千草はフルタイムで働いてる。今日も仕事が終わって家に帰ると、
「お帰り。風呂沸いとるで」
部屋はピカピカに掃除されていて、洗濯もバッチリ。お風呂に入って疲れを癒して出て来ると下着とパジャマがちゃんと用意してある。リビングに戻ると、
「今日のは自信作や」
最近は和食にもレパートリーを広げてるだけじゃなく、千草のためにヘルシーメニューをあれこれ考えてくれてる。どれどれ、うん、これはなかなか行けるよ。
「合格か」
もちろんだ。食事が終わるとコータローは後片付けをしてお風呂に。パジャマに着替えたコータローと、
「カンパ~イ」
食事中も飲むのだけど、もう少し飲みたいじゃない。ここから千草が好きな夫婦のまったりタイムが始まるんだ。お互いの仕事の事とか、今日あった事なんかが多いかな。
「あれどうなってん」
千草の上司の課長なんだけど、歳は同じなんだ。そんな歳で課長だから仕事も良く出来るのだけど、バリバリのキャリアウーマンと言うより少々地味なタイプかな。そんな課長に池田君がアタックをかけたんだ。
「その池田君って年下なんやろ」
五つぐらい下だったはず。どうして地味課長なんかが良いのかって陰口叩いてたのは多かったな。でもね、池田君はそんな陰口にもビクとしなかったし、そういう陰口から地味課長を守ってたんだ。見てたらわかるのだけど、池田君は本気も本気だった。
「聞いてるだけでエエ男やってわかるで」
二人の交際は誰もが認めてたし、このまま結婚になりそうって千草も感じてた。そこに新入社員の権田が現れる事になる。新入社員と言っても中途採用で、池田君より二つぐらい上だったかな。
この権田なんだけどジャニーズ系みたいな甘いマスクのイケメンだったのよ。だから入社した途端に女子社員の注目の的になったもの。まあ、そうなるのもわかる。権田はイケメンなだけじゃなく、ファッションも決まってたしコミュ力も高いもの。
それからしばらく経ってからだけど、地味課長と池田君が別れたって話が出てきた驚いた。女と男の仲だから別れる事もあるだろうけど、池田君の熱意も知ってたから、まさかって感じだったもの。
「同じ部署の社内恋愛で、そんなんしたら気まずいんちゃうんか」
そうなった。地味課長は平気そうだったけど、池田君はかなり辛そうで同情したもの。もっとも地味課長にも振られた男って陰口叩くのもいたよ。
「地味課長の新しい彼氏がわかってんやろ」
そうなのよ。こっちの方がもっとビックリした。だってだよ権田だったんだよ。
「そういうのって寝盗られって言うんちゃうの」
そう言ってたのも多かったな。というか、実際もそうだって噂だった。地味課長は権田に口説き落とされて乗り換えたらしい。そりゃ池田君から権田に乗り換えた気持ちはわからなくもない。女だってイケメンには魅かれるもの。
「ここで地味課長は実は超絶美人なんて展開に」
ならなかったよ。地味課長は千草クラスのブサイクではないけど、そうだな、眼鏡を外すと人並程度ぐらいかな。ブスじゃないけど、あれだけ地味キャラで仕事が命タイプなら、男に縁が無かったのも妙に納得してしまうぐらいかな。
「それってやが・・・」
あると思うんだ。地味課長だって女だから男が欲しかったはずなんだ。でもさぁ、仕事に熱中し過ぎたのと、あのキャラだから縁が無くこの歳まで来てしまったぐらいかな。だからもう開き直って仕事に生きる女にしようと思ってたぐらいのはず。
そこに池田君がアタックをかけてきた。池田君もよく地味課長を口説き落としたと感心するけど、口説き落とされる時に恋に目覚めてしまったんだろうな。
「恋と言うより女に目覚めたってやつちゃうか」
そんな感じかな。ここだって恋に目覚めただけなら池田君と幸せになれば、それはそれでハッピーエンドだったのだけど、女にも目覚めてしまったからアタックしてきた権田に心の天秤が傾いてしまったぐらいだと思う。
「そんなに池田君ってブサ男やったんか」
そんな事ないよ。権田君がイケメン過ぎるから見劣りするのは認めるけど、マメタンなんかより遥かに良い男だ。
「昔のオレを引き合いに出すな」
だって、わかりやすいじゃない。マメタンはともかく、誠実だし、派手さはないけど愛した女を守り抜くタイプだと思う。だから地味課長にはお似合いと思ったのだけどな。
「出来ちゃった婚をしたんまでは聞いてるけど」
