ツーリング日和16(第26話)サキ監督

 ビックリした、ビックリした、元寇博の映画のシナリオコンペだけどまさかのグランプリだよ。そりゃ、獲る気で頑張って仕上げたけど、あの風祭光喜に勝っちゃったんだ。そしたらサキ監督ら連絡があってシナリオの確認がしたいって連絡があったのよね。

 サキ監督は神戸のオフィス加納勤務なんだよね。だから住んでいるところは近いと言うか同じ市内。どこで会うのかと思ったらオフィス加納で会いたいって言われたんだよね。外でお茶しながら顔合わせとか挨拶みたいなものではなくて、ガチで仕事の話にしたいってことで良さそうだ。

 アリスはシナリオライターだから直接の縁はないけど、オフィス加納と言えば写真を目指す者の聖地とまで呼ばれるところぐらいは知っている。つまりは写真スタジオなのだけど・・・ここなんだ。

 活気のある商店街の一角にあるビルだけど、これがなんと二十階建てなんだよ。立派なものだ。でも立派な玄関なんてものは無さそう。と言うかどこから入るんだ。一階と二階は吹き抜けになっていてオシャレな店が並んでるのよね。三階はホールみたいだ。

 えっとえっと、あそこか。奥まったところに警備員がいるゲートみたいなところがあった。名前を告げると話は通っていて、ゲートを通してくれてさらにその奥にあるエレベーターで四階に上がるように言われた。四階は事務部門みたいな感じになってるけど、

「四葉先生、ようこそいらっしゃいました。サキのところに御案内させて頂きます」

 オフィス加納は日本一とも呼ばれる写真スタジオだけど動画部門のサキ監督も有名なんだ。ビデオクリップみたいなPR動画を主に作ってるけど短編映画も有名。有名というより日本一じゃないかな。だってカンヌもヴェネツィアも獲ってるんだもの。

 アリスも当然見たけど、短い中に濃密なストーリーが設定され、なによりその映像美に驚かされる。とにかく映像の隅々まで計算され尽くされてるのが良くわかるんだもの。どれだけのこだわりをもって撮影しているかは、少しでも映画のことを知っていれば感心する以外にないぐらい。

 動画部門は十三階から十五階みたいで、アリスが案内されたのは十三階の応接室みたいなところだ。出されたお茶を飲みながら待っていたら、

「待たせたね。私がサキよ」

 サキ監督はもう七十歳ぐらいのはずだけど、冗談みたいに若く見える。知らなければ五十歳と言われても信じてしまいそうなぐらい。

「あははは、ここではこれでも老け過ぎよ」

 どういう意味だろう。まずは挨拶を交わして、

「素晴らしいシナリオだ。悔しいけど私には書けないな」

 それほどでも。

「これだけのシナリオをモノに出来なかったら、すべては監督である私の責任だ」

 それにしてもよく採用されたものだ。相手が風祭作品なのもあったけど、自分で書きながら言うのもなんだけど、あれを映画化するのはかなりハードルが高いと言うか、ぶっちゃけ無茶なところがあるのよね。

「日本映画の常識的にはそうだ。審査でもそれは大きな問題になった。あんなものハリウッドでないと撮れるものじゃないってな」

 そうなるよな。映画ビジネスはシンプルに言うと宣伝費用も含めた製作費を上回る収入を得ることで成り立ってるんだ。収入は観客からの料金収入もあるけど、グッズの売り上げ、DVDやネット配信も含めたものになる。

 この収入だけど邦画の場合は国内限定になるのよね。ここがハリウッドとの巨大すぎる差で、ハリウッドはワールドワイドでの収入を計算して映画を作ってるのよ。だから製作費二億ドルなんて大作が作れるもの。

「そうだな。四億ドルで作って、十億ドルの収入でペイするビジネスをやってるからな」

 カネはかければ良いものじゃないと強がっても、予算があれば、それだけセットにしても、衣装にしても良くなるし、大物や人気俳優を集められる。豪華スターの夢の競演ってやつだ。

