謎のレポート(第21話)クリープを入れないコーヒー

「後半のSM部分も小説にしたらおかしいよね」
「そうやせっかく凶悪犯を主人公にしてるのに、あれやったらサビ抜きの鮨とか、辛子のないおでんとか、七味がないキツネうどんとか、クリープを入れないコーヒーみたいなもんやんか」

 クリープを入れないコーヒーは今どき言わないと思うけどそうだよね。そうそう女だってSM小説や、エロ小説を読むんだよ。もちろん隠れてひっそりね。読んでるのをバレるのは男だって恥しいだろうけど、女ならなおさらだもの。

 これも知ってる人は知ってると思うけど、エロ小説、SM小説の書き手には実は女が多いんだよ。これも女が書いてるとバレないように男のペンネームにしてるけどね。つまりは、それぐらい女も読んでるってこと。

 男と女の書き手の違いだけど、女が書いた方が、女の心理描写や、感じかたの表現の細やかさに差があると思うんだ。あればっかりは実経験の差が出るし、男じゃ経験しようがないもの。

「シノブちゃんも詳しいね」
「いいえ、ユッキー副社長の足元にも及びません」

 熊倉レポートをSM小説と考えると、マゾの主役はもちろん熊倉。それも折り紙付きの凶悪犯になる。ここで読者が期待するのは、美少女に性転換されてしまった運命なんだよね。

「そんなもったいぶらんでも、どれだけ苛酷なマゾ調教を受けさせられるかやんか」
「凶悪犯だから情け容赦なしって受け取るのよ」

 ぶっちゃけそう。超弩級のエグさのマゾ調教を読者は期待するんだよね。

「それなのにムチばっかりじゃない」
「そうや、ムチを使うのも常套手段だやけど、ムチだけってなんやねん」

 それはシノブも思う。ムチしか使わないから、読者全員が期待しているあれが始まらないんだよ。

「まず処女を散らさないとね」
「いや、まず取引や」

 さすがにこの二人は詳しいな。展開にもよるけど、処女を守りたい主人公に持ちかけられるのが取引。ここはバリエーションが多いけど、

「フェラチオが多いな」
「そうね、泣く泣く咥えさせられて、最後は口の中に出されるまでね」

 処女を守るための究極の選択として持ち出されるんだよ。屈辱と嫌悪感にまみれながら、泣くような思いで口で咥えるんだよ。それだけでも限界なのに、咥えた途端に追加条件も出されて、これも処女を守るためだと懸命になって応えるぐらいかな。今回は主人公が元男だから、その辺をどうするかにワクワクするところなんだ。

「そこから裏切られるのよね」
「落花無残さを競うところや」

 そうここが序盤の最大のヤマ場なのよ。いかに無残な目に遭わせて処女を散らせるかの腕の見せ所だよ。屈辱の取引条件を満たしたのに、騙されて身動きできない状態にされてしまうのが多いかな。

 男を罵るけど、鼻で嗤われてしまうぐらい。そこから防ぎようもなく濡れてもいないところに男が突き付けられる。絶対に入れられたくないから死力を振り絞ってアソコに力を入れるのだけど、それを嘲笑うように男は侵入してくるんだよ。

 ついにメキッて感じで処女膜が破られ強烈な喪失感を覚えるのだけど、男の侵入は止まるはずもなく、ついに奥まで貫通されてしまうんだ。もちろん、この時の男はすこぶる付きの巨根だよ。だから子宮の奥まで貫かれてしまったと感じるぐらい。

 そこから男が動き出すのだけど、男の一突き、一突きに、もう逆戻り出来ない体にされたことを心に刻まれていき、

「律動と射精がわかるんだよね」
「体の芯まで全部穢されてもたや」

 処女を散らすシーンは読むほうも楽しみにしてるけど、ここはまだオードブル。処女が散ったことで調教は本格化していくんだよ。

「あれこれパターンはあるけど、次のクライマックスへの盛り上がり部分になるよね」
「心の動揺が読みどころや」

 次のクライマックスへの序章は、処女を奪った憎い相手に感じてしまうこと。そうなっている自分の体に驚き狼狽するぐらいかな。心は必死になって否定するのだけど、体に火が着いていくのを自覚させられていくんだよ。

