ツーリング日和2(第31話)グルメ問答

 やっと新門司着いたわ。さすがにくたびれた。こっちに停めろってことやな。カウンター行ってチケットもろてきて。呼ばれるまで待機や。

「船ってフェリーやってんや」
「フェリーはエエで」

 ツーリングで一度使うたら病みつきになるで。係の人が来てチケットの半券切って、こっちに行ったらエエんやな。一台ずつ乗船か、

「マイ、これから乗船します」
「最後の最後に転ぶなよ」

 フェリーに乗り込みバイクを置いて、

「船ん中にもエレベーターがあるやんか」

 五階にあがると、

「ムッチャ豪華やん」

 六階の部屋に入っても、

「旅館みたいやんか。窓は障子やし、開けたら海や」

 スイートで予約しとってんけどデラックス和室に変更しといた。スイートは二人部屋やからな。縁の無い琉球畳やけどオシャレにまとまっとるわ。風呂はあらへんけどトイレがあるのはありがたいで。

「外も出れるんや」

 そりゃ見たいやろ。デッキに出て出航風景を見物して風呂や。これも秘密やないけどフェリーの女風呂は空いてる事が多いんよ。そりゃ、いくら豪華に見えてもメインのお客さんはトラックの運ちゃんやもんな。

 今日は貸し切り状態や。ツーリングの後の風呂は最高や。一日風を受けっぱなしやし、頭はメットをずっと被っとる。すっきり汗も流せたわ。

「売店もコンビニ並みやんか。へぇ、キッズ・コーナーもゲームセンターもカラオケもあるんや。こっちの自動販売機コーナーなんか何台あるんや」

 そうやねん。ビジネスホテルなんかより、よっぽど充実してるんよ。

「ご飯はあそこか」
「行こか」

 すっきりしたから腹も減ったしレストランに、

「こうなってるんや」

 阪九フェリーはカフェテリア・スタイルやねん。今日のおすすめは、

「黒瀬ブリって宮崎の串間のじゃない」
「ダチョウのたたきも試してみよか」
「鶏のみそ漬け焼きにミルフィーユ・チーズカツって面白そうやんか」

 トレイを持って小ケースの前を通りながら自分で選んでいくシステムや。こういうのは何があるかワクワクさせられるんよね。マイが心配そうに、

「なんでもエエんか」
「心配せんでも後できっちり精算するさかい、遠慮なんかいらん」

 最初は小鉢がずらっと並んどって、次は刺身やな。

「ブリのハラミって黒瀬ブリよね」
「スモークサーモンにダチョウのたたきもここにあるな」

 サラダとフルーツコーナーみたいなのがあって、そん次が魚の焼き物系か揚げナスとか味噌煮もあるやんか。

「黒瀬ブリのかま焼きもあるね」
「鶏レバーを焼いたんもエエな」

 次がおにぎりとおつまみみたいな感じやな。その次がメインデッシュ的なもんで、おすすめにあった鶏の味噌漬け焼きとか、チキン南蛮とか、豚の生姜焼きもあるな。次はおでんやな、

「玉子と大根と厚揚げ」
「スジに丸天もや」

 ここでオーダー料理も注文できるんか。ステーキやグラタンまであるんやな。

「ローストビーフ丼下さい」
「コトリは長崎皿うどんや」

 最後にご飯と味噌汁頼んで会計や。ビールも頼んで、

「黒瀬ブリはなかなかね」
「ダチョウは今まで手を出さんかったけど、こりゃ行けるな」

 レストランは高級ファミレスぐらいオシャレや。マイも、

「美味しいやんか」

 コスパはエエで。そりゃ、家で食べたらそれなりやけど、フェリーで食うのが美味いんよ。山登ったりキャンプで食べたらなんでも美味しく感じるみたいなもんや。

「マイもそう思う。料理って、料理そのものの味が一番大切やけど、美味しく食べてもらうための演出がそれに負けへんぐらい大事やねん。盛り付けや皿、部屋の調度なんかもそうや」

 さすが龍泉院の娘やな。

「それだけやあらへん。接客も大事や。いくら美味しいもの出しても接客で気分が悪なってしもたら、全部台無しになるねん。料理は心やねん。心で味が変わるねん」

 関白園に較べたら負けるやろうけど、

「負けてへん。フェリーに乗ってるってだけで美味しなるに決まってるやん。それにやで、こんなとこで関白園の仰々しい料理食べても美味しないと思うで。料理はその場と雰囲気に合わせるんが基本中の基本や」

