ツーリング日和(第14話)謎のバイク

 オレは小さな頃からバイクが好きで、好きが昂じてレースにも出ている。まあプライベーターだが、それなりの成績ぐらいと思ってもらえば良い。あれは石鎚スカイラインに行った日のことだ。クルマがいない時を狙って早朝に出かけたのだが、

「杉田さん、おはようございます」
「またやってるのか。エエ加減にしておけよ」

 あいつらも懲りないやつらだ。鳥居を潜って、長尾尾根展望台まで走って休憩した。あそこで御来光の滝を見るのが好きでな。また走り出したら下からバイクが上がって来たのだ。

 あいつらかと思ったがバックミラーに移るのは赤と黄色の二台の小型バイクだ。その二台だが、オレを一瞬で追い抜きやがったんだ。さすがにムカッと来て追いかけようとしたが、なんだよアレ。このオレが必死になって追いかけようとしても追いつけないんだよ。

 見た目はリア・キャリアに大きなボックスを付けたツーリング仕様。それだけじゃなく、あのバイクは走りを目指したスポーツ・タイプじゃなく、ニーグリップも出来ないノンビリ走りを楽しむタイプだ。

 乗車姿勢も前かがみになって抵抗を減らすのじゃなく、体を起こして乗るタイプだ。前を走る二人もそんな姿勢でツーリングを楽しんでいるようにしか見えない。だが追い抜くどころか、逆に離されて行ってしまうのだ。

 信じられないのだが、加速が違う。オレがカメだとすれば、あっちはウサギぐらい違う感じだ。ひょっとしてオレのバイクにエンジントラブルが起こっているのじゃないかと思うぐらい違う。

 土小屋テラスで止まったから声をかけようと思ったが、そこにバイクの集団。ややこしい奴らが上がってきた。あいつらまた賭けレースやってやがるのか。関わり合いになりたくなかったから、オレはUFOラインに去って行った。


 走りながら考えていたのはあのバイクだ。あれはノーマルなら一二五CCで十馬力程度のはずだ。エンジンが強化されているとしか考えられないが、少々ボア・アップしたところで普通なら十五馬力が関の山だろう。だが、そんな馬力じゃあれだけの加速は無理だ。

 よほど大きなエンジンに換装しているとしか考えられないが、見た目はノーマルサイズだ。というか、バイク全体に改造している気配すら感じられないんだよ。それに大きなエンジンを積めば、当たり前だがエンジン重量も増える。増えればフレームからの再設計も必要になる。

 これも言うのは簡単だが、作るとなれば半端な手間じゃない。バイクはクルマより、その辺の影響が造りがシンプルな分だけ大きいのだ。だが、あの走りはそんな影響をまったく感じないものだった。

 エンジンと言えば、あんなエンジン音を初めて聞いた気がする。なんだろうあれは、口で説明するのは難しいが、オレが聞き馴染んだ音とはあきらかに異質だ。だがガソリン仕様であるのだけは間違いない。


 オレはレーサーもやっているが、それじゃ食えないから、バイク・ジャーナリストもやっているし、モト・ブロガーとしてユーチューバーもやっている。自分で言うのもなんだが、なかなかの人気でそっちの収入でレースも参加できてると思えば良い。

 またそのためにも業界にも顔が広い。あの日に乗っていたバイクもメーカーから試乗インプレッションを依頼されたものだ。だから走行風景も車載カメラで撮っていて、何度もあの二台の走りを見直した。ライダーの腕は素人だ。あれはやはりバイクが化物だ。

 モト・ブロガー仲間の加藤にも見てもらった。加藤は大阪出身で、オレは東京だ。あれこれあって二人とも愛媛に住んでいる。ビデオを見た加藤だがCGじゃないかと言われたぐらいだ。オレだって知らずに見せられたらそう思うだろう。レース用の特注車の可能性も考えたが、

