ツーリング日和7(第9話)鉛温泉の夜

 遠野でのリサイタルが終わると花巻に引き返し、宮沢賢治記念館と宮沢賢治童話村を巡ったのだけど、さすがにくたびれた。二日続きの超早起きも応えた感じ。ここまでの走行距離は二百二十キロぐらいだし、高速利用も多かったけど、それでもね。

「それは悪かった。宿に急ごう。たぶん三十分ぐらいだけどだいじょうぶか」

 今から三十分か。なんとかなるはず。コウは県道十二号を西に向かって走り出したんだ。コウは花巻でもストリート・ピアノを弾く予定だったはずだから悪いとは思ったけど、

「ユリが疲れて事故したら大変だ」

 今日は許してもらおう。東北道を潜ったからもう高速は使わなんだろうな。道路案内に鉛温泉、大沢温泉、志戸平温泉、松倉温泉って出てきたらその辺かな。

「今夜は鉛温泉だよ」

 向こう方に山が見えて来たけど、

「そうだよ。あの山の中にある」

 結構まだあるな。それにしても真っすぐだし、信号の少ない道だよな。この辺は花巻の郊外になると思うけど、田んぼと畑が多いな。おっ、『歓迎 花巻南温泉郷』のアーチが出て来たぞ。えっと、鉛温泉はまだ九キロか、

 旅館みたいなのが目に付き出したから、なんとか温泉なんだろうな。あそこに大きな温泉ホテルみたいなのがあるけど、ホテル志戸平って書いてるから、志戸平温泉なんだろ。だいぶ登って来てるよね。でも今日はどんな宿だろう。

「お気に召してくれたら嬉しいな」

 コウと一緒ならどこでも嬉しいけど、初めての旅行の、初めての旅館だからワクワクするな。コウがどんな宿が好みなのかもわかるもの。でもコウは凄いよな。今日こそユリとマスツーだけど、普段はソロツーじゃない。やっぱりコウはソロツーが好きなのかな。

「ユリと一緒ならどこでも楽しいよ」

 ここが大沢温泉か。どこに宿があるのだろ。その次が山の神温泉で、へぇ、鉛温泉ってスキー場もあるのか。それだったらリゾートホテル系かな。スキーセンターがあるってことは、

「みたいだね。ほらリフトが見える」

 こんなに道路に近いスキー場なんだ。

「ユリ、フジサン旅館の方に右折だ」

 フジサン? ああそう読むのか。げぇ、このコンクリートの道を走るのか。すぐに突き当たって、えっと、旅館部って方に行くんだよね。へぇ、こりゃ、旅館と言うよりホテルだね。

「違うよ。これは新館みたいなもの。ボクたちが行くのはこの奥の本館」

 こっちもこっちで立派だ。木造三階建てで総欅づくりだって。こっちの方がコウの好みなのかな。ユリにしたらどっちでもリッチで嬉しいけど、二択なら本館かな。顔に合っていないのはほっとけ。ユリは生粋の日本人なの。部屋に案内されたけど、こりゃ立派、いや立派過ぎるよ。二間続きの角部屋じゃない。

「それは侯爵殿下のお宿ですから」

 コウだって元北白川宮家の跡取りだろうが。コウにどうして本館にしたのかと聞いたら、新館はベッドだって。ベッドが悪いわけじゃないし、家ではベッドだけど、旅行に行ったら畳に布団が良いんだって。

 ここの大浴場は四つあって、白猿の湯、銀の湯、白糸の湯、露天風呂の桂の湯だ。このうち名物とされるのは白猿の湯。特徴は深さが一メートル二十五センチもあること。それとだけど、なんと混浴。

 時間帯によって女性専用と混浴時間帯があるのだけど、十七時までは混浴。どうしようかと思ったけど、ここまで来たら名物の温泉に入らないと意味ないじゃない。でもユリよりコウが渋ってた。

「ユリの体を見せたくない」

 ユリだってコウ以外に見せたくないけど、やっぱり白猿の湯にした。でも平日だったし、時間帯も早かったせいか、貸し切り状態で助かった。気持ち良くてこれで今日の疲れが取れる気がする。

 お風呂からあがってノンビリしてたらお腹が空いてきた。ここは部屋食でもお食事処でも良いみたいだけど、お食事処をコウは選んでた。う~ん、お食事処もシックで感じが良いじゃない。

「そういうけど、ユッキーさんたちとの時はもっと凄かっただろ」

 う~ん、どうだろ。あの二人の宿の選択は独特なんだよね。どう言えば良いのかな、値段とか度外視して選んでる気がする。贅沢って意味じゃないよ。自分たちが泊まりたい宿を選んでる。だから民宿だって平気だもの。

 それと飲み食いが桁外れ。それこそ牛のように酒を飲むし、馬のように食い尽くす。お酒なんか一升瓶単位でポンポン注文するんだよ。メニューの追加だって、どれだけ食べるのかと思うほど。

「ユリなら宮中晩餐会も知ってるし」

 あれはあれで凄かった。料理も凄かったけど、それより出席者がね。テレビで見た顔がテンコモリいたもの。

「エッセンドルフの晩餐会なんて凄かったんじゃない」

 出さされたからね。でも何食ったか覚えてない。だってだよ、ハインリッヒの隣で、まるで奥様みたいなホステス役をやらされたようなものじゃない。挨拶に次ぐ挨拶で食うヒマなんかなかったぐらい。

