運命の恋(第41話):マナツの回想

 マナツの父親、いやあのクソ親父は最低だった。クソ親父の実家はそれなりの資産家で、地方なりの旧家らしかったけど、今の世の中でありえないぐらいの男尊女卑の権化みたいな奴。モラハラ上等のDV野郎ぐらいを思えば良いと思う。

 そんなところにマナツが産まれたのだけど、妊娠中に娘だとわかった瞬間からお母ちゃんを責め立てたそう。

「役にも立たん娘を孕みやがって」

 そう跡取り息子が欲しかったってこと。そんなに欲しけりゃ、二人目、三人目を作れば良さそうなものなのに、

「お前は女腹だ」

 こう決めつけたって言うからアホだ。そんなクソ親父だからマナツに愛情のカケラもなく、

「この穀潰し」

 毎日の挨拶のように罵られたよ。そんなクソ親父が走ったのが不倫。中学の同窓会で再会した女とやらかし、妊娠までさせやがった。そして妊娠して息子だとわかった瞬間に、

「出ていけ」

 クソ親父だけでなく舅姑まで加担したって言うから処置なしだよ。お母ちゃんはじっと耐えていたように見えたけど違ったんだ。モラハラやDV被害の証拠を着々と集めただけでなく、興信所まで使ってクソ親父の浮気の証拠をがっちり固めまくっていたんだよ。

 すべての準備が整うと弁護士を同席させて離婚を宣告したんだ。離婚自体はクソ親父側も望んでいたけど、財産分与、慰謝料、養育費は鼻で嗤ったそうだ。そこで整えていた証拠を突き付けた。

 そしたらクソ親父は怒り狂って殴りかかってきたそうだ。どうなったかって、クソ親父はアッサリ払いのけられた。怒りに震える爺さんも同席してたからね。その後はお母ちゃんの怒りの制裁が炸裂した。

 不倫の代償って怖いと思ったよ。クソ親父は弁護士の前で暴行まで働いたから、それを刑事事件として届けない分も上乗せされた慰謝料を支払う羽目になったそうだ。それだけじゃない、不倫と暴行が会社に知れて懲戒解雇されている。

 浮気相手も修羅場になった。笑ったらいけないけど既婚者だったんだよ。たくどうするつもりだったんだと思ったもの。浮気相手も離婚されたうえに、旦那さんとお母ちゃんから慰謝料を毟り取られ、勤め先もクビになったそう。

 それだけの大騒動の末にクソ親父と浮気相手は再婚したそうだけど、慰謝料とかの支払いで家まで売る羽目になったそう。これはそこまでのスキャンダルを起こしたから、再就職も出来ず、近所の悪口、陰口に耐え切れなくなって引っ越しせざるを得なくなったんだろうって。


 ずっと後にお母ちゃんに、なんであんなクソ親父と結婚したんだって聞いたんだ。マナツだってクソ親父には何一つ良い思い出はないものね。

「あれでも結婚前は優しそうに見えたのよ。ホント、見る目がなかったわ」

 結婚して同居してから本性が現れたって話だったよ。そんな大騒ぎがあったのが小学校の二年生の時。お母ちゃんの実家に行ったマナツは当たり前だけど転校になったんだ。そしたらね、ジュンと同じだよ。余所者だからってイジメに遭ったんだ。

 爺ちゃんはマナツに空手を教えてくれた。才能もあったんだと思うよ。というかマナツにはこれしか才能がなかったんだよね。そしてイジメ連中をすべて制圧した。だからイジメは嫌いだ。中学の時に理子がイジメに遭ってるのを見て許せなかったのもそうだよ。


 ジュンはね、幼稚園の前からよく遊んでたし、色んな悪さをしたよ。やってたのをバレて怒られるのだけど、ジュンは、自分で全部責任を被ろうとしたんだ。

「ボクが考えて、マナには無理やりやらせただけ」

 そんな子どもの言い訳が通用するはずもなく、マナツもすっごく怒られたけど、それでも仲間を守ろうとする態度が格好良かったんだよ。でも高一の時に再会したジュンはすっかり変わってしまっていた。

