ツーリング日和5(第21話)出会い

 ボクは遠山翔。ショウではなくカケルと読みます。住んでいるのも今にも壊れそうなボロ・アパートです。これもさらにがありまして、いくらボロ・アパートにしてもさらに破格のタダ同然です。

 理由は事故物件。そう、人が殺されたり、自殺している曰く付きの部屋です。ここの事故っぷりはかなりのもので、実に三人も自殺があったようで不動産屋さんでさえ、

「予算があるのはわかりますけど、四人目になっても化けて出てこないで下さい」

 そこまで言われましたが、無事生きてます。ボクも神戸の生まれですが、新神戸駅の西側から、あんな奥まで道が続き、その谷間にへばりつく様に家が建っているのを初めて知ったぐらいです。

 そんなところに住んでいる理由は職業がフリーター、それも掛け値なしのしがないフリーターだからです。要するにカネがないので、こんなところじゃないと住めないってことです。

 そういうところですから、近所の住人も一癖も、二癖もある人ばっかりです。どうやって生計を立てているのか、怖くて聞けないぐらいと言えばわかってもらえるでしょうか。そりゃ、どう見たってヤクやってるような人もいるぐらいです。

 そういうところでも住めば都で友だちも出来ました。本名かどうかなんて確認しようがありませんが、

「オレは金太郎、足柄山の金太郎だ」

 金太郎の商売は、う~ん、バイクショップかな。新車販売しているわけじゃなく、どこから仕入れて来たかわからない怪しげなバイクを修理して、これまた怪しげな店に売りさばいています。カブが多い気がするのですが、

「東南アジアのバイヤーにお得意様が多いからな」

 パーマに金髪、ピアスに無精髭で熊みたいな男ですが、腕は確かで繁盛しているようです。この金太郎に相談したのがバイクの購入。そんな山奥みたいなところなので、仕事に行くにも不便すぎたからです。

 仕事に行くだけならカブでもスクーターでも良いのですが、ボクはバイクも好きでツーリングに行きたい希望もありました。ですから中型ぐらいのバイクが欲しかったのです。金太郎は、

「探しといてやるよ」

 しばらくして見せてくれたのが今のバイクです。

「金太郎、予算は言ったよな」
「ちゃんと予算内だ」

 どこから調達したかは聞かない方が良さそうです。久しぶりにバイクに跨ると、忘れかけていたバイクへの憧れが戻って来ました。なんとかカネを貯めて、昔から行きたかった鹿児島にツーリングに出かけることにしました。

 どうして鹿児島と言われても困るのですが、子どもの時に最初に読んだ偉人伝が西郷隆盛だったぐらいしか言えません。ただ鹿児島は遠い。高速を利用しても、そんな簡単に行き着くところではありません。

 そこで志布志行きのフェリーを利用しています。かなり贅沢とも思ったのですが、高速利用に比べて割安だと言い聞かせています。ですから船室はツーリスト。大部屋の雑魚寝部屋です。

 夕食のバイキング二千円は高いと思いましたが、さすがにカップラーメンでは明日からのツーリングに無理があるだろうと奮発しました。食事も終わり、ボクはプロムナードで寛いでいました。船室に戻っても雑魚寝部屋ですから、寝るまでの時間を潰そうぐらいです。

 それと明日からのツーリングをどうするかも考えないといけません。もともと今の暮らしで鹿児島ツーリング、それもフェリーを使うのは無理がありました。ぶっちゃけで言うと、フェリー代だけで財布が寂しい、寂しい。

 ですから泊まりは野宿を予定しています。これだって、テント場を使えばオシャレなソロキャンとも言えますが、無料のところはともかく、有料のところは敷居が高くなります。浜辺とか河原、公園とかでの野宿です。

 志布志からですから、まず佐多岬に行って、次に桜島に行くぐらいの計画を立ててはいましたが、野宿するならどこが良いかぐらいです。この辺は行ってみないとわかりませんが、地図を見ながら目星ぐらいは付けておこうぐらいです。

