ツーリング日和19(第44話)真相

 チサは本当のミサも、ミサとボクとの関係も知らない。それは仕方ないと思ってる。それを知っているのはこの世でボクとミサしかいないし、これは二人の永遠の秘密だ。こればっかりはチサにいくら頼まれても話す気はない。

 ミサに人の運命と未来が見えるのは本当だ。だけどな、人の未来も運命もそんな単純なものじゃない。未来とは人が織り成す運命の結果だけど、訪れるべき未来を決める不確定因子が多すぎるんだよ。

 多すぎるからこそ新たな因子を加えることにより、運命を変え未来だって変えることが出来る。ミサが凄いのは運命や未来が見えるだけじゃなく、運命を操る力や、その方法さえ駆使できたことだ。

 たとえばボクが散々やらされたストリーキングだ。あれが具体的にどういう影響を及ぼして運命を変え、未来を変えているかなんてわかりようがないけど、あれをやった結果だけは良く知っている。そりゃ、あれだけやらされればな。

 チサが指摘したボクのチートな能力だけど、そんなものは無いとして良い。あるとしたらボクの性格だ。これは天橋立でチサにカミングアウトされた時に気づいた。あの時のカミングアウトは悲惨どころか、おぞまし過ぎる内容だった。

 あれを聞かされて動揺しない男はいないはずだ。ボクだって動揺しまくった。チサの言う通り、あんなものを聞かされたら軽蔑するだろうし、汚物と見る者が殆どなのは間違っていないと思う。悲しいけど人ってそんなものだもの。

 だけどボクはチサを受け止めることが出来た。それもチサが感じた通り苦渋の決断でもなかった。ボクがどう感じたかって? そうだな、一言にすれば、

「お気の毒に」

 もう済んだことだし、今のチサは違う。立ち直ろうと努力していたし、昔の快活さも戻っていた。悲惨な過去だって、あんなものでもこれからの未来にどこかで役に立ってくれたら良いかなぐらいなんだ。だからチサの過去の経験の話が出てきても昔話を聞くぐらいの感覚しかない。

 ミサが気づいたのはボクのそんな性格で良いはずだ。初めて会った頃のミサは、チサが知っているミサより百倍ぐらいは気難しかった。ミサの持つ能力は凡人からは羨ましがられるけど、一方で凡人からは気色悪がられ、化け物とか、怪物とか、悪魔と見なされてしまう。

 そういう扱いを受け続けたミサは、自分の築いた分厚くて高い城壁に籠り、周囲の者をすべて敵視していた。高校生のミサを見たチサも怖かったそうだけど、あの頃のミサは、う~んと、う~んと、ミサの逆鱗に触れた時ぐらいが普段だったかな。

 だけどボクはちっとも怖くなかった。ミサの能力だって変わった特技を持っているぐらいにしか思ってなかった。そんなものよりボクがミサに強く感じたのは心優しさだった。さすがにどうしてそう感じたかは忘れてしまったけど、とにかくミサへの印象はそっちだったんだ。

 だから友だちになろうとした、いや是が非でも友だちになろうとした。あははは、ミサはトコトン嫌がってたな。他の人ならビビリ上がって二度と近づきたくなくなるような、あからさま過ぎる態度をぶつけまくられたもの。

 でもボクは気にもならなかった。ちょっと気難しい人ぐらいの感想しかなかったんだ。追っ払っても、追っ払ってもまとわりついてくるボクにミサは面食らっていた。それまでミサの周りにそんな人間は一人としていなかったからな。

 ついにミサはボクが近くにいるのを許したんだよ。ボクという存在を認めたで良いと思う。そうだな、

『変わった男もいるものだ』

 こんな感じで良いはず。ミサは誰からも敬遠され、怖れられてはいたけど、心の奥底では寂しかったんだよ。ミサだって人間だ。だから心許せる友だちが欲しかったからだと思う。これはミサが変わる大きなキッカケになった。

 ミサとの関係は友だちから、幼な恋、そして彼氏彼女の関係に進んで行った。さすがに最初から一目惚れしたわけじゃないぞ。ミサの笑顔にハートを射抜かれたのもウソじゃないが、最初の笑顔は・・・思い出してもおかしかった。

 ミサの普段は能面無表情なのだけど、ある日のミサは苦渋に満ちた表情をしていた。腹でも痛むのか、熱でもあって頭が痛いのかと思ったけど、それはミサが無理やり笑顔を作ろうとしていたんだよ。

