ツーリング日和2(第16話)杉田さん

 コトリさんとユッキーさんが去った後にボクたちは杉田さんと喫茶店に入りました。

「オレも売れないユーチューバーだったのだよ・・・」

 あれこれ売れるために試行錯誤を繰り返したそうですが、

「色々やったよ。でもな・・・」

 今のボクたちよりは遥かに売れてはいたようですが、

「君たちもいずれわかる。どう言えば良いのかな。ある種の壁にぶち当たるのだよ」

 PVも登録者数も横ばいからじり貧傾向になったそうです。ですから加藤さんと知恵を絞って新企画を考えたそうですが、

「番組のキモは企画だ。いかに斬新な企画を打ち出していくかがある」

 これはわかります。ボクも原田と常に考えています。

「だがな人間の知恵にだって限界がある。バイクと言う制約があるのも大きいかもしれない。あれだけ競ってマネのしあいをするから、いくら考え出してもすぐに消費されてしまう」

 ボクたちも人気ユーチューバーの企画のマネから入っています。杉田さんはあれこれ新企画をされているうちに、

「ある種の迷路に迷い込んだと思ってもらえれば良い。評判こそ悪くなかったが、やっているこちらが面白くなくなってしまったのだよ」

 それが阿蘇でコトリさんやユッキーさんと出会った頃のようです。

「オレたちは根本を見失いかけていたのだよ。なんのためにモト・ブロガーをやっているのかってな」

 杉田さんは真剣な顔になり、

「オレはバイクが好きだ。好きだからバイクの楽しさを見る人に感じて欲しいと思ったし、それでバイク好きが一人でも増えて欲しいぐらいが始まりだ」

 それはモト・ブロガーなら誰だって、

「そうだよ。でも、それじゃ足りないんだよ。他人の事を言えないが、上っ面だけじゃダメだ。バイクの楽しさの本質を伝えなきゃいけないんだよ。それを教えてくれたのが、あのお二人だ」

 それって極意みたいなものとか、

「そうじゃない、モト・ブロガーの根っ子のようなものだ。これがしっかりしていないと、小手先に流されてしまう。小手先で細工をしても限界が来る」

 それが杉田さんが直面した壁なのか、

「それだけじゃない。あれこそプロの壁だ。モト・ブロガーで食べたいのならプロにならなければならない。オレも加藤も甘すぎた」

 プロの壁って、

「オレと加藤はある人物を紹介して頂いた。そしてその方の仕事ぶりを見せてもらったのだ。あれこそ衝撃だった。頭を思いっきりぶん殴られたようなものだ」

 杉田さんたちが紹介してもらったのは分野こそ違うもののプロの中のプロのような人で良さそうです。その仕事ぶりは緊張感が溢れていると言うより、殺気が漂っているとした方が良いぐらいだったそうです。

「とにかく貪欲なのだ。良く完璧を求めると言うが、そんなものではなかった。完璧など当たり前で、そこからどれだけ積み上げるかに魂を燃焼させておられた」

 聞くだけだ背筋が寒くなるような仕事ぶりで、非常に高い理想を常に抱き、

「少しでも自分の理想に及ばないと感じる部分があれば、他がどんなに良く出来ていても、一円の価値もない駄作だと見向きもされなかった」

 そこまで、

「一切の妥協がないのだよ。いや、それでは言い足りない。妥協を蛇蝎のように嫌われ排除されていた。本当のプロの仕事とは、ここまでするのもだと思い知らされた」

 鬼のような人だな。その人って、

「これは秘密にしておいて欲しいのだが、麻吹先生だ」
「麻吹って、あの麻吹つばさ・・・」

 ボクだって知っている世界一のフォトグラファー。

「麻吹先生は写真とはアートであり、アートに限りなどはあるはずがないと仰られた。麻吹先生は写真の行き着く先を見たいと言われたが、

『そこまで行き着けば写真はAIにやらせる』

わかるか。麻吹先生であっても完成形の写真などこの世に存在せず、常に先を見られておられる。麻吹先生にとって今日の傑作が明日の駄作になるのは当然すぎるぐらいに考えておられる」

 トップ・プロとはそこまで。

「麻吹先生の口癖のようなものだが、プロの写真とは上手い写真ではなく売れる写真とされておられる。売れてこそプロと名乗ることが出来、食えてこそ本当のプロということだ」

