ツーリング日和16(第29話)撮影迷走

 撮影が始まったのだけどオフィス加納だったからヒマがあったらのぞきに行っていた。シナリオの点検の時に通い詰めてたから今や顔パス状態になっている。でもオフィス加納ってどうなってるんだと思うぐらい不思議なところだ。

 オフィス加納と言えば光の魔術師と呼ばれる麻吹つばさが有名で、オフィス加納の社長でもあるのよね。旦那さんが社長だったのだけど七十歳を超えたから勇退したそう。でもさぁ、旦那がそれぐらいの歳じゃない。なのに挨拶に行ったら、

「四葉アリス君か、麻吹つばさだ。良い仕事をしている。せいぜいサキの尻を叩いてやってくれ」

 信じられなかった。どこをどう見たって二十代半ばぐらいじゃない。サキ監督も相当若く見えるけど、桁が違い過ぎる。サキ監督にも聞いたけど、

「サキはツバサ先生の一番弟子だったんだよ。もっとも写真じゃ芽が出なくて動画やってるけどね」

 他にも白鳥の貴婦人の新田まどか先生や、渋茶のアカネで有名な泉茜先生にも紹介してもらったけど唖然とするしかなかったもの。サキ監督がオフィス加納ではさして若くも見られないと言ってたけど、こりゃ魔女の巣窟だとしか思えなかったぐらい。

 撮影は少弐屋敷のシーンから始まったのだけど、とにかく進まないして良いと思う。役者はクランクインするまでにシナリオを読んで役作りしてから撮影に臨んでいるはずだけど、

「役者が考える人物像とサキが欲しいのは同じじゃないからね」

 それはわかるけど、アリスが見るところ、その乖離はすごい大きいと見て良いと思う。それこそ役者がどう演じようが気に入らないみたいで、

「そうじゃない。そこはもっと悠然と構えるんだ」
「それは悠然じゃない。鈍い男にしか見えないじゃないか。態度は悠然としても、中に激しいもの、強烈なものがある役となってるだろう、だからだ、そこはそうじゃなくて・・・」
「ダメダメ、全然ダメ。そんなのじゃキャラが全然立っていない。だから、そう演じるのじゃなくて・・・」

 ここが映画全体の基礎の基礎になる部分だと言うのはわかるけど、

「これ以上やっても時間の無駄だ。ホテルに帰って頭を冷やして来い」

 若手の男優さんが涙目になってるものね。だってだよ、アリスが一週間ぶりに行ったら、なんとだよ、まだ同じシーンを撮ってたぐらいだもの。とにかくそんな調子だから、撮影はカメどころかカタツムリが進むより遅いぐらいだ。

 それでも三か月もすれば変わってきた。あれは本当に変わったとして良い。役者さんだって有名な人が多いじゃない。もともとのキャラがあるから、この人ならこんな感じになるイメージがあるのよ。そういうところも役者なら買われて出演オファーがあるからね。

 だから言うじゃない。たとえば信長を演じても、演じる役者によって〇〇信長って言い方をするものね。だけどね、そう見えないの。そこに少弐景資がいるようにしか見えないのよ。宗盛明だって、平重隆だってそう。

 もちろんって程じゃないけど、誰も少弐景資や宗盛明、平重隆を知っているはずもない。あくまでもサキ監督とアリスが作り上げた人物像なんだけど、そのままそこにいるとしか見えないんだもの。

 これだけ時間をかけたのは、役者たちをそう仕上げたからってやっとわかった気がする。いや、あそこまでするかと感嘆したぐらい。その代わりじゃないけど、撮影スケジュールは遅れてるなんてものじゃない。

 この映画の位置づけは元寇博の宣伝の一面もあるのよね。地方博だから周知させるのは重要だもの。だから元寇博の一年前のGWに公開予定になっていて、それに合わせて半年の撮影期間を設けてる。

 なのにだよ、三か月経っても少弐屋敷のシーンの撮影は終わる気配さえないのよ。だって役者が思うような演技が出来るようになったら、信じられないけど最初から全部撮り直してるんだもの、

「その方が良い絵になるじゃないか」

 そりゃそうだけど公開はどうするのよ。たぶんだけど、当初の予定では一か月程度で終わるはずだったスタジオでの少弐屋敷のシーンは、延々と半年以上も続き、それだけで予定撮影期間が終わっちゃったのよ。


 撮影期間の延長は製作費を直撃するんだよ。製作費で大きな部分を占める物の一つに役者のギャラがある。役者だけでないスタッフだってお給料を払わないといけないし、スタジオだってレンタル料が必要だ。

 すべて契約なんだけど、これは撮影期間に対するもの。撮影延長となれば延長料金の支払いが発生する。撮影期間が延長すること自体は映画製作ならままあることなんだけど、誰かがそのカネを出さないといけないんだ。

 問題はそれだけじゃない。役者さんだって他の仕事の予定はある。この映画が終われば次の映画なり、テレビドラマなり、舞台の契約もしてるんだよ。それをすべて調整しないといけなくるもの。