「撮るジャンルで必要な製作費は当然変わるが、アクションものならカネをかけるほど迫力が出る。ましてや時代物、歴史物になればその差は歴然だ」

 日本だって予算さえあれば撮るだけなら撮れる力はあると信じてる。でもさぁ。製作費の回収となれば途方に暮れるしかない実情はアリスだって知っている。

「日本でもアニメなら興行収入で四百億円を叩き出しているのもある。しかし実写となると過去最高でも百七十億円程度だ」

 つうか実写版で百億円を超えたのは三本ぐらいしかなかったはず。だから日本で作れない。作りたくても作る前から赤字どころか、大赤字の試算しか出ないから企画段階でボツだ。そうなるとCGを多用して、

「CGは使う。使うが不思議なシナリオでな、サキの見るところCGを使うほど迫力が落ちると見ている」

 さすがはサキ監督だ。よく読んでるな。そうなるとこれからの相談は合戦シーンの簡略化かも。あれは自分で書いていてもどれだけ製作費がかかるか怖くなりそうだったもの。こういうアクション映画で予算を節約する常套手段は、アックションシーンを簡略化し、人間ドラマで逃げるだ。

「風祭シナリオがそうだった。さすがに良く知ってると思ったし、審査でもその点で支持が多かった。だがな、あのシナリオで元寇を撮れば必ずコケる」

 風祭は王道と言うか、常套手段で来ていたのか。まあそうするよな。アリスもツーリングに行くまではその路線で考えてたもの。

「最終審査は揉めたんだよ。揉めたなんてものじゃなかった。その日の午前中には結果を出して、午後からは記者会見の予定だったのだが、延々と小田原評定になり、なんと翌日に持ち越しになってしまった」

 それもサキ監督だけがアリスを推しまくる孤軍奮闘状態だったとか。

「それがな、一晩明けたら・・・」

 急転直下でアリスに決まったそう。理由は、

『四百億円を稼げば済むだけの話』

 ちょっと待てい。そんなのドンブリ勘定も良いところじゃない。

「映画バカばっかりだったって事かな。四葉君の」
「アリスで結構です」
「アリス君のシナリオに夢を見たんだよ。サキもそうだった」

 映画なんてヤクザと言うか水商売も良いとこの商売なんだよね。ビジネス的には映画を作って観客を集めてナンボだけど、とにかくバクチ的な部分が多すぎる。どう言えば良いのかな、確実にヒットさせる手法がないと言えな良いのかもしれない。

 そりゃマーケティングリサーチもするよ。どの年齢層にアピールして、これぐらいの観客動員が見込めるとかね。でも公開してみないとどうなるかは誰にも予想がつかないところがある。

「だからアニメに力を入れる部分はある。とくに原作があってヒットしていれば確率は高くなる」

 アニメでもオリジナルとなると空振りもあるものね。他にもアイドル映画が量産されるのはアイドルが持つ人気で観客を見込める部分はあるからだ。

「時代劇もかつては固定客が望める分野だった時代がある。アリス君だって水戸黄門や必殺仕置人、それに忠臣蔵ぐらいは知っているだろう」

 時代劇がどれだけ作られたかは京都の太秦に行けば偲べるよ。ミニサイズだけど江戸の常設セットを作ってしまったぐらいだもの。最後の名残りが大河かな。

「どうしても流行り廃りはあらゆる分野である。ハリウッドだって西部劇に狂奔していた時代があったからな」

 それも知っている。西部劇と言えばハリウッドの代名詞みたいな時代もあったはず。でも今は殆ど作られないものね。西部劇同様に廃ってしまった時代劇、それも元寇なんかに挑戦するのは時計の針を逆に回すようなものでは、

「アリス君、あのシナリオは時代劇ではあるが本質的にはスペクタルだし、人間模様も現代的として良い。言わば時代の衣装を着たパニック・アクション大作だ。これをいつの日か撮ってみたいと思わない映画人はいないと思う」

 サキ監督はなにかを思い出すように、

「やっと巡り合えた。これはサキもそうだが、あの審査委員たちも同じだったんだろう。こんなもの誰が止められるものか」

 それほどでも。

「映画なんてやってる連中はどこか頭のネジが二、三本抜けてるんだよ。こんなチャンスに巡り会ったら喰らいついて離れないのが映画人ってことだよ」

 サキ監督はアリスの手を握りしめ、

「あのシナリオは本当に良く出来ている。これを映像化するのに命をかける。年齢からしてもこれだけの作品を手掛ける最後のチャンスだ。どうか手を貸して欲しい」