやのうて本丸もあんまり再建されへんかったんちゃうか」

 山の上の本丸だから登り下りが大変で、殿様の屋敷とかは麓の二の丸や三の丸にシフトして、本丸には保全係みたいな人だけが通ってたのかも。というのも、今の本丸には幾つかの登城ルートがあるし、千草たちが使った南登り口にも搦手門跡があったけど、

「江戸時代には百閒坂しか使わなかったみたいやんか」

 城から下りて来て七間通りに。これはお城の大手門に続いていたメインストリートみたいなものだったらしくて、当時からこの道幅だったとか。昔からのいかにも由緒のありそうな店とか家とか並んでるところかな。朝市もやってるみたい。

 湧き水が豊富なのはホントで、湧き水の噴き出し口みたいなところが目に付いた。これなら井戸はいらないかも。歩いて行くと寺町通りとクロスするのだけど、寺町通りまでが旧城下町なんだそう。

 宿の方に戻り、かつては殿様専用だった湧き水の御清水を見学して大野観光は終了。良い街だと思うけど見どころとなるとこれぐらいかな。大野城見ながら思ったのだけど、千草たちの故郷もあの頃に模擬でも天守閣を作れば良かったのにな。

「おいおい、どこに建てるんや」

 そんなもの上の丸公園しかないでしょ。あそこに天守台もあるし、お稲荷さんのところに在りし日の天守閣の奉納額もあるじゃないの。

「あそこも、よう遊びに行ったな」

 お稲荷さんの裏のところで隠れん坊とか鬼ごっこやったものね。

「公園の真ん中のとこも・・・」

 あれなんだったのかな。でっかい扉があるコンクリートの建物があったけど、あの扉の中って何が入ってたの。

「あれは招魂碑らしくて、大戦の戦没者のために作られたって話や。あの中には名簿みたいなものがあるんとちゃうかな」

 そうだったんだ。立派な割には誰も関心がなかったよね。あの辺を整理してさ、

「まあ、やらんやろ。それでも保育所とか、児童館が撤去されてもたから、そこになんか作るかもしれん」

 大野城の模擬天守だけど、あれもそのうち見られないようになるかもって。かなり古い施設だから耐震問題とかもあって、そのうち建て替えが必要になるだろうけど、次に作るとなれば実物に近いものが必要になるのか。名古屋城もそれで揉めてたよね。

「名古屋城は設計図みたいなもんがあるからそれでも技術的に可能やが、大野城になったら、あの絵図一枚やんか」

 あれを作るかって話になるのか。じゃあ、故郷の天守閣は、

「あの頃に天守閣なんかあるかいな。お稲荷さんの額はたぶん岐阜城ぐらいを参考にしたもんや」

 保育所の辺りに本丸御殿があったとはされてるけど、それがどんな建物だったかになると皆目不明だよね。そう考えると、せいぜい芝生公園ぐらいだな。それぐらいしか観光客なんか来ないものね。


 大野市内を抜けて国道一五八号だ。目障りなのが横を通ってるけど、中部縦貫自動車道だってさ。便利になるのは良い事だけどモンキーに無縁なのが何とも過ぎる。

「そう言うな。お蔭で下道が空くやんか」

 そうでも考えないとやってられないよね。道は九頭竜川に沿って山に入って行くのだけど、まずまずの快走路として良いのじゃないかな。とは言え登ってく。山に向かってるからそうなるのは当たり前か。

 恐竜のモニュメントが見えた道の駅を過ぎたら湖が見えて来た。わっかってるな、わかってるよね。ここで余計な事を言ったらダムに突き落としてやる。これが九頭龍湖なんだ。綺麗な湖だ。

 バイクもそこそこ走ってるから、この辺のツーリングスポットなんだろうな。この道で、この景色でバイク乗りが集まって来なかったらウソだろ。あそこに吊り橋があるけど、

「夢のかけ橋やそうや」

 明石にも架かってるぞ。こういう道はモンキーの心臓も張り切ってる。気持ちの良い九頭龍湖畔の道が終わったけど、あれは不吉な標識だ。この先の道をモンキー様が通れないだと。トンネルを潜ったところで、

「左に入るからな」

 なんだよこれ。青地にいつの時代のクルマだって標識は自動車専用道ぐらいは知ってるけど、素直に走れば直線だろう。

「中部縦貫道路の一部やそうやねん。オレらはこっちの旧国道。油坂峠越えや」

 これは登るし、結構なワインディングもあるぞ。なるほど、ここが難所だからトンネルを掘ったのだろうけど、それなのに非力なモンキーが峠越えさせられるのはどっかおかしいのじゃないのか。

「遠阪トンネルみたいなもんやろ」

 新戸倉トンネルを見習えよな。新神戸トンネルだってモンキーは走れるのだぞ。なんとか油坂峠を下りて来たらループ橋があって、下りたところにあった道の駅しろとりで休憩。たしかここはカブの女がソフトクリームを食べたところ。

「ちゃうちゃう。それはもうひと南にある古今伝授の里やまとや」

 それは残念。