ツーリング日和3(第33話)審査発表

 最後に出てきたのが海潮苑や。後が無くなったと判断したのか豪田は渾身の絶賛をしやがった。

「・・・これこそ日本の宝です」

 会場には白けたムードが流れとった。マイの順番が来たんやけど、

「審査委員長、このままディスカッションにしてくれへん」

 審査も公開やねん。審査員は特設ステージの上で観客に聞かれながらフリーのディスカッションやってから投票になる段取りや。

「海潮苑の感想を先に述べてください」
「言うてもかまへんけど、そこからディスカッションになるから同じやん」

 豪田はマイの評価がない部分を有利と判断したみたいで、いきなり力業で来よった。

「では優勝は海潮苑で異議はありませんね」

 マイクが壊れるか思うほどの大声やった。すると間髪入れずにマイが、

「異議しかあらへん」

 間の抜けたような声で答えたもんやから、会場がドット湧きよった。こうなってしもたらと言うか、マイがおったらあの力業は通用せんな。それでも豪田はあきらめず、

「他にロクな店はない! 海潮苑の味がわからんのか」
「豪田はんやったっけ、一つ聞いてもエエか。今まで若狭焼を食べたことあるんか」

 会場には失笑がでたわ。もう無理無理もエエとこになっとるからな。

「失礼な。ワシを誰だと思っている」
「審査委員長に座っとる若狭焼の味のわからんオッサン」

 さらに失笑が広がりよった。その通りやもんな。豪田の顔が茹で蛸みたいに真っ赤になっとるわ。

「オレは豪田太だ。若狭焼など数えきれないぐらい食べている」
「よほど変な店を選んで食べとるんやな。そこまでハズレしか行ってない方に驚くわ。ほんじゃ、教えてくれるか海潮苑の若狭地はどんなんやったんや」

 豪田はぐっと詰まって、

「酒に薄口醤油と味醂だが、いやそれだけじゃなく、これは・・・」

 豪田もタダのエセ評論家やない、あれでも味のわかる人間や。海潮苑の若狭地に不自然なところがあるんやろけど考え込んでしもてるわ。

「豪田はんが不自然に感じてるのは旨味やろ」
「あっ、うっ、そ、そうなんなのだが。一体どうしたら・・・」

 マイはニッコリ笑うて、

「そこまで気づくんやったら豪田はんもなかなかや。答えは感じてはる通りや。惜しいな、味の素が入ってるで」
「あっ、だから・・・」

 あ、味の素! こういうコンクールやったら禁じ手ちゃうんかいな。他の店は旨味を付け加えるのにダシを使っとるのに、

「ついでみたいなもんやが、本味醂やのうて味醂風調味料や。もっともやが若狭焼は酒焼きで、元は酒だけ、さらに酒に醤油を足したもんが若狭地や。酒が基本でどんな若狭地にしてもかまへん。決まりはあらへんからな。味の素を使うのもアリや」

 へぇ、そうやったんか。

「問題は美味しく焼きあがっとるかや。豪田はん、あんたも食の評論家やろ。味の素を使い、それが仕上がりにエエ影響になっとらへんののがわかってるやないか」

 豪田が黙りこんでしもたが何か勘づいたみたいやな。その時に会場から場違いな怒鳴り声があったんよ、

「豪田先生に失礼すぎる。こんな小娘に何がわかる」
「オッサン誰や」
「市会議員の中西だ」

 ほう、こいつか。アクの強い顔しとるわ。マイは席から立ち上がり厳しい顔で中西を見下ろし。

「ほなら教えたるわ。料理は心や。作る方もそうやけど、食う方もそうや」

 そこから豪田の方を睨みつけ、

「ましてや、食を評してゼニもらうのやったっら、歪んだ心があったらアカン。豪田はん、まだわからんか」

 豪田の顔色が真っ青や。ワナワナ震えてるやんか。

「料理は心、大阪から来て名前がマイ、なによりこれだけの味覚・・・ま、まさか、りゅう・・・」
「豪田はん、そこまでや。ツーリングで遊びに来て、たまたま一般審査員に選ばれただけやから、その分の仕事はさせてもうた。今のうちはタダの一般審査員や。そうしときたいんや。それともうちの名前を聞きたいんか!」

 もう豪田の顔色は土気色や。

「本日は数々の御無礼本当に申し訳ありませんでした」
「今日のことはうちの目の前でやることやない。うちの目の前やなくともやることやない。そのことだけ、よう覚えときや。二度はあらへんからな」
「は、はい。わかりました。二度とこんな事はいたしません」

