ツーリング日和27(第8話)宿へ

 たたらの里から引き返して今度こそ千草の、

「ちぐさ高原や」

 言わせろよな。しょうもないところで千草のセリフを喰っちまいやがるのがコータローの多すぎる悪い癖だ。そのうち根性を叩き直してやる。そんなんで千草の夫が勤まるなんて甘い夢を持つな。

 ちぐさ高原はスキー場として有名というより、スキー場しかないようなところ。他の施設がまったく無いないわけじゃないけど、

「冬以外もなんとかしたいんやろうけど、それが出来るんやったら高原ホテルぐらい出来るわな」

 御意。やっぱり京阪神から遠いよ。スキーなら信州よりは近いメリットはあるだろうけど、他の季節に訪れるほどのメリットはあんまりない気がする。だってさ、高原は高原だけど、息を呑むような大草原があるとか、声も出なくなるような大眺望があるわけじゃないもの。

「そんなとこある方が珍しいで」

 そうなる。と言う事でガラガラのオフシーズンのリゾート地をひたすら快走。千草のちぐさ高原なのになんてザマだよ。コータロー高原に改名しやがれ。

「そんなもんで八つ当たりしてどうすんねん」

 他に当たりようがないからに決まってるじゃない。それでも高原ツーリングは気分だけは楽しめた。でさぁ、高原から下りたところはなんと、なんと岡山県なんだ。

「言うても西粟倉村やけど」

 テンションが低すぎるぞ。鳥取道との複雑そうな平べったい立体交差を抜けたら国道三七三号、因幡街道だ。ちなみに北上したら志戸坂トンネルを潜って鳥取県に入るけど、今日は無念の南下だ。

「行きたかったんか?」

 そりゃ、行きたいに決まってるけど、時間と体力とモンキーの祟りだ。

「モンキー関係ないやろ」

 さすがにくたびれた。大型とかだったら鳥取道から日帰りも可能だろうけど、こちとら下道の鬼のモンキーだものね。今回のツーリングだってたたらの里から日帰りのプランはあったんだ。

「純ピストンになるのがな」

 来た道を帰るしかないというか、

「国道はあるけどシニクやし」

 国道四二九号は旧千種町から戸倉峠の南側ぐらい行って、さらに生野に通じてるのは地図上は通じてる。けどさぁ、名うての酷道だし、かんなり遠回りなのよね。へたばった体で走ろうものなら谷に落ちるじゃない。そうなると無難にピストンになるけど、

「帰りの時間帯は混むんよな」

 山崎とか、福崎とか、加西はどうしてもね。だったらってなって、西粟倉村にも温泉はあるじゃないかの話になったんだよ。これも実はコータローは渋ったんだ。か弱い女である千草への思いやりのカケラもない冷血男だと思った。

「そうやのうて・・・」

 コータローのリサーチ能力の欠如だ。お前は誰のために生きてると思ってる。なんのために千草が嫁になってやったと思ってる。人の体を好き放題に弄んで、コータローの性欲を発散させるためだけに存在してるのじゃないのだぞ。

「結果としてはそうなっとる部分は否定せんが、千草にあれやられたら、頭に血が昇ってもて・・・」

 頭だけじゃなくて股間もだろうが。あんだけカチカチになるし、ちっとも萎まないじゃないか。本当に日の出までノンストップになるとはこっちがビックリした。朝日がマジで黄色く見えたもの。

 何やったかって。コータローの変態趣味の極致の裸エプロンだ。たく、あんなものの何にそれだけ興奮できるのか最後のところは共感できないけど、あんだけ恥ずかしい姿を見せたのだから、あれぐらいになってもらわないと困るけどね。

「なんの話やったっけ?」

 コータローがいかに変態かの話だ。裸エプロンに興奮するのだって変態だけど、千草の下着だけで興奮するな。夫婦なんだから一緒に洗濯するし、並んで干すことだって普通だろうが。コータローのフェチ変態も困ったものだ。

「そんだけ千草に魅力があるからやんか」

 シャラップ。そこが究極の変態のところだろうが。コータローがいかに変態の話をすると終わらないからこれぐらいにして、あわくらにも温泉はあるけど鄙びすぎてたんだ。もう一軒あったけど、そこはファミリー向きというか、アウトドア指向がちょっと強すぎるって感じ。

 そこまではコータローも知ってたけど、そこからの情報のアップデートをサボりまくってやがったんだよ。それで千草の夫が務まるとでも言うのか!

「そこまで怒らんでも」

 それはそうなんだけど、調べてみると何軒か出来てたんだ。でもさぁ、でもさぁ、

「ああいうのんも増えてるから流行やねんやろうけど」

 なんていうかな、古民家一棟貸しみたいなタイプの宿。雰囲気は良さそうだったのだけど、

「妙に高いのもあったけど、それよりも・・・」

 そうなのよね、夕食が無いんだよ。それなら千草が作るって言ったんだけど、

「こっちはバイクやぞ」

 そうなのよね。食材持ち込みになるのだけど、宿の近所にスーパーとかなさそうだし、とはいえ二人分の食材を抱えてツーリングするのは無理があるじゃない。だからやっぱり日帰りにしようって話になりかけてた。

「あんなんが出来てるのはさすがにビックリした」

 これは千草が反対した。だってだよ、良い宿そうなのは認めるけど、あまりにも贅沢じゃない。それだけあれば海外旅行だって行けるじゃないの。

「それは言い過ぎや。誰に泊ってもらうと思うてるねん。折り紙付きのお嬢様の千草やねんぞ」

 だからそれはやめろって。千草はたしかに田舎の社長の娘だから、言い方によっては社長令嬢と言えなくもない。けどね、令嬢教育の『れ』の字も受けてない。

「お花は免状持ってるやんか」

 あれだけだって。お茶は渋いから逃げたし、ピアノは才能ないからあきらめたし、日本舞踊はあんなものやってられるかと思ったし、英会話教室はチンプンカンプンで脱走した。そうそう何をトチ狂ったのかバレエもやらされそうになったけど、その代わりにバレーに熱中してた。

「さすがは千草や」

 そこは褒めるところじゃなく呆れるところでしょうが。さてあわくら温泉駅が見えて来たけど、ここを入るのか。妙にオシャレな駅舎だな。突き当たったら左に曲がったな。

「ここやな」

 橋を渡って行くと駐車場があったので停めて、荷物を抱えてだけど、なんじゃこれは。中庭と言うよりドでかい広場があって、その広場に沿って、あれは離れと言うよりコテージみたいなのがあって、こっちが受付棟みたいだな。