ツーリング日和6(第2話)苦難の人生

 ボクは竹野直樹。生まれは埼玉で、県立だがそれなりの進学校から、それなりに名の知れた都内の私立大に進み、ある程度は名の知れた会社に就職できた。社会人になってからも三十歳前に主任の肩書を貰えたから、同期の出世頭とは言えなくても順調ぐらいは言っても良いと思う。

 この経歴だけならエリートは言い過ぎとしても、堅実とか、せめて平凡な人生を歩んで来たと言われるはずだ。経歴だけならな。だがそんなに平坦なものじゃなかった。どうにも女運が悪いと言うか、女と関わるとロクなことにならない。

 生まれて最初に接する女性は母親だけど、二歳の時に離婚、つまりは顔も覚えていないし、実母との思い出もない。離婚の原因は父親も口を濁すところが多いが、ありきたりの浮気で良さそうだ。

 父親はボクが小学校に入る頃に再婚した。ボクは反対したわけじゃないし、継母に馴染もうともした。継母だってそうだったと信じたいが、継母との関係はずっとギクシャク、ギクシャク。

 継母の名誉のために言っておくと、世に言う継子イジメでなかったと思う。とにかく生理的に合わないとしか言いようがない。これは妹が生まれたらさらに拍車がかかったぐらいだ。

 あれだって自分のお腹を痛めた娘が可愛かったと思ってるし、単純に下の子どもが可愛かったのかもしれない。もっと単純に男の子より女の子が可愛かったのかもしれないし、同母でも兄と妹なら妹が可愛がられるケースはあるものな。

 これに異母が加わったから話がコジれたと今なら思うけど、とにかくコジれにコジれて、大学進学で家を出てから、殆ど家に帰っていない。帰ったところで居心地が悪いったらありゃしない。親父はまだしも、継母も妹もボクを毛嫌いしてるのが丸わかりだからな。


 それでも、継母とのこれぐらいのコジれはままあることのはず。次にコジれたのは学校の女性教諭。どうにも上手くいかなかった。それもだよ、受け持たれる女性教師にことごとくだ。とにかく反りが合わないぐらいしか言いようがないけど確実に嫌われていた。

 だからボクにも女性教師に恩師と言う感覚はない。その中でもとくに酷かったのは中学の美術教師。これも断っとくけど別に喧嘩した訳じゃないし、授業も真面目に受けていた。それなのに付けられた評価が十段階評価の最低だったからな。

 これを担任教師に怒られた。この辺は当時の受験絡みの話になるが、高校進学のための内申点の問題で、美術が足を引っ張り過ぎてたぐらいだ。そりゃ、引っ張ってるよな。担任教師に言われたのが、課題を提出していないからだと頭ごなしだった。

 いやいや、作品の出来とか評価は置いとくとしても、美術の授業を欠席していないし、期限内に課題は全部提出している。これを聞いた担任教師の顔色が変わったのを覚えている。難度も念押しされたし、証拠の課題を学校に持って行ったりした。ボクの話にウソがなかった事を知った担任教師は、

「こ、こんな事が許されるものか・・・」

 ずっと後になって美術教師になった友だちから聞いて、担任教師が憤慨した理由がわかった。美術の評価は課題を全部提出したらとりあえず五段階評価の三だそうだ。四とか五になるのは作品の評価ぐらいだろう。

 逆に二とか一になるのは課題の提出をサボったやつ。つまり課題を全部提出すると言うのは、ある種の出席点みたいなものだ。言われてみればわかるのだが、美術なんて才能の有無がモロにでる。

 絵の上手いやつは有利というか、下手な者がそう簡単に距離を詰められるものじゃない。五教科の評価とは根本的に違う。だから課題の提出が評価として重視される事になる。最初に怒られたのは、担任教師がその評価システムを良く知っていたから、ボクがサボっていると断定したのだと思う。

 つうかそれ以外に理由など考えられないぐらいだろう。ところが課題はすべて提出されているし、美術教師の評価はともかく、真面目に出来上がったぐらいの評価は出来るものだ。それを現物でも確認しているから信じられない気持ちになったのだと思う。