 明日は野宿で良いとしても雨でも降られたら、持ってきている装備じゃ無理です。その時は・・・なんて考えている時に二人組の若い女性が歩いて来るのが見えました。ひゃぁ、こりゃ美人だと思わず見惚れてしまい。うっかり目が合ってしまったので、

「こんにちは」

 つい声をかけてしまったのです。そしたら、

「ツーリングか?」

 そう聞かれたのがコトリさんで、もう一人はユッキーさんです。聞くとお二人もツーリングみたいで話が盛り上がってしまったのです。このお二人は話し上手で、聞き上手。金太郎にも話したことがない、ボクがあそこに住むに至った理由まで話してしまったのです。

 まさかこれを他人に話す日があるとは思ってなかったのですが、美女二人に迫られて、それこそ「つい」です。そうしたら二人は同情してくれただけでなく、明日から一緒にツーリングをしようと約束させられました。

 これほどの美女とマスツーするのは願ったり叶ったりなのですが、こっちは野宿の貧乏ツーリングです。これも正直に話したのですが、

「宿は一緒で文句あらへんな。帰りのフェリー? ああそれもなんとかしとく」

 条件はあのお二人は小型バイクなので高速を走らない下道ツーリングになることです。それは構わないと言うかボクもそのつもりでしたが、不安はありました。だってまだ会ったばかりです。それなのにボクの旅費を丸抱えするような話ではありませんか。こういう上手い話には裏があるはずです。

「理由? 女だけより男が入る方が楽しいじゃない」
「話の裏? そやな、夜になったらユッキーと二人がかりで襲うぐらいや」

 ボクをこんな美女が襲うって、そりゃ嬉しいじゃなくて、

「襲われるんが怖いんやったっら貞操帯でも途中で買うとくか」
「別に襲ってもイイわよ」

 煙に巻かれるように説き伏せられてしまいマスツーをすることを了解しました。お二人のボクの境遇への同情は言葉だじゃありませんでした。どうやって調べ上げたかは見当も付きませんが、ボクさえ知らなかったあのコンペの裏事情まであっさり調べ出してしまったのです。

 驚かされたのはそれだけではありません。あの二人の乗っているバイクはどうなっているのです。峠道になってもまったく苦にしません。苦にしないどころか、ボクが付いて行くのに必死です。いや、何度か置いていかれそうになりました。

「そのこと。元が非力でしょ、坂道でも登れるように少しだけカスタムしてるのよ」

 温泉宿にも泊まらせてもらいましたが、これが同じ部屋だったのです。襲うなんて考えもしませんでしたし、もちろん襲われもしませんでしたが、指宿の宿なんて腰が抜けそうになるぐらい豪華な旅館でした。

 後は歩くのを苦にしません。それどころか、高千穂峰を登ってしまったのです。ボクは情けないことに半殺しの目に遭いましたが、二人は余裕綽々で、それこそ駆足でも登れそうなほどでした。なんて体力をしているのか目眩がしそうなぐらいです。

 それとお金持ちなのは間違いありません。そりゃ、ボクの旅費を一緒にマスツーするだけの理由で、帰りのフェリー代まで払ってしまうぐらいです。それだけじゃありません。高千穂峰に登るためだけに、ボクの分まで含めた登山装備一式を、ワゴン車で高千穂河原まで運びこんでいます。どうしてそこまでしてくれるのかと聞いたのですが、

「旅の仲間よ」

 最後は大阪南港から神戸まで一緒に帰って来て、

「ここでお別れ。今から仕事だからね」
「ホンマにブラック企業やねん」

 これで終わりかと思うと寂しさでいっぱいでしたが、

「誰が終りって言ったのよ」
「また会えるで」

 そうは言うのですが、最後まで本名も、勤め先も教えてくれませんでしたし、連絡先の交換もなしです。お二人と別れてからボロ・アパートに帰ったのですが、こんなことが本当にボクに起こったのか、もしかしたら夢でも見ているのかと思ったものです。

 それでも部屋に戻ると一挙に現実に引き戻されました。鹿児島での旅費は支払ってもらいましたが、それでも財布はスッカラカン。明日からバイトに励まないと食費にも困ります。鹿児島ツーリングは良い夢を見させてもらったと思うしかないようです。