 ジュンは自分でも言ってたけどボッチの陰キャになり果てていた。だからマナツがなんとかしてやろうと思ったんだ。だけどマナツに教えられるは空手だけじゃない、そりゃ、もう必死になって鍛え上げたんだ。

 ジュンは空手の真のナチュラルだった。ジュンはあれだけやらされれば上達して当然ぐらいにしか思ってないけど、爺ちゃんなんて感嘆を通り越して呆れてた。だってだよ、たったの一年で黒帯で師範代補佐だよ。

 ジュンとは何百回も組手をやったけど、あんにゃろ、タダの一度たりとも本気の突きも蹴りも出したことがないんだよ。ただマナツの攻撃を交わすだけ。空手じゃなくても格闘技は守ってばかりじゃ絶対に勝てないんだ。

 それなのにジュンはマナツの攻撃を全部交わしたんだよ。マナツも信じられなかったし、爺ちゃんは初級から上級まで吹っ飛ばして即座に黒帯にしたってこと。あんな化け物、もう二度と見れないと思うよ。

 ジュンはマナツには絶対に勝てないと口癖のように言うけど、ガチでやったらジュンが勝つに決まってる。だから何があっても喧嘩はしない。本気のジュン相手なら瞬殺でボコボコにされる。


 ジュンは絶対にそう呼ばないけど、マナツは波濤館の鬼娘って恐れられてたんだ。スケバンじゃなかったのはウソじゃないけど、スケバンどころか高校生の不良グループもマナツの名前を聞いただけでションベンちびるぐらいにね。

 ジュンにはちょっと見栄張ったけど、誰とも付き合ったことなんかなかったし、もちろん告白なんかされなかった。そりゃ、波濤館の鬼娘なんかと恋をしようなんて物好きはいないよね。

 それとだけどマナツは美人じゃない。これもクソ親父の祟りみたいなもので、お母ちゃんじゃなくて、クソ親父に似てるんだよね。鏡を見るたびにため息ついてたよ。辛うじて丸っきりのブスじゃないぐらいで、どんなに頑張っても並み以下。

 たとえば理子なんかと較べたら月とスッポン。スッポンどころか一円玉ぐらいだよ。こればっかりは生まれ持ったもので、どうしようもない。理子と較べるのがそもそもおかしすぎるよね。並んだら最高の引き立て役だもの。というか、理子じゃなくても大概は引き立て役に重宝される役回り。

 そんなマナツでもジュンが美香とカップルになったって聞いて、こっそり見に行ったんだ。なんのためかって、そんなものジェラシーに決まってるじゃないか。ジュンが気になってたんだ。

 美香の評判はマナツの学校にも鳴り響くぐらいだったけど、理子ほどの美人なんて、そうはいるものかと思ってたんだ。でもね、見たら女のマナツでも腰抜かした。理子と余裕でタメ張るんだものね。それでも失恋って程じゃなかったかな。

 ジュンは空手を学んで逞しくなり男らしくなってた。そんなジュンに幼馴染だけじゃない異性を感じ始めてたんだよね。なんとなく、このまま行けば恋に発展するんじゃないかと勝手に期待してたんだ。

 ちょっとだけ残念な気分はあったけど、とにかく美香はそんなマナツの淡い恋心を吹き飛ばすぐらいの女だったもの。ほのかに好意を持ち始めた相手が、超弩級の相手と交際してしまったぐらいお話かな。世間でもよくあるよね。


 本気になったのはジュンが美香に捨てられた時。ボロボロになっていたジュンを見て、絶対になんとかしてやるんだと思っちゃったんだ。それでも、まだ本気じゃなかったな。でもさぁ、同じ屋根の下で過ごしてる訳じゃない、救ってやる気持ちが恋愛感情に変わってもおかしくないだろ。

 ジュンの大学合格祝賀会の時は実は寂しかった。ジュンは進学すれば下宿するから、離れ離れになっちゃうものね。あの時に真剣に離れたくないと思ったんだ。いや素直にジュンを心の底から愛してるって気づいたんだ。