 担任教師は美術教師に談判に行ってくれたようだ。どんな談判になったのかは教えてくれなかったが、美術の点は上がってくれた。上がったと言っても、課題をすべて提出したら通常なら与えられる程度だが、そのお蔭で進学校にも滑り込めた。あの時の担任教師は掛け値なしの恩師だと尊敬している。


 社会人になってからもあった。新入社員には教育係が付くのだが、これが先輩女性社員だった。これまた徹底的に忌み嫌われた。あれは完全なパワハラだったしイジメそのものだった。ロクロクなにも教えてくれず、何を聞いても生返事。そのくせ、少しでもミスがあれば、

「無能、穀潰し」

 みんなの前で罵倒された。なんにも教えてくれないから、教育係以外の人に必死で教えを乞うて、なんとか仕事を仕上げても、

「どうして私の教えた通りにしない。あんたバカなの」

 だから、なんにも教えてくれないからだ。半年ぐらい地獄のような毎日を送り、いつ辞表を出そうか悩み抜いていたけど、ある日、突然いなくなった。理由はボクも関わっていたかなり大口契約の交渉。

 これも本来は教育係の女性社員の仕事で、新人のボクは側に付いて、具体的な手順とかを実戦で覚える役回りぐらいのはずだった。ところがあの指導係、もう女郎と呼ばせてもらうが、このボクに企画から資料作りまで全部負わせやがった。そうしておいて、

「私が教えなくても、何でも出来るボクちゃんのお手並み拝見」

 こう言われてまさに丸投げ状態。ボクもわからないことばかりだから、嫌な女郎でも聞きに行くのだが、あれこそ剣もホロロ状態。こんな状態では契約を取れずに会社に大きな損失を与えることになるから、課長からさらに部長まで相談した。

 だけどあの女郎は部内でもお局様筆頭みたいな存在で、部長でさえ面と向かって意見をし辛いぐらいの関係だったので、ある種の特別体制が取られ、部長、課長、ボクのトリオで仕事を進める事になった。大口契約の重要性も配慮してぐらいだったと思ってくれたら良い。

 事件はプレゼンの前日に起こった。明日への最終確認のためにフォルダを開くと消え失せてたんだよ。もう頭が真っ白になりそうだった。直ちに課長と部長に報告、幸い中間過程のバックアップをいくつも取っていたから、部内総出で朝までかかって完成させプレゼンは成功した。この復旧作業中も、

「この役立たずの給料泥棒」

 罵り続けていた女郎だけど、社内挙げての犯人探しが行われた。と言うのも、ボクの資料は課長と部長の確認後に、二人が見ている前でシャットダウンしてるんだよな。そういう特別体制だったわけ。

 そうなるとボクがシャットダウンした後に誰かが忍び込み、さらにパスワードを盗み出して開いたことになる。産業スパイの可能性まで考えられてしまったわけだ。とくに大口契約だったから、もしあの契約が不成立であれば大きな損失になってたからな。

 犯人は簡単に見つかった。防犯カメラに女郎がバッチリ写ってたんだ。追及されてもシラを切ったが、カメラの画像の前では抵抗しきれず白状し、自主退職さえ許されない懲戒解雇になったそうだ。

 ボク憎しの一念から、大口契約を潰してでも、ボクに責任を負わせて退職に追い込もうなんて信じられないよ。あそこまで行けばキチガイだ。ボクが何をしたって言うんだよ。これは仕事で最大の女難だった。


 わかるかな。とにかく女性と関わるとロクな目に遭わない。とは言うものの人類の半分は女だ。女を避けて暮らして行けるはずもない。ボクは別に女性蔑視の考え方などなく、むしろ仲良くやりたいと思って接している。あの中学の美術教師でさえだ。

 人と人の関係だから、コジれることもあるし、上手く行かない時だってある。だが対女性に関しては、頭から嫌われたとしか言いようがないんだよな。だってだよ、嫌われる理由とか原因すら思いつかないからだ。

 世の中の半分を敵に回すような人生はどれだけ辛いかわかると思う。そりゃ、ボクにも原因がある時はあるだろうが、どうにも相性が悪すぎるとしか言いようがない。