ツーリング日和16(第33話)エピローグ

「映画が儲かって良かったね」

 ホンマやで。サキのやつムチャしよってからに。こっちまでハラハラさせられたもんな。よう完成まで漕ぎつけられたもんや。撮影期間のスケジュールなんて完全無視で、製作費かって打ち出の小槌でもあると勘違いしとるかと思ったぐらいや。

「最初の予算なんて、少弐屋敷のセットにも足りなかったって言われてるぐらいだものね」

 どれだけ凝りまくったら気が済むねん状態やった。あんなムチャが通ったんはシオリちゃんの全面バックアップも大きかったはずや。少し畑は違うけんど、麻吹つばさの名は大きいもんな。

「それはあったと思うけど、シオリだって青い顔をして相談に来たじゃない」

 そりゃ来るで。とはいえ妥協を蛇蝎の如く憎むのはオフィス加納のモットーやし、それを叩きこんだんもシオリちゃんや。適当に妥協せいとは口が裂けても言えんやろ。シオリちゃんにとって弟子は我が子より可愛がっとるとこがあるもんな。

「オフィス加納では長編映画を撮らせてやれなかった悔いもあったんじゃない」

 それもありそうな気がするわ。その制作費やけど、福岡市単独出資で始まったんよ。そたけど鰻上りどころか青天井状態に怖れをなしたんやと思うけど、原田プロデューサーと担当の武藤課長が工作して共同出資にする案を市議会で承認させたんや。

 そやけど共同出資にしたから言うてスポンサーに名乗り出るのはおらんかった。これは元寇映画は鬼門なのは有名やし、

「アリスのシナリオには北条時宗は顔も出て来ないし、弘安の役もパスだものね」

 あんなシナリオじゃ絶対に当たらないの評判が高かったし、

「あれだけ製作費を注ぎ込む映画が投下資金を回収できるのは夢物語とまで言われてた」

 だってやで、最終的には実写映画の歴代最高興行収入を鼻息で上回ってたからな。出資したって赤字確実なものに誰がカネ出すかいな。そやけどシオリちゃんは十億円を出したけんど、あのスケールになってまうと焼け石に水状態にしかならんかった。

「ミサキちゃんには感謝だね」

 シオリちゃんから相談を受けてエレギオングループから百億円の出資もしたってんけど、集めてくれたんがミサキちゃんや。そやけど、どんだけボヤかれたことか。そりゃ、ボヤくやろ、完全に余計な仕事やもんな。

「あれで赤字が出ていたら思うとさすがに怖かった」

 ああ、三年ぐらい禁酒の上にタダ働きさせられそうな勢いやった。

「お遊びも程々にって、どれだけ釘を刺されたことか」

 ああ、何本刺されたか数えきれんわ。そこまでして百億円出資したんやけど、

「クライマックスシーンの前には使い果たしてたのよね」

 そやった。対馬と壱岐のロケでなくなってもたらしい。そうなると福岡市からになるんやが、福岡市かって度重なる追加出資に市議会も渋面なんてものやなく。大紛糾状態になってもとる。ならん方が不思議やろ。

「よく可決されたと思うぐらい」

 ほいでも最終的は二倍以上は軽く儲かったはずや。ホンマにホッとした。その代わりやないけど、映画の出来は満足しとる。あれでヒットせんかったらウソやろ。

「あの手の日本映画の大作は、どうしたって貧相とか、アラが残るのだけど、そんなところは微塵もなかったもの」

 サキの短編映画はそんな感じやねん。あれこそ完全主義者の結晶みたいな作品やけど、そのまま超大作にして撮ってもた作品ぐらいにしか言いようがあらへんわ。

「合戦シーンもよくあれだけって思ったもの」

 戦闘の迫力はホンモンに近いとしてエエと思うわ。そんなもん見たこと無いはずやのに。あそこまでって思うたぐらいや。もちろんやが、あれが合戦のすべてやない。そんなもん全部出したら、吐き気どころかゲーゲー吐きまくる奴が続出するだけや。

「映画だからあれが限界よ」

 娯楽映画やからあれで十分すぎるぐらいや。ようあんな演出ができたもんやとビックリしたわ。

「ド迫力の合戦シーンん対比する清姫と盛明のシーンの美しいこと」

 あれだけで一本分の価値が余裕であるもんな。もっともミサトさんは怒ってたけどな。

「まあそうだけど、女優でも一流だよね」

 それよりアリスの才能に驚いた。サキは監督もするけんどシナリオも書くねん。それも相当自信もあってんや。撮影前にシナリオの再点検と、手直しもやってるんやけど、

「ビックリを通り越したらしいね」

 清姫のアイデアを出したのはサキなんやが、そのアイデアへのレスポンスが強烈で、すぐさま具体的なシナリオにしてしまうだけやのうて、

「倍返しだ♪」

 そんなレベルやのうて、サキのアイデアを、これでもかと膨らませてしまったみたいやねん。あまりの才能にサキはもうシナリオに手を出したくないって言うてるぐらいや。

「続編は作るのかな?」

構想だけはあるそうや。あるそうやけど、これだけの傑作の後やんか。

「それもあるけど、日本であんな製作費を二度と集められるものか」

 最終的には三百億円を超えたらしいからな。そんなもん集められるとこはハリウッドぐらしかあらへんわ。

「ハリウッドなら作れるだろうけど、作品設定が問題ね」

 ハリウッドは資金力も製作技術もさすがのもんはある。そやけどハリウッド大作はやっぱり大味になりやすいとこがある。大味になるかどうかは作って見んとわからんんしても、あの映画って東洋人しか出てこうへんねん。

 ハリウッドかって、メインマーケットはアメリカや。つまりはアメリカ人が見たい映画を作っとるねんよ。そやから主役かってアメリカ人が好まれる。それも白人や。そやけど白人なんかマルコポーロぐらいしかおらへんもんな。

「中国も作れるだろうけど」

 資金力ならな。そやけど、征服王朝のしかも負ける映画なんかに積極的になるとは思えん。

「それにサキもメガフォンを取る気はないって言ってるし、アリスも書く気はないみたいだよ」

 サキの代わりはまだおるかもしれんが、アリスの代わりを見つけるのは至難の業や。あれこそ世紀の才能やと思うねん。

「らしいね、サキも大絶賛だもの」

 これもビックリしてんやけど、アリスがこれまで手掛けて来たのは、良くてせいぜいVシネマぐらいだって言うからな。

「それもエロビデオまで書いてたのよね」

 あの世界も厳しいわ。

「それでも撮るはずよ」

 柳の下のドジョウをとことん狙うのがあの業界やもんな。そうやって転んだ作品も数え機れんぐらいあるけんど、そんなことに懲りるという言葉を知らん業界や。今回なんか、普通に元寇映画を撮ったっらクライマックスになるはずの弘安の役が丸まま残ってるもんな。

「だからサキもアリスも手を出さないのだけどね」

 あれはいらんと切り捨てたとこを撮りたくなやろ。続編になったらあんなリスキーな出資は二度とせん。コトリらは関係あらへんで。それでもこれで、傑作歴史映画に影響する歴女になれたんは嬉しいで。

「ものは言いようね」

 うるさいわ。