 そこも大変なんてものじゃないけど、その問題を解決するのも含めて製作費だ。ハリウッドなら映画会社が負担するし、かつての日本映画もそうだった。日本だって映画会社が負担して作ってる作品もあるけど、この作品は違う。福岡市がスポンサーになってカネを出しているのよね。

 だから追加資金が必要なら福岡市に頼むことになるけど、市から出すカネだから議会承認が必要になるってこと。市のカネと言っても税金だものね。元寇博は福岡市が主催するイベントなんだけど議員の中にも反対派もいるんだよ。

 だから映画製作に追加費用が発生するのに良い顔はしてくれるはずもない。むしろ反対運動を盛り上げるチャンスと見て補正予算案に猛烈に噛みついてきた、それでも最初のうちは今から思えばまだ穏やかだったかな。

 市側からの映画製作にある程度の撮影延長があり、この程度の追加出資は良い作品を作るための必要経費ぐらいの説明で揉めたのは揉めたけど、なんとか可決されてた。だけどサキ監督の撮影延長は半端なものじゃなかった。いや、あそこまで行けば常軌を逸しているとしても良いぐらい。

 GW公開が夏休み公開になり、さらに秋公開になっても出来上がる気配もなかったぐらい。この頃にはサキ監督もロケ地での撮影に入っていたけど、いつになったら出来上がる状態だったで良いと思う。

 これは撮影期間もそうだけど、製作費もトンデモ状態になっていた。どう見たって製作費なんか頭の片隅にも置いていないとしか思えない。これは聞いた話だけど合戦シーンを撮ればセットも痛むじゃない。

 カネのかかるオープンセットを壊してしまうようなシーンの撮影は、ワンチャンスなのよ。撮り直しなんて出来ないのが常識のはずなのに三度も撮り直しをさせたと聞いて腰を抜かしそうになったもの。

 もう何度目かわからない追加出資の市議会審議になったけど、さすがに状況は悪化していた。元寇博自体に反対派は市民にも多いのよ。市民に多いから議員にも強硬な反対派もいるのだけど、これだけ湯水のように資金を使われまくれば問題にならない方がおかしいじゃない。

 さらにみたいな話だけど、今回はクライマックスシーンの撮影のための追加出資だけど、この費用だけで日本クラスの大作映画を余裕で撮れてしまうぐらいの要求額なんだよ。これでも揉めなきゃウソだ。

 議会の色分けは賛成派、中立派、反対派に色分けされるのだけど、反対派だけでなく中立派も反対に回り始めただけでなく、賛成派の中にも反対派に回りそうな状況だったそう。反対は議会だけでなく市民にも広がっていて、デモ隊が気勢を上げる状態にもなってたものね。これも結構な鼻息で、

『吸税鬼を福岡から追い出せ』

 市民の血税を啜ってるからサキ監督は吸税鬼と罵られてた。市議会対策は原田プロデューサーと武藤課長がサンドバッグにされながらも頑張って来たのだけど、ついにこの二人でも手に負えなくなって議会の要請でもあったけど、参考人としてサキ監督を引っ張り出さざるを得なくなってしまったのよね。議場に立ったサキ監督は、

『あなた方は何を作っているのかわかっていません』

 サキ監督のキャラならやりそうだけど、最初から喧嘩腰だったそう。こうなるのがわかっていたから、原田プロデューサーも武藤課長もサキ監督を議会に出したくなかったんだと思ってる。

『追加出資を無駄とされているようですが、映画興行とは投下した資金を興行収入で回収するビジネスです。ここで追加出資がなければ映画は出来上がりません。わかりますか、映画が出来上がらなければ興行収入はゼロになり、これまで投じられた資金はすべて無駄になり回収もされません。あなた方の言うところの税金をドブに捨てる行為そのものです』

 だからつべこべ言わずにカネを出せの主張だけど、これぐらいで収まるはずもなく大紛糾。出てくる質問は当然だけど、

『公開したとして本当に回収できるのか?』

 サキ監督は、

『その自信無くして誰が映画を撮るものですか。映画はたとえ一千億円の資金を投じても、二千億円の興行収入があればペイどころか大儲け出来るビジネスです。あなた方はそのチャンスをむざむざ捨てようとしています』

 もうちょっと下手に出ても良さそうなのに、そこまで上から目線だったのに後で聞いて呆れそうになったもの。下手に出たからって賛成してくれるものじゃないだろうけど、火に油を注いでどうするんだと思ったもの。

 とにかくカネ寄越せ、カネさえ寄越せば映画は完成するし、完成さえすれば興行収入で大儲けできるとサキ監督はひたすら頑張ったそうだ。かなりスッタモンダがあったらしいけど、最後の最後に出て来たのが、

『そこまで言うなら見せてみろ』

 サキ監督はまだ撮影途中だから見せれる段階ではないとしたそうだけど、

『撮影済の分だけでも見せろ』

 その出来栄えで追加予算を考える話になっちゃったのよ。