ツーリング日和6(第3話)恋愛遍歴

 女性と言えば恋愛だが、ボクも人並みに女性に恋をした。初恋は小学校からの幼馴染だった。家も近所で仲も悪くなったと思う。中学になり勇気を振り絞って告白した。ところが、

「絶対無理」

 即答で撃沈。幼馴染なんだから、もう少し言葉を飾っても良さそうなものなのに、ズバッと切って捨てられた。幼馴染が必ず勝つ恋愛話は、ラノベか漫画の世界にしかないとあの時に学習したかな。

 初恋撃沈のショックはしばらく引きずったけど、高校でまた恋をした。明るくて、誰にも好かれる優しさを感じさせる子だった。ボクにも声をかけてくれる事もあったから、そりゃ好意が恋に変わるまでアッと言う間だった。なんとか距離を詰めて告白まで進んだけど、

「キモ、あんたの家には鏡はないの」

 一撃轟沈。さらに、

「身の程知らず」

 こんな陰口を叩かれまくり、その子のグループだけでなく、女子全員に白い目で見られてしまったと感じた。そのために、それ以降の高校時代はボッチの陰キャ生活を余儀なくされてしまった。そうボクの高校時代は暗黒時代でもある。思い出すのもゾッとする。


 大学時代は二度の手痛すぎる失恋経験から軽い女性恐怖症になってたぐらいで良いと思う。社会人の一年目は、あの教育係の女郎にイビリ倒されていたのだけど、二年目以降は落ち着いて仕事が出来るようになった。

 仕事にも生活にも余裕が出来てきて誘われたのが合コン。合コンは好きでなかったからいつもは断ってたのだけど、あの時は数合わせにどうしても必要と食い下がられてウンと言わされてしまった。急場でボク以外に本当にいなかったみたいだし、さらにがあれば、おそらく引き立て役だ。

 そんな感じで参加した。この時にボクの前に座っていた女性も場に馴染めていないようで、どうも数合わせのようだった。だけど目の覚めるような美人だった。ボクのどこが気に入ったかは不明だったが、妙に気が合って流れで連絡先の交換もしたのだけど、まさかと思った連絡もあった。

 美穂と言うのだけど、それから何度か食事をし、デートに行き、ボクはやがて夢中になった。ダメモトの覚悟を決めて告白したら信じられないけどOKをもらえたんだよ。ついに彼女いない歴イコール年齢に終わりを告げたってこと。

 そこからはトントン拍子で、同棲からプロポーズと進んで行った。互いの親への紹介も無事終わり、結婚式へと突き進んで行った。あれこれ女運の悪さはあったけど、ついに春が来たと舞い上がってたな。

 そして迎えた結婚式の当日。チャペル式だったから、美穂が父親とヴァージンロードを歩き、賛美歌。さらに神父さんが聖書の一節を読み上げてなにやら話をし誓約になった。先にボクが誓い、美穂の番になり、

「汝美穂はこの男直樹を夫とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」

 神父さんがここまで話した瞬間にチャペルの扉が突然開け放たれ、見知らぬ男が入ってきた。その男はヴァージンロードを進んできて。

「ちょっと待った」

 なんだ、なんだ。披露宴ならともかく、式の最中のサプライズは悪ふざけも度が過ぎると思っていたら、

「美穂は渡さない」

 おいおいと思いながら美穂の顔を見たら震えてた。そしたら、

「直樹さん、ごめんなさい」

 美穂は男に駆け寄って行き、手に手を取って走り去っていってしまったんだよ。あまりの出来事にボクは茫然となり、参列者も唖然となっていた。そこから騒然となったけど、式は中止、披露宴はお食事会になり、御祝儀は返却。

 まだ籍を入れてなかったから結婚はもちろん破談となり、式にかかった費用は美穂の両親が負担し、いくばくかの慰謝料を貰うことになった。なんかバタバタとこの辺のことは進んだけど、ショックが強すぎてまるで他人事のようだった。

 事情はありきたりのもので、式当日に美穂を連れ去ったのは元カレ。学生時代からの付き合いみたいで、あれだろうな、付き合いが長すぎて結婚になかなか進まなかったぐらいで良いみたいだ。