 それがわかった瞬間にボクのハートは完璧に射抜かれてしまった。だってだよ唯我独尊の権化のミサがボクのために笑顔を作ろうとしたのだから。こんなにいじらしい女はこの世に他にいないと思ったもの。

 それとミサの友だち思いだけど、あれだってボクと付き合ってからだ。だってその前のミサにとって周囲はすべて敵だったもの。ミサは怖がられはいたものの、ミサを敵視しているわけじゃないから、接し方を変えた方が良いって言ったんだ。ミサは、

『下郎の戯言など聞く耳など持たんわ』

 こんな感じの反応だったけど、それから敵視するのをやめただけじゃなく、ミサなりに積極的に関わろうとしだしたんだ。そうあのタロット占いだ。それだけじゃない、わざわざ不幸な運命に陥りそうな人を占いに誘い込み、その不幸な運命を避けさせようとした。

 ボクがミサのフリチン要請まで受け入れたのはボクが言い出しっぺだったのは確実にある。せっかくミサが良い方向に変わろうとしていうのを協力する以外にないだろうが。それでもミサはボク以外には能面無表情女だったけど、

『うぬ以外に何故に見せねばならぬ』

 そういうこと。ミサはボクにだけ笑顔を見せていたし、その笑顔も輝くように素敵なものになっていた。この頃には本当に可愛い女になっていた。あんなミサの姿を見れば、誰だってハートを射抜かれたはずだよ。だけどミサには大きなコンプレックスがあった。

 ミサにだって欠点はある。これも客観的に見れば団体さんのようにあったのは認める。ミサはそのことを良く知っていた。良く知っているどころか、人として、女として欠陥品ぐらいに思い込んでたで良いと思う。

 ミサだってボクとの未来を思い描いていたはずだ。遠からぬ日にボクに身を委ね、結ばれ、結婚だ。そして二人で幸せな家庭を作ろうってな。まだ高校生だったから誰でも夢見るし、ミサだって女の子だから考えないはずがない。

 それぐらいミサはボクを愛していた。だけど愛するが余り、自分ではボクを幸せに出来ないと思うようになってしまったと思う。さらに自分が結ばれないなら誰がボクと結ばれるのかの方向にミサは動いてしまったはずだ。

 たく当時のボクなんかガリ勉陰キャのブサメンだったろうが。そんな余計な事を考える必要はカケラもないのにミサは考えてしまったんだ。そんなミサに見えてしまったのがチサの運命と未来だ。

 そうだそうだ。チサを特別の憧れの人としたのはあの明るさ、性格の朗らかさ、愛くるしさもあったけど、だからチサを恋人にしたいと思ったことはないんだ。ミサを変えていく方向性として参考にしようと思っただけ。

 初めてミサに会った時に比べたら高校の頃はボクにしたら別人のように変わってはいたよ。それでもミサを誰より良く知っているはずのボクでも、あのクソややこしいキャラは手に余ることはまだまだあったけどね。

 ボクはもっともっとミサを良い女にしたかったから、そのモデルの一つと考えていたぐらい。ミサがチサのようになるのは途轍もない困難があるし、ミサとチサは別人だ。この辺はまだまだ高校生だったかな。

 そんなチサではあったけど待ち受けている運命はひたすら暗かった。それはミサの言う大いなる流れであり、ミサをもってしてもその流れを変えるのは無理だったはずだ。もしそれが出来るのならミサはどんな手を使ってでも変えようとしたはずなんだ。

 もう一つミサに見えたものがある。運命に翻弄され尽くされた果てにボクと結ばれる今のチサだ。ここもだけどチサをある意味特別視していたボクの心に反応してしまった部分もあったかもしれない。

 ミサはこの二つの未来を必然と信じてしまった気がする。だけどだよ、ミサの見えた二つの未来は蓋然性に大きな差がある。チサの暗い運命はほぼ確実に起こる。これは結果も示している。だけどボクとチサが結ばれるのは多くの未来の局面の一つに過ぎないのだよ。未来に起こりうる可能性の一つに過ぎないってことだ。

 だがミサはボクとチサが結ばれる未来に嫉妬し、同時に諦めを持ってしまった。ここも正確にはそうでないはずだ。ボクの結ばれる相手がチサだからではなく、ミサ以外の女だってことだ。

 ミサの嫉妬と諦めが入り混じった感情はミサを迷走させていた。たとえばだ。あの時にボクとチサを脅しつけてまで結び付けようとしたのがそれだ。ミサの行動は常に謎めいていると言われていたけど、あれはミサなりの行動原理に基づいたもので、それさえ知れば実に合理的かつ冷静、もっと言えばこれでもかの計算尽くで動いているんだ。