あれも、まさまさかだった。そこまで行ってたのかって。あの歳のカップルじゃない。避妊対策ぐらいは常識だから、出来ちゃったって事は作る気でやったって事になるもの。
「地味課長は初心やったかもしれんが、権田君は遊び慣れてそうやもんな」
結婚後の話も漏れ聞いてる。権田君はイケメンであると同時にチャラ男でもあったで良さそうだ。ブランド品で固めたファッションも、スマートそうな遊びもかなり無理をしてたようなんだ。
これも噂だけど、千草の会社に転職してきたのも女性関係のトラブルが原因だとか、なんとか。その辺もあんまり良い話じゃないけど、権田はかなりの借金を抱えていたんだ。トドメになったのは女関係のトラブルの慰謝料とかだそうだけど、
「それってもしかして・・・」
あんまり筋の良いところからの借金じゃないみたいで、下手すると、
「内臓か」
そこまでじゃなくてマグロぐらいかな。カニまではどうなんだろう。とにかく切羽詰まっていた状態だったそう。
「おいおい、それって地味課長の貯金を狙ったって話かよ」
地味課長は課長だから給料も良いだろうけど、地味って言われるぐらいで、倹約家というか無駄遣いをしないタイプのはず。ブランド物を持ってるところなんて見た事ないもの。さらにだけど、
『老後に頼れるものはこれしかないし・・・』
こんな話をしてたのを千草も聞いたことがある。コータローみたいなケチじゃないけど、結構貯めてるはずなのは誰もが想像してたぐらいかな。
「やっぱりそうなったんか」
みたいだよ。結婚してから借金があることが判明して清算したらしいけど、その後の権田は浮気三昧って噂だもの。
「腹立つな。そやけど、それやったら子どもまで作らんでも良かったやんか」
これは誰かが池田君から聞いたそうだけど、地味課長は交際こそ受け入れたけど結婚となると躊躇いが大きかったみたいなんだ。これは自分の歳もあるだろうし、池田君が五つも年下なのもあったぐらいかな。
「おい、それって・・・」
これは相手が権田に代わっても同じのはずだったとは思うのよ。でもさぁ、池田君と違って権田には切羽詰まった借金があるじゃない。
「なんやねんそれ」
コータローがそう言いたい気持ちはわかるよ。結婚に持ち込むための子作りならわかるのよ。結婚して夫婦になれば子どもは欲しいだろうし。歳が歳だから、結婚して何年かしてからなんて言ってたら高齢出産になるものね。それを借金返済の手段として用いる男は最低だ。
「こんなもん結婚してみんとわからん話にはなってまうけど」
千草もそう思ってるよ。地味課長は幸せになれる当たりクジを手にしてたんだよ。でもそれを手放し外れクジを掴んでしまった。でもさぁ、でもさぁ、
「そうなるねんよな。こんなもん後だしジャンケンの評価や。地味課長にしたら、さらなる当たりクジを掴んだつもりやってんやろ。そりゃ、結婚するんやったら、より好みの男としたいやんか」
結果を知っていたら、権田みたいな外れクジなんかに見向きもしないだろうけど、そんなもの見えない状態で選んでるもの。
「これかってやけど・・・」
それは起こったかも。地味課長の岐路は権田のアタックを受けた時の判断になる。このまま池田君にするか、それとも権田に乗り換えるかだ。ここで乗り換えない選択をしていれば、
「今度は権田との見れなかった未来にいつまでも後悔が残った」
誰にだって人生の岐路は訪れる。その時に良かれと思う方を選んで人は進むのだけど、殆どの場合はやり直しが出来ないし、
「両方試して、良い方を選ぶも出来へん」
千草だって、あの時になんて事はいくらでもあるもの。
「千草が地味課長の立場やったらどうしてた」
う~ん。その場に立ってみないとわかんないよ。その点では幸せだった。だって千草の前に現れてくれたのはコータローだし、そこにライバルなんて影も形もなかったもの。
「その点で地味課長は不運やったな」
そうなるよね。選択肢を選べるのはラッキーの事が多いけど、地味課長は選択肢が出来てしまったから迷いが生じ、結果として外れクジを掴んでしまったようなもの。
「オレは千草しか考えへんかったからラクやった」
あのな、それを誰に向かって言ってるつもりだ。なにが千草しか考えないだ。千草の事を考え出したのは中学の同窓会で、
「そやった、そやった、見た瞬間にハートを射抜かれて」
閻魔様に舌を抜いてもらってこい。昔馴染みとして話をしているうちの気まぐれだろうが。無理からに話を綺麗にまとめようとするな。