 食えてこそプロ・・・

「好きな写真で食べたいのならシャッター一つに命ぐらいを懸けるのは当然とも言われた。厳しいのが嫌で、楽しく撮っていたいのならアマチュアで遊んでおれとな。それも写真の楽しみ方の一つだと」

 これは厳しいな。

「君たちの番組も見させてもらった。撮影技術は褒めておこう。さすがは専門学校で学んだだけの事はある」

 それほどでも、

「だが、それだけだ。麻吹先生に言わせれば型に嵌った、おもしろくもおかしくもない小綺麗な写真に過ぎない。ところでだ、コトリさんやユッキーさんと一緒にツーリングして、何か感じる事はあったか」

 それは・・・視線の変え方だと思います。この世に情報は氾濫していますが、そのすべてを知っている人はいません。ある人には常識でも、そうでない人には未知の知識です。これをツーリングと言う視点で見直せば、新しいツーリング・スタイルの提案が出来そうな気がしています。

「まだまだだな。だがそれぐらい感じ取れれば合格として良いだろう」
「合格って」

 杉田さんは厳しい顔をして、

「フォトグラファーと違いモト・ブロガーには師弟関係はない。だからオレも弟子を取る気など毛頭ない。だがコラボはある。君たちが望むならオレとコラボやってみないか」

 杉田さんとコラボ、いや一緒に仕事が出来るなんて夢のようです。でも、そんな事をすれば杉田さんのテクニックを盗んでしまうことに、

「コトリさんたちは伸し上がるにはライバルを蹴落とす事だとされた。これはプロの仕事であれば当然だ。プロとして食べて行くと言うのはそういうことだ」

 さらに杉田さんは、

「プロと言うのは進み続ける人種でもある。進むために何が必要かがわかるか。それは蹴落としてやりたいと思うほどのライバルの存在だ。蹴落とせるような連中はライバルではない、蹴落とせないからライバルだ」

 ここでニコッと笑って、

「麻吹先生の受売りさ。強大なライバルの存在は切磋琢磨の糧になり、さらなる高みを求めるモチベーションになる。追いついて来るなら突き放せば良い。ただ、それだけの事だとな」

 なんという自信、

「麻吹先生の足元にも及ばないが、君たちとコラボして盗まれたテク如きでオレは脅威を感じない。むしろ君たちが成長してライバルになってくれる方が、オレはさらに大きくなれるはずだ。それで君たちに蹴落とされるようであれば、そこまでの人間であったに過ぎない」

 そこまで、

「まあ白状しておくと、お二人に頼まれたのだよ。見どころはあるから、ちょっと助けてやってくれとな。あのお二人の眼鏡に適うのなら君たちはこれから伸びる。それだけは自信を持っても良い」

 そんなことを杉田さんに頼めるコトリさんやユッキーさんとは、

「見ての通りの女神だよ。バイクもお好きだ。バイク文化が継承され発展するにはオレたちのようなモト・ブロガーの活躍が重要と判断されておられる。オレや加藤も見込まれたのさ。だから今がある」

 じゃあボクたちも、

「オレの仕事から盗める物は盗んで行け。それが明日のバイク界のタメになる。あのお二人の判断に間違いなどない」

 そこから杉田さんの番組撮影にコラボと言うより協力させて頂きました。三日間でしたが、どうしてあれほど杉田さんの番組に人気があるのかの秘密の一端もわかりましたが、それより何より仕事への姿勢の真摯さを学んだ気がします。

 ごくごく当たり前の話ですが、遊んでいてウハウハの仕事はありません。楽しく魅力的な番組を作るためには、どれだけの汗をかけるかがすべてなのです。それとこれは杉田さんの仕事の秘訣みたいなものだと思いますが、汗をかくのを楽しんでおられます。

「苦しいとか辛いとしか感じないのであれば、どこか方向性に間違いがあると思えば良い。これはラクしようとは違う。オレたちが伝えるのはバイクの楽しさだ。楽しいの表現するのに手間とヒマをかけるのは当然だが、楽しくもないものを楽しいと見せるのはどこか間違っている」

 ボクも原田も杉田さんとの三日間のコラボで何かをつかんだ気がします。松山からの帰りに、

「いつか恩返しをしたいな」
「そのためには成長しないとな」

 いつの日か一流のモト・ブロガーになり、、ツーリング先のどこかであの赤と黄色の二台の原付に巡り合うのが夢です。いつの日か必ず出会えると信じています。