 そうなっているのを男に見抜かれて、嘲笑される悔しさ、悲しさを味合わせられる。やがてチャンスと見た男に延々と責め立てられ、どんなに感じまいとしても、頂点に向かってドンドン追い詰められていく。このあたりの工夫は見どころなんだけど、

「オモチャや機械を使うパターンもあるね」
「媚薬もあるで」

 ここも女ならオナニーすらしたことがない設定にしたりも多いね。元男だって初めての感覚に動揺しまくる感じ。未経験だけど、これは憎い男の前で感じてはならないのだけはわかるのよ。それなのに、時間の問題で来るのがわかってしまうぐらいかな。

「ここも白眉よね。死に物狂いで我慢して、耐えに耐えるのよね」
「そして、限界を迎える」

 どうにも出来なくなった体の裏切りを恨みながら、悔しすぎる最後の瞬間を迎えてしまうぐらいだよ。とくに主人公は元男だから、

「元男にとって女のイクがどれほど屈辱的なものだとか」
「恥辱の女のイクなのに、どこか戸惑うとかもあるで」

 次はマゾ奴隷に堕ちていく段階に進むんだよ。ここでのポイントはイクを覚えさせられてしまった女の体の哀しみかな。憎い男にイカされるのは屈辱だし、恥辱なのに、そんな心とは裏腹に体が裏切るどころか、喜んでしまう状態になっていく。

 そうだね、どんなに心で頑張っても、体がイクを求めてしまう女の体の弱さを主人公は思い知らされてしまうぐらい。イクが来たらこらえようがなくなり、次第次第に体だけではなく心さえ求め始めてしまう。

「イクのが止まらんようになって、我を失うぐらいにイキまくるだけやなく、自分の心がいくらでもイクを求めてまうんや」
「どうしようもなくなって崩壊するのよね」

 男が与える女の快楽に次々とプライドが打ち砕かれ、その快楽に溺れるだけでなく、すべてを支配されてしまう。ついには処女を奪われた男に身も心も屈服し、その男に与えられる快楽がこの世のすべてになるマゾ奴隷の誕生だ。

「羞恥や屈辱の追加もあるよね」
「元男でありそうなパターンなら・・・」

 そこまで堕とされても残る羞恥は、旧知の人間にだけは知られたくないになる。なのに男であった時代、そうだね、選りによって自分を罠に嵌めて女にし、マゾ奴隷に堕とした憎んでも憎み足りない張本人の相手をさせられるのはよくあるパターンかな。

 ここはオモチャ責めだね。体は無慈悲なぐらいに感じてしまうんだよね。為す術もなく追い込まれて行き、聞かれたくない喘ぎ声が止まらなくなり、見られたくない体の悶えを止めようもなくなってしまい、たちまちイク寸前まで追い込まれるのだけど、

「焦らしやな」
「男のモノが欲しいと自分で言うまで延々と寸止めね」

 それだけは口が裂けても言いたくないのに、体が耐えようもなくなってるから、もっとも卑猥な言葉でお願いを何度もさせられる。世界一憎むべき男が死ぬほど欲しいってね。そこまで言わせておいて、宛がうだけでわざと入れないんだよ。
 
 もう欲しいしか頭にないから、思いつく限りの懇願の言葉を並べたてさせられて、ついに心も体も待ち望みきった男が貫いてくる。貫かれるだけで歓喜に襲われ、奥の奥まで貫かれた瞬間に、頭の中が真っ白になり、絶叫とともに大絶頂に達し途轍もない満足感に浸ってしまうぐらいかな。

「そこから寸止め地獄から、イキ地獄にチェンジや」
「憎い男に極限のイキまくり状態を晒してしまうだけじゃなくて、その男にも完全に屈服してしまうのよね」

 この辺はバリエーションは多くて、教師ものなら元同僚に次々と体を開かされたり、元教え子に輪姦されたりもある。耐え切れないほどの恥辱なのに哀れなほどにイッてしまうだけではなく、自ら欲してしまうのも止められなくなってしまうぐらい。