 シビレを切らした美穂はその男と別れボクと付き合ったのだけど、話に聞くマリッジブルーに襲われたで良さそうだ。つまりはボクとの結婚話を進める一方で元カレとヨリを戻してしまった事になる。

 この辺は実はもっとドロドロしていたようで、元カレは転職を繰り返した挙句のフリーター状態でもあったようだ。それに比べてボクは名の通った企業の正社員で肩書付き。美穂の卓上打算機は一度はボクを結婚相手に選んだのは間違いない。

 こんな事を自分で考えたくもないけど、そこまで決めていたはずなのに、元カレに心が戻ってるんだよ。地位も収入も安定しているボクより元カレに走ってしまった原因は男としてのボクになる。ボクでは結婚相手として耐え切れなかったんだよな。

 だから許せる云々の話じゃないけど、それだったらそれで式を延期にするなり、中止にするなり、それ以前にボクと別れろよな。悔しいけど男と女だから、婚約まで進んでいても解消になるぐらいは知っている。

 それをだよ、あんな晴れ舞台でやらかさなくても良いじゃないか。せめて式が始まる前に逃げろよな。あんな土壇場でやらかされたお蔭で、

『永遠の愛の誓いの真っ最中に花嫁に逃げられた間抜け男』

 こんなレッテルを貼られてしまったじゃないか。もっとも美穂が悪いのは誰の目にも明らかだから、男連中は庇ってくれるし、同情もしてくれる。問題は女性社員連中だよ。あいつら、そこまで言うかと思うほど噂話のタネにしやがったんだ。


 美穂との事件から悲劇の主人公ならぬ、悲劇のピエロ扱いになっていたボクを見かねたのかどうかしらないけど、大阪支社への異動の話が出てきた。出世コースによくある支社で何年か勉強してから本社に戻って云々の説明だった。

 もう少し具体的には大阪支社に異動時点で係長に昇進となり、支社での成績次第で本社に戻る時には課長補佐か課長代理も夢じゃないとか。支社勤務と言っても大阪支社は本社に次ぐ規模で、間違っても左遷ではないと付け加えられた。

 少し迷ったけど退職するほどのものじゃないし、本社の女性社員の噂話で心が凹みそうなのもあって受けることにした。だけど大阪支社であいさつした時に背筋が凍りつきそうになった。

 だってだよ直属の課長も部長も女性だったんだよ。言うまでもないけど女性だから悪いと言う気は毛頭ない。問題なのは女性がボクと深く関わる立場にいることで、これには悪い予感しか抱きようがなかった。赴任初日から部長に、

「本社のエリートさんか。そやけど出世のための腰掛けのつもりでおったら、痛い目に遭うで」

 のっけからこれではお先真っ暗だと暗澹たる気分にさせられた。だがその予想は見事に外れる事になる。二人の女性上司も仕事はさすがに出来るけど、気さくな人柄で、転任のボクに丁寧に大阪での仕事のやり方を教えてくれて、イジメとかイビリの気配もない。それどころか、

「ダテに本社から来とる訳やないな。さすがによう出来るわ。これからも頼りにしとるで」

 これも驚いたのだけど本社の女性社員連中は、ご丁寧にもあの事件を大阪支社の女性社員連中にも吹き込んでやがったんだ。だけど、そんな話には一切耳を貸す様子はなくて、

「そんなもん逃げた花嫁が悪いに決まってるやんか」
「逃げられた方を笑い者にするなんてイケズやわ」
「そんなことした女の末路がロクなもんやあらへんはず」

 なにか生まれて初めて女性がボクに味方をしてくれた気がしたぐらい。部長も、

「女運が悪いと言ってるけど、それは選りもよってのハズレの女を引いてしまっただけ。それだけハズレを引いた不運は同情するけど、死ぬまでハズレを引き続ける方がよっぽど難しい」

 所変われば品変わると昔から言うけど、大阪支社は本社と違う気がする。とにかく全人類の半分を占める女性から敵視され続ける生活は大阪にはなさそうだ。