 豪田は脱兎のごとくステージから逃げ出してもた。

「あれがマイの優しさね」
「気づくのが遅すぎたからかなりの深手やで」
「ほぼ致命傷だものね」

 マイは一店目で気づいて欲しかったはずや。マイの解説も一店目が一番力を入れとったし、料理人をステージに上げるパフォーマンスまでやっとる。あそこで豪田が気づいたら軽傷で済んでた。そやけど、よっぽど貰うてたんやろな。さらに、こんなとこにマイがおるはずがないと思い込んでたんも油断や。

 それ以前に、こんなとこで小遣い稼ぎをしようとした時点で致命傷やろ。そりゃ、儲かるとは思うけど、一つでもボロ出したら身の破滅や。芸能界はスキャンダルには敏感やねん。トラブルの色が着いたら即干されるからな。

「グルメ評論家なんて掃いて捨てるほどいるからね。やっとその枠をつかんだのにもったいないと思うよ」

 スポットライトの魔力ともいうらしいが、一度浴びると中毒になってまうらしい。それだけやない、まわりがチヤホヤし尽くすから裸の王様にすぐになってまうぐらいや。

「ああいう枠はつかむのも大変だけど、もっと大変なのは維持すること。でもスポットライトを浴びちゃうと、なんにも見えなくなるようね」

 そうやって短期間で消えて行った人気者は数知れずいるのは知識として知ってはいても、自分がそうなるとは思わないのがスポットライトの魔力らしい。

「そんなに有名人になりたいのかな」
「なってる間はゼニになるやろけど」

 儲かるのは儲かるそうやけど、収入が増えた分だけカネ遣いも荒くなり、さらに収入が減っても、荒いカネ遣いがそのままになるから破産してまうやつも珍しゅうもない。それでも浴びたいやつはいくらでもおるからな。その辺は他人の勝手やが、

「そういうキャラの人間じゃないと枠に入れないとも言えるかもね」
「そんな気がするで」

 ありゃ、まだ中西社長が騒いどるが、

「どうなると思う」
「国政選挙やないから落ちんやろ。ほいでもフィッシャーマンズ・ワーフは足引っ張るで」

 中西社長がフィッシャーマンズ・ワーフを買収したのは三男のためや。中西一族の中でも出来の悪い息子やったでエエやろ。そやけどお袋さんが三男を溺愛や。上の二人とは歳が離れとって、末っ子として猫可愛がりしとったぐらいで良さそうや。

「老朽化でお手軽価格だったのもあったのよね」

 買収価格はな。そやけど建物が寿命や、建て替え費用が出せへんから売り飛ばしてもたんはあるねん。この辺は中西社長の読みも甘うてリフォームで凌げると読んでたんよ。そやけど建て替えが必至になり、

「フィッシャーマンズ・ワーフの収益で賄おうとしたのよ」

 そのために若狭焼コンクールに横車を押して審査委員長に豪田を招き入れたぐらいや。一年目は大成功で海潮苑の名声が轟きフィッシャーマンズ・ワーフも儲かっとる。そやけど、

「肝心の海潮苑の料理がね」

 三男はよほどボンクラやったみたいで、フィッシャーマンズ・ワーフ全体の経営も無理で海潮苑に専念してたんや。そやのにコンクールで優勝してもたから有頂天になって、儲かったカネで遊び惚けてとるんよ。

「中西は今年も勝たないといけない羽目になったぐらいかな」

 これは中西建設の経営問題もある。市議会のボスやっとるの美味しい公共事業の蜜を啜るためやが、肝心の公共事業が小浜に限らずどこも長年の先細りやねん。

「とくに中西建設は公共事業に頼り過ぎの面があったからね」

 民間事業は競争も激しいし、利幅も薄いんよ。

「だからフィッシャーマンズ・ワーフに手を出したんだろうけど」
「多角化ってやつやろけど」

 本業が苦しくなった時に新たな収益の柱を立てようとするのは常套手段やが、失敗したら足を引っ張るだけになる。フィッシャーマンズ・ワーフの建て替え問題も、

「三男の店を潰せるかな」
「潰さんでも潰れるやろ。それよりフィッシャーマンズ・ワーフを損切り出来るか出来へんかやろ」

 コンクールでマイが大暴れしたら中西社長が口を挟んで来るのはミエミエやったから、シノブちゃんにちょっと調べてもうてた。使う必要もなかったけど、

「若狭牛のすき焼きセット十人前にしといたよ」
「それぐらいはいるよな」