 ようわかってるやんか、

「この雰囲気と値段とメニューのバランスが絶妙や。料亭の味は美味しいと言われるけど、あれは料亭で食べるから美味しいんや。他で食べても美味しいかもしれんけど、どこで食べても最高と思うのは間違いや」

 こんなんフェリーの厨房のコックが聞いたら涙流して感動するやろな。そりゃ、龍泉院の娘が絶賛してくれてるんやから。ほいでもさすが食の名門の娘や。よくあるグルメ気取りと根本的にちゃうわ。

「妙なグルメ気取りはいるものね」

 おったおった。東京のなんたらってフレンチやった。料理もサービスも悪なかってん。ユッキーと楽しんどってんけど、隣のテーブルの客がとにかくウルサイねん。メシ食いながら話するんはエエんやけど、その店の料理貶しまくりやってん。

「そうだったね。パリのだとか、マルセイユはだとか・・・」

 ようおるタイプやけど、オレは本場の味を知っているって鼻にかけるやつや。返す刀で日本のフレンチぶった切りで悦に入るやっちゃな。

「一緒に来ていた女の子が格好良かったね」

 そやった。日本人と欧米人やったら食事の楽しみ方がちゃうんよね。欧米人は一品一品食べていく感じや。それやったらわからんか。一つ食事を終えたら、そやな、うがいでもして口の中の味を消して次の料理の味を楽しむ感じやろ。

 日本人は口内調味とも言うけんど、前の料理の味を残しながら、次の料理の味を積み重ねていく感じやと思たらエエ。単品の味わいやのうて、積み重ねていくことによる変化を楽しんでると思ても良いかもしれん。

「まあ料理の質が違うからね。クラシカルな本格派のフレンチはとにかく重いし、やっぱり脂っこいよ」

 そんなフレンチの味の積み重ねなんかやったらたまらんもんな。そいでやな、その時の女の子が言い放ったと言うか、質問したんよな。

『あなたはラフィット・ロートシルトをどういう目的でオーダーしたのですか』

 言うまでも無いけどボルドーの一級メドックの超高級ワインや。あんな店で飲んだら二十万円で利かんやろ。あそこのフレンチは日本人向けに口内調味を前提にした軽くて繊細なフレンチやってん。

「欧米人の食事中のワインって、口の中の脂をタンニンで洗い流す役割があるのよね。旨味も同時に断ち切って次の料理を楽しむぐらいかな。だからかもしれないけど、強いワインほど高級とされてる傾向があるものね」

 ユッキーよりもっとシビアにドライに言い切りよってん。要はその店のフレンチにまったく合っていないワイン、それも目を剥くような超高級ワインを選んだのは、

「そうよね。カネをドブに捨てるようなセンスしかない、究極の味音痴と言っちゃったもの」

 これも伏線があって、それまでラフィット・ロートシルトがあるからこそ、なんとか食べられる料理になってるって言いまくっとったからやねん。マリアージュの基本を根本的にわかってなかったってことや。

「それ以前じゃない。ラフィット・ロートシルトを知ってるボクちゃんエライだよ、あれ」

 それが買える自慢もな。するとマイが、

「料理とお酒の組み合わせは難しいんや。たとえば和食とワインでも合うのはあるけど、やっぱりワインは基本的に旨味を消すんや。そやけど日本酒は逆や。味を引き立てるんや。無理して和食とワインを組み合わせるのは、料理の質と味わい方がちゃうからせん方が無難や」

 逆もまた真なりのところもあって、日本酒でフレンチなら料理が重くなってまうところがある。

「ホンマは日本酒でも差があって、料理ごとに変えたいぐらいやねん。これは人によって飲むる量が違うから難しいんやけど」

 関白園でもその日のメニューによって日本酒を変えるのが精いっぱいらしい。

「そやねん。そもそも飲めへん人もおるからな。お得意さんやったら、そこまで出来るけど、一見さんにそこまで出来へん」

 この際やから聞いといたろ。ビールはどうやねん。

「ビールはな、しゃ~ないねん。今さらどうしようもないぐらい入り込んでしもてるさかい。そやけど、それなりに我慢できるぐらいやな」

 ビールがホンマに合うのは結構シンプルな料理やねん。それこそ茹でたジャガイモにソーセージの世界や。そやから繊細な和食には最後のところで合わんとこはある。そやけど、そこまで角立てるのは関白園でも無理やろな。