運命の恋(第40話):運命

 美香の葬儀には出なかったけど、後日に美樹ちゃんに呼び出された。

「淳兄ちゃん、ありがとうございました」

 美香は美樹ちゃんが下宿に来る前は痛みに苦しんでいたそうなんだ。さらに御両親と一緒に来た頃には意識も途切れ途切れになっていたと言うんだよ。

「でもボクが行った時には、しっかりしてたよ」
「奇跡が起こったのです」

 美樹ちゃんは美香に、もうすぐボクが会いに来るって耳元でささやき続けたそうなんだ。すると途切れがちの意識がしっかりし、

『美樹、明日に来られます』

 そこから美香は化粧を望み、あの日を迎えたって言うんだよ。

「あれだけ苦しんでいた痛みもすっかりなくなり、あんなに晴れ晴れした顔の姉を見るのは久しぶりでした」

 美香にはわかっていたのかもしれない。自分の命の燃え尽きる日を。ロウソクは消える瞬間に強く輝くと言われてるけど、あの日の美香はそうだったのかもしれないな。やっぱり最後に逢って良かったよな。

「もちろんです。あんなに安らかな顔でしたから」

 そこから美樹ちゃんは手提げ袋を取り出して来て、

「これは姉から処分するように言われていたものです。でも、どうしても淳兄ちゃんに渡したかったのです」

 そこに入っていたのは何冊ものノート。帰って開いて見ると、美香の日記だった。それは高校に転入した時から始まっていた。最初に書かれていたのは、

『天の御高配に感謝いたします』

 そこからボクとクラスメイトになった喜びが踊るように綴られていた。そこだけで胸が詰まり、涙が止まらなくなった。日記は入院後も続いていたが、美香のあの端正な字が乱れて行き、時に忍び寄る死の影に怯えているのも正直に書いてあった。途中からはトビトビになっていき、ずっと飛んで最後のページの日付は死の前日だった。そこには震える文字で、

『明日』

 これがページいっぱいに書かれていた。寂しかったんだろうな、苦しかったんだろうな。逢いたかったんだろうな。気が付くとマナが隣に座っていた。

「ゴメン、マナ」
「美香さんの日記だね」

 それ以上は何も言わずに、やがてお茶を淹れに台所に行った。どうしたら良いかわからなくなっている自分がいた。ボクが愛するのはマナだけだ。美香は昔の恋人だし、もう死んでいるんだ。なのに、この気持ちはどうしたら良いんだよ。戻って来たマナはポツリと、

「美香さんには勝てないね」
「そんなことあるものか、マナはボクの最高の女だ」

 でもやっとわかった。マナがあれだけ美香の影に怯えていた理由が。一度会っただけでこの様とは情けなさすぎる。

「だから言ったでしょ。ジュンは一人しか愛せないようになってるって」
「バカ言うな。ボクはマナを愛している。マナはそれを疑ってると言うのか」

 マナは苦笑いをしながら、

「ジュンがマナツのことをどれほど大切にして、愛してくれてるかは誰よりも知ってるよ」

 当然だ。

「でもねジュンは知ってしまったのよ。この世で愛さなければならない唯一人の女をね」
「そうじゃない・・・」

 自分の打ち消す声にどこか自信が持てなかった。ボクが本当に愛する女は美香なのか。だからこれだけ動揺してるとか。ボクのマナへの愛は偽りとでも言うのか。

「そんなこと思ってない。ジュンのマナツへの愛を疑ったことなどないよ」

 マナが言うには、世の中には運命の相手がいるとしてた。互いの心が魅かれ合い、愛し抜ける相手がいると。

「それって赤い糸の話とか」
「ちょっと違うかな」

 赤い糸でつながれた相手とは幸せな結婚をするが、運命の相手とは必ずしもつながっていないとマナはした。

「ジュンが一人しか愛せないのは、初恋の人が運命の相手だったからだよ。そんなもの誰の手にも断ち切れないよ。たとえ死んでもね」

 だったらマナもこれから運命の相手と巡り合うのか、

「どうだろ。まずマナツは赤い糸の相手と結ばれたと思ってる」
「糸じゃないワイヤー・ロープだ」
「それとだけど、ひょっとしたら運命の相手は一人じゃないかもしれない」

 そこでマナはニッコリ笑って、

「運命って待ち受けるのものでもないし、翻弄されるものでもないと思ってる。運命は自分で切り開くものだよ。ジュンが運命の相手じゃなかったら、そうしてしまえば良いだけじゃない」

 そうだよな。

「さて、また落ち込んでるジュンに付き合うか。マナツに任しておけば心配ないよ、なにしろ経験者だからね。何度でもかかってこいだ」

 マナにはどうしたって勝てないな。運命の相手か。美香はそうだったかもしれない。病気がなければ結婚して幸せな家庭を築いていたと思う。だけどだよ、運命の相手って一人じゃないはず。美香が運命の相手なら死ぬわけないじゃないか。

 運命は自分で切り開くもの。そうだよ運命の相手も現れるのを待つのだけじゃなくて、運命の相手を作り出すの出来るはず。運命の相手とはどれだけ相手を愛しているかで決まるはずだ。ボクが愛する相手なら、それはすべて運命の相手に出来るはず。

 美香を愛していたことをもう否定しない。美香は間違いなく運命の相手だ。だがマナだってそうなんだ。マナはボクに限りない愛を尽くしてくれている。これ以上の運命の相手なんているはずがないよ。

 運命を言うなら美香は天国に行った。これは運命だ。ボクにはマナがいる。これも運命だ。ボクはマナに命のすべてをかけて愛することができる。マナと作る未来こそボクの、いや二人の運命だ。それがどんなものになろうともマナと一緒に歩いて行く。

「どこまでも御一緒させて頂きますよ」
「離すもんか」

 運命と言うのならマナこそボクの運命。それがすべてだ。