「後はオプションね。色々あるけど」
「やっぱりアナルやろ」

 女の書き手がアヌスを描く時の参考資料はBL小説で良いはずなんだ。女がこの手の小説に手を染めるスタートがBL小説の事が多いからね。BL世界での扱いの特徴はとにかく美しく描写してあって、男同士の禁断の行為にすぐ酔いしれるぐらいになってる。

 BL世界のアヌスを知識として投影してるから、すんなり貫かれ、すぐに感じるぐらい。すぐにアソコと同等、下手したらそれ以上を感じる場所になっちゃうんだよ。でも女の書き手でもアヌス経験者なら、書き方は変わってくると思ってる。

「そうよね。経験者が書いたら初アヌスにいきなりはないよ。そんなことをすれば切れ痔になるだけだもの。拷問並みの大量浣腸をかけて、丹念に揉み解してからだよ」
「それでも早いわ。指三本ぐらいまでは拡張してから、メリメリって貫いてく感じや」

 そうなんだよね。いきなりじゃ、どう考えても痛そうだし切れ痔になるよ。それよりなにより、アヌスなんかでやりたいものか。

「だからこそマゾ調教として出てくるんよ。処女を散らされる以上の屈辱と恥辱やんか」
「そうだよ。すぐにアナルでもイクように調教されて、二本差しの世界に進むんじゃない」

 こいつら五千年も女やってるから、アヌスだってやりまくりの感じまくりだけど、シノブは絶対NGだ。

「この辺までは王道ね」
「そうや、基本中の基本や」

 ここでだけど、こういうSM小説はあくまでも作り話だし妄想世界なのよ。あえて言えば女の持つ被レイプ願望の投影。被レイプ願望も勘違いされやすいけど、レイプされたいのは妄想世界限定のお話。ぶっちゃけオナニーのオカズ用。

 それとこれは何度でも強調しておくけど、女はやりたい男以外には感じないの。そう、まず心をその気にさせるステップが欠かせないってこと。体だけ勝手に感じてしまうのは妄想世界のお話。

 妄想世界の中で嫌な男に無理やり犯される設定はポピュラーだけど、あれってね、設定は嫌な男だけど、その前の大前提があるんだよ。そんな嫌な男に犯されたい、感じさせられてイカされたいと思ってるってこと。

 わかるかな。現実世界に、嫌な男だけど実は犯されたい男なんて存在しないのよ。どこまで行っても嫌な男は嫌な男で、誰がやりたいと思うものか。ここは大事だから覚えといてね。勘違いしてる男が多すぎるけど、女は複雑なんだよ。

「実行動に出来るのは、よほどマゾ気質が強い女だけだろうね」

 ここも付け加えておくと、マゾ気質の強い女が実体験しても、そう簡単にはマゾ奴隷にならないよ。それどころか、自分の妄想通りに感じたりもまずない。それぐらい妄想世界と現実世界は別物って事こと。


 さてだけど、SM小説を楽しむ上の重要エッセンスであるはずの、定番のマゾ調教シーンが処女が散らないから一向に展開しないのよね。そりゃ、この続きにあるかもしれないけど、

「そうだよね、もうマゾになるための調教じゃなくなってるものね」
「マゾの調教は、やられたくない事を無理やりやらされるのがミソやもんな」

 そこ、そこなの。最終部分の熊倉は処女ではあるものの、マゾの調教を怖がるどころか、進んで喜んで受け入れてしまいそうじゃない。それこそ処女を散らされる時にイッても不思議無さそうだもの。

「どうして女になった熊倉の処女を散らさなかったのかしら」
「そうせんかったのはSM小説としては駄作やけど、実話としてもゲシュティンアンナがおるのに不思議やな」

 し、しまった。あの二人にまた乗せられた。どうしてシノブがSM小説の蘊蓄を語らなきゃならないのよ!