 だけどさぁ、ジュンの気持ちはわかんなかったんだよね。ジュンの失恋のショックは本当に大きかったんだ。それだけ美香を愛していたの裏返しだし、未練が強烈なのも嫌でもわからされてた。

 マナツが入り込める余地がどう考えてもなかったんだよ。親を恨んだよ。どうしてマナツをもっと美人に生んでくれなかったんだって。波濤館の鬼娘をジュンがわざわざ選んでくれるなんて夢にしか思えなかったもの。

 だからジュンの告白は嬉しいなんてもんじゃなかった。あれこそサプライズの中のサプライズだった。盆と正月とクリスマスが一遍に来たぐらいにマナツは感激したんだ。マナツにもついに春が来たってね。

 だけどマナツはずっと不安だった。自分への自信の無さもあるけど、とにかくジュンの前の恋人が美香じゃない。嫌でも比較されるじゃない。だからいつかは捨てられると思ってた。


 ジュンに本当に驚かされたのは付き合ってから。まるでマナツをどこぞの美の女神のように扱ってくれるんだよ。最初はお世辞とか、口先だけのおべんちゃらと思っていたけど、ジュンが心の底からマナツのことをそう思ってくれているのが、ビンビン伝わってくるんだもの。

 この波濤館の鬼娘をだよ。ジュンにはとにかく褒められまくったけど、本当にマナツをそう想ってくれてるとしか思えなかったもの。そう、間違いなく愛されてるし、それも一時の気の迷いじゃないってね。

 まだ二十歳にもなっていなかったけど、結婚するならジュンしかいないとしか思えなかった。正直に言うよ、ジュンに夢中になっていて、どうしても結婚したいって。

 マナツはお母ちゃんに相談した。ジュンと結婚するために、どうしてもやらなきゃならない事があるんだって。お母ちゃんも驚いてたけど、それで痛い目に遭ってるから反対しきれなかったと思ってるよ。

「マナツが思うようにしなさい」

 爺ちゃんも驚いてたけど、

「氷室君ならマナツを託せる男と信じている」

 ジュンが二十歳になった日に決行した。決行と同時に覚悟した。マナツは顔だけじゃなくて体にもコンプレックスがあるんだ。いわゆる貧乳ってやつ。あれって女はどうしてもコンプレックスになるんだよね。大きければ良いってもんじゃないと強がっても、小さすぎるのはどうしてもね。

 だから決行するまで怖くて避けてた。ジュンがマナツの体を見て失望しないかって。それぐらい自信がなかったんだよ。色気だってないし、可愛げだってないのも知ってたもの。マナツは女としての魅力が乏しすぎるんだよ。

 初体験の夜もバスタオルを取られた時に目を瞑るしかなかった。最後の審判をもらってる気分だよ。タメ息とか舌打ちされたらどうしようかって、不安で胸が押し潰されそうだった。

 そんなマナツをジュンは求めてくれた。そりゃ、恥しかったし、怖かった。どんな反応をしたらよいのか、マナツはどうしたら良いかさっぱりわからなかった。とにかくジュンのやることを嫌がったらダメだしかなかった。

 もう懸命だったよ。普段なら口にするのも憚られるところもジュンに愛されてしまった。そうされるのも知っていたけど、どうしたって体が動いちゃうし、声だって思わず漏れちゃうのもどうしようもなかった。そうなっているのをジュンに知られるのが、どれほど恥しかったか。

 もちろんそれで終わるはずもない。ジュンでなくともこれで終わってくれるはずがない。マナツの初体験の最大の試練が始まった。痛かった。あんなに痛いのかと思ったもの。でもどんなに痛くても我慢するしか頭になかった。これはマナツが望んだこと、マナツがジュンに捧げたいもの。

 進んでくるのは体でわからされた。なんとか受け入れなくちゃと頭で思っていても、体は拒否しようとする。もう限界と思った時に、最後にグイッと来たんだよ。

「うぅ」

 大きな声が出るのを止めようがなかった。この瞬間をマナツは一生忘れないと思う。だってマナツの処女をジュンに捧げた痛みだよ。後悔なんてなかったよ。世界中で一番もらって欲しい人に捧げる事が出来たんだもの。