 あの時にボクとチサが結ばれるどころか、恋人関係も無理だし、親しい友人関係でさえ遠すぎるのはミサだってわかっていたはずだ。なのにあんな行動に出たのは、未来で結ばれ幸せになれるのなら、あの時に結ばれればチサの暗い運命も回避できるのじゃないかの単なる願望に過ぎないよ。

 そこまではまだ許そう。ボクがミサを恨んでいるのは迷走の果てに暴走しやがったことだ。卒業式の日にミサに別れを告げられたのは本当だけど、実際はあんなあっさりしたものであるはずがないだろうが。

 ボクはミサの申し出に驚いた。あれこれミサは理由を付けたけど出てくるのは怒りしかなかった。なにがボクの事を考えてだ。チサとのそういう未来もあるかもしれないが、運命も未来も変えられるんだよ。ボクとミサで変えられない運命なんてあるものか。

 なにが自分ではボクを幸せに出来ないだ。二人の幸せは二人で切り開いて作る物だろうが。ボクはミサさえ幸せに出来たら他には何もいらない。たとえそれでボクが不幸になるとしても、それがどうしたって言うんだよ。

 ミサはボクの愛が足りなって言うつもりか。足りなきゃ、ミサの欲しいだけくれてやる。ボクにある愛のすべてを搾り出して注いでやる。それでも足りなきゃ、命なり魂なり好きなものを持って行きやがれ。

 チサには及ばないってなんだよそれ。及ばなければ、及ぶようにし、追い越せば良いだけだろうが。ミサはそれが出来る女だし、ここまでどれだけボクのために変わってくれたと思ってるんだ。誰よりもボクは知ってるぞ。

 血相を変えてミサに詰め寄ったが、ミサの答えは頑なにNOだった。そう、ボクの失恋だ。ボクはミサに初恋をした。ミサはそれに応えてくれた。ミサはこの世で最高の女だった。最高の女との初恋が実れば、これが大輪の花を咲かせるのになんの疑いも持ってなかった。

 ボクはミサと最高の初恋をした。そうだよ、これでボクの人生のすべての恋になるはずだったんだ。そうする気以外は何もなかった。ミサだってそうだっただろうが。なのに、ミサのあんにゃろめはそれをドブに捨てやがったんだよ。この失恋のショックのお蔭で大学受験も落ちた。あんな状態で勉強なんかできるもんか。


 だからチサが推測したような秘術も、ボクのチートな能力なんてものは存在しない。あったのは嫉妬と諦めで暴走したミサの行為だけだ。広い意味でチサにボクを譲ったぐらいは言えるけど、あれはチサの存在がなくても起こったものなんだ。すべてはミサのコンプレックスからの産物だったってこと。

 ミサの予言で当たったのは、チサの大いなる流れによる過酷な運命だけ。あれぐらいはミサなら見えるのはボクも良く知っている。だからチサがボクの事を思い出して運命が変わり始めたのも、コメダで再会したのも偶然に過ぎないよ。

 ついでに言えばボクの離婚だってそうだ。結婚なんか三組に一組は離婚してしまう代物だ。ボクの初婚が三分の一になってしまっただけに過ぎないってこと。いかにミサでもそんな遠い未来の運命を左右なんか出来るものか!

 今でも悔しいのはどうしてミサは自分の運命にその能力を使わなかったんだって。ボクとチサの未来も見えただろうけど、ミサとボクの未来だって見えたはず。それがあんまり喜ばしいものじゃなかったとしてもだ。

 だがな、喜ばしくなかったら喜ばしい方に変えられるのもミサだろうが。それぐらい出来るのは良く知ってるからな。どうしてそうしなかったんだよ。ミサがそうしてくれていたら、ボクの結婚相手はミサだし、ここにいるのもチサじゃなくミサだっただろうが。思い出すたびに腹が立つ。

 それでも、それでもだ。なんだかんだでミサの予言は当たってしまった。こうやってチサと結ばれてしまったからな。ミサは忘れる事なんて絶対にできない初恋の人ではあるけど、さすがに歳月が流れ過ぎてしまった。

 ミサには悪いが、今ボクが全身全霊を込めて愛し、幸せにしたいのはチサだ。ミサがチサをボクに礼として託したと言うのなら、ボクは感謝して受け取らせてもらう。もうそれで良いと思う。