 あんな会はどうでも良い。御飯で一番大事なのは誰と食べてるかだ。目の前にコウがいて食べるのが最高に決まってるじゃない。こんな良い男が目の前にいて、ユリの彼氏で、結婚も確実で、昨夜に女にしてもらってる。これ以上のシチュエーションがこの世にあるとは思えない。

 美食を堪能して部屋に帰ったら布団が敷いてあった。二つきっちり並べてね。それ見ただけでドキドキさせられた。そうそう、今日のツーリングがへばった原因は、やっぱり寝不足。だってロストバージンの後にコウと一緒に寝たけど、興奮が醒め切らずに眠りが浅かったんだ。

 昼間は話に聞いてた違和感があったのもある。なんかまだ入ってる感じがしてしょうがなかった。そうなるって聞いてたけど、ずっと気なってしかたなかったんだ。それでもって今夜だけどコウは求めるよね。

 求められないのも困ると言うか悲しいけど、今日もやりたいかと言えば休みたい。だって痛そうじゃない。昨夜はあれだけ痛かったんだから、ユリのアソコも傷ついてるはず。一度傷ついたものが一日で治るはずがない。

 でもだよ。コウはやりたいよね。男ってそんなものだと聞いている。種馬親父は論外としてもだ。これも聞いた話だけど、男は相手が処女だったら頭に血が昇り過ぎて、一発で終わらず、二発目、三発目もやるのがいるそう。

 コウはそこまで求めなくて助かったけど、今日のこのシチュエーションで求めないはあり得ない。ひょっとすると、今日のツーリング中はそればっかり考えていたもありうる。まあ、それぐらいは思って欲しい部分もあるけど、実行は・・・するよな。

「ユリ」

 コウの目がやばい。ユリはもうコウのものだから、今夜は休んでも、これからいくらでもやれるで納得してくれないよな。コウにしたら今夜もやることが重要と思ってるはず。重要と言うか、素直にやりたいのだろう。

 こんなことなら、旅行前にやっておけば良かった。それだったら、ロスト・ヴァージンの次の週は普通にお休みに出来るじゃない。旅行なんて特殊なシチュエーションだから連夜になるし、コウも燃えるし、ユリも逃げ場がなくってるようなもの。

 後悔先に立たずとはこのことだよな。どうしよう。正直にまだ痛いって打ち明けて今夜は我慢してもらおうか。それとも、女は度胸で耐えるか。自分のためには我慢してもらうのがベターだけど、コウを喜ばすには耐えるのがベター。ユリはどっちをコウにしてげたいかだけど、やっぱりコウを喜ばせたいのがある。でも、痛いよな、絶対痛くて辛いよな。

「ユリ、もしかしてまだ痛むの」

 コウ、エラい。そう切り出してくれたらユリも助かる。

「ゴメン。こんなに痛いとはユリも思ってなかった。コウがどうしてもって言うなら、ユリだって頑張るけど」
「なにを言ってるんだよ。ユリを痛がらせてどうする。ボクもヴァージンは初めてだったから謝る。治るまでやらないよ」

 ありがとう。明日は頑張るつもり。

「ダメだ。ユリに頑張らせるつもりなんかない。ユリがOKになるまでずっと待つ」

 ありがとう。愛してる。でもこれだけはわかってね。ユリはコウを拒否する気なんてどこにもないから。ユリを愛して良いのはコウだけなんだから。でも女の体は複雑なんだよ。まだアレして良いとこまでは距離があり過ぎる。

 良くなるには回数しかないってお母ちゃんも言ってた。こんなとこでヤリマンビッチを引き合いに出したくないけど、他のユリの友だちと較べても経験が桁違いすぎる。それにとにかく実の娘に対してモロ過ぎる。

『そうねぇ、相性さえ良ければ十発ぐらいが目安かな。早ければ五発でもあるはず』

 お母ちゃんは何発かって聞いたら、二発目から確実に感じて、三発目で昇天したそう。感じすぎじゃ。それもだよ、感じ始めたら、

『女の感度はエンドレス』

 でも相手との相性であるのだけは珍しく念を押してた。でもさぁ、女のオナニーの時にも処女じゃなければバイブも使うじゃないかって聞いたんだけど、

『あれはあれでシチュエーションが違う。オナニーの時は、もっとも好ましい相手が入って来ると妄想するじゃない。ユリだってそうでしょ』

 そんなもの実の娘に同意を求めるな。まだ昨夜入れられたばっかりだし、この話の時はまだヴァージンだ。

『ヴァージンだってオナニーの時の指がそうでしょ』

 だから同意を求めるな。でもまあ、そうだよ。つうか想像するのもおぞましい相手なんか考えるはずがないだろうが、

『そういうこと。女って入れられたい男だけに感じるものよ。でもね、入れられたい男との体の相性が必ずしも良くないのもある。そこが難しいところなんだよね』

 コウは入れられたい男としてダントツだ。入れられた上での体の相性は悪くないと思っている。次でもっとはっきりわかるはず。だけどヤリマンビッチじゃないぞ。あんなものが遺伝してたまるか。