 でもまだ終わりじゃない。ここからジュンが満足するまで続く時間があるのも知っていた。でもマナツはここがどうされるのかよく知らなかったんだよ。もちろんしっかりと経験させられた。男はこうやって女を楽しむんだってね。

 ここが最後の試練だった。ジュンが熱中しているのはわかった。ジュンの顔が夢中なのも見えた。ジュンがマナツの体に喜んでくれてるのもわかった。もう耐えるしかなかった。ジュンの熱気が高まっていくのは体で教えられた。

 試練の終わりは唐突に訪れた。一段と激しくなったジュンの動きが突然止まり、ジュンの男になる瞬間をマナツは体で感じ、しっかり受け止めた。

 こうやってマナツはジュンによって女になった。泣いたよ、辛かったのもあったけど、無性に嬉しかったのも複雑に混じり合っていた。だってジュンはマナツを求めてくれて、マナツはこの体でジュンを満足させたんだもの。

 それとね、あんなに辛くて痛かったけど、一つになれたのは本当に嬉しかった。一つになってからの時間も大変だったけど、ジュンの女になれたって感激してた。ジュンも感動するぐらい喜んでくれたもの。


 だけど一つになっても不安は続いた。男は一度やると態度が変わるとよく聞くもの。釣った魚に餌をやらないみたいに横柄になるとかさ。この辺はジュンと同棲する前にお母ちゃんから教えてもらった。

 クソ親父がそうだったらしい。クソ親父の本性は同居してから炸裂したけど、お母ちゃんを初めて抱いた後もそんな感じはあったそう。当時のお母ちゃんは、そんなものだぐらいで結婚までしちゃったけど、その辺のサインの見分け方をレクチャーしてもらってた。

 それ以前の話も当然ある。いくらジュンに褒められても、マナツの顔と体はどんなものかは自覚しすぎてる。大学にもサークルにもマナツより可愛くてボインの子はゴロゴロいる。すぐ飽きて捨てられるんじゃないかって。


 ジュンの心をどうやったら繋ぎ止められるかはマナツの大問題だった。処女を捧げたぐらいじゃ話にならないのもわかってた。女にとって処女を捧げるのは一大決心だし、初体験がどれだけ大変なものかも経験した。それを男が喜ぶのもね。けど、しょせんは一度限りのもの。次にやる時は、もう処女じゃない。

 理子ぐらいなら処女じゃなくなっても体で余裕で繋ぎ止められる思うけど、ただの女としてのマナツは並み以下だもの。マナツの体じゃ繋ぎ止められないから、それ以外でジュンの心をつかむように頑張るしかないじゃない。

 でもね、そうじゃなかったんだ。マナツはジュンしかに付き合ったことはない。ジュンしか男を知らない。だから他の男と比較は出来ないけど、ジュンは他の男とは絶対に違うと思う。

 違うっていうのは良い意味と悪い意味があるけど、良い意味の方が多いと思う。ジュンは女を幸せに出来る男だ。ジュンに選ばれた女は幸せ過ぎると思う。マナツはジュンに選ばれたし、そうなった。

 断っておくけどジュンはヤンデレではない。ジュンはマナツを愛してくれるけど決して束縛はしない。パートに出て職場の男の子と飲んで帰ってもまったく気にしない。職場の慰安旅行も笑顔で見送ってくれる。ジュンは、

「マナに手を出す男を心配するよ。男でいられなくるのは確実だしな」

 マナツへの信頼はまさに絶対なんだ。それも怖いほど絶対なんだよ。嫉妬なんてどこを探しても見つからないぐらい。こんな感覚、言葉じゃ伝えられないよ。


 悪い意味はジュンの愛が大きすぎること。大きくて悪いはずがないけど、どう言えば良いのかな、途轍もなく巨大すぎて押し潰されそうになるんだよ。あれは受けるべき相手が決まっている。

 それはジュンが選ぶ運命の女のみが受け取れるもの。運命の女ならごく自然に受け止めるだけで済む話だけど、マナツは・・・与えられた本当の試練はそこにあった。