「ナンバー取ってるから改造車と見る方が妥当やろ」

 それもそうで、見た目は限りなくノーマルに近い。あえて違う点はオイルクーラーが付いているぐらいだ。

「その程度のカスタムはあるもんな」

 他は加藤が目を凝らした末に見つけたもので、前輪のディスクがダブルだ。これはまず見かけない改造だが、あれだけのパワー対策ぐらいしか感想が出なかった。いくつでも疑問が湧いてきたが、

「そこなんよな。そこまでの走りを追及するのに、ベースがどうしてあのバイクなんや」

 あれのノーマル版はオレも試乗したが、一言にすれば楽しいバイクだ。あれだけ小さいのにそれなりに走るし、走るのが楽しくなるバイクぐらいに言えば良いかもしれない。いかにも昔ながらのバイクの印象のスタイルだ。それでいて可愛いぐらいかな。

「それは同じ意見や。たしかに良う出来たバイクやが、走りの能力的にはあれはあれで精いっぱいや。そやからカスタム言うてもドレスアップがメインやもんな」

 パワーアップの改造バイクを市販車から作るなら、ベースには車体に余裕があるのを選ぶ。あのバイクはあれで完成品のようなバイクで余裕がなさすぎるから、選ぶことはまずない。加藤はしばらく考え込んで、

「杉田の言う通り、ライダーの腕は素人や。だが、そのためか、あのバイクの能力の極限で走ってない気がするわ。たとえは悪いが、大昔によくあった初心者のポルシェと軽四の対決みたいな感じや」

 そういう企画は昔からよくある。初心者はポルシェのパワーを持て余してコースアウトやスピンもやったりするが、直線のスピードが話にならず、少し慣れたらプロドライバーの軽四をぶっちぎってしまう。

「あいつらにも聞いたんやろ」

 気になってあの連中に聞いてみたら、これも信じられないような話だった。あのバイクは四人連れのツーリングだったようだ。賭けレースとして一人頭につき五万円を吹っかけているのだが、レース自体は女二人組とあの連中になったようだ。

 結果はあいつらの惨敗だ。だから賭け金を取れずに山を降りようとしたそうだ。ああいう連中の流儀は勝てば取り、負ければ去るぐらいだ。いや、負けても相手によっては因縁を付けたりさえする。

「なんかやらかしたんか」

 鳥居に引き返そうとしたところを呼び止められ、逆に賭け金として一人頭五万円を要求されて呑んでいる。

「そんなアホな。あいつらがそんな要求を受け入れるか! 十人もおってんやろ。それに受け入れたって払えるもんか」

 オレもそう思ったが、

『怖ろしい目で睨みつけられて、ピクリとも動けんようになった。ありゃまさに蛇の前のカエルじゃった。生まれてからあんな怖ろしい目にあったんは初めてじゃ。あそこで逆らうなんてがいに、がいに』

 財布を取り上げられ、ポケットも全部裏返しにされて小銭もすべて巻き上げられた末に、まだ足りないとして、指定された二台を谷に突き落とされる寸前まで行ったそうだ。最後はトイチの証文で許してもらったらしい。

「信じられへんな」

 加藤が信じられないのはわかるが、余程怖かったようで、ションベンちびるどころか、ウンコを漏らしたのもいたそうだ。話を聞いた時点でも、顔に恐怖がありありと浮かぶどころか、途中から震えだし泣きそうになっていた。


 加藤に相談したのは、謎のバイクの正体を知りたいのもあったが、あまりにも突拍子のないビデオだから、これをユーチューブにアップするかどうかの相談もあった。

「やめた方がエエ」

 やっぱりそうか。こういう動画を競って挙げていた時代もあったようだが、今はコンプライアンスがうるさい。理由は誰がどう見てもスピード違反だからだ。下手すればオレも捕まりかねないし、そこまで行かなくとも炎上しかねない。それはわかっていたが、謎のバイクの情報を集めるにはネット情報が必要なんだ。

「バイク仲間のSNSまでやな」

 これもリスクはある。あれこれ話し合ったが保留にはなった。とりあえずモト・ブロガー仲間にも声をかけて情報を集める事にした。

「石鎚の幻やな」
「でも幻じゃない実在する」