運命の恋(第36話):マナの怯え

 感動の初体験から始まったマナとの同棲生活も二年が経った。そうボクも最終学年になった。就活も順調で、後は卒論を仕上げて卒業にまっしぐらかな。マナの実家にも定期的に挨拶に行ってるけどマナのお母さんは、

「もうすぐ卒業ね。卒業してすぐは難しいかもしれないけど、いよいよマナツの花嫁姿が近づいて来たから楽しみにしている」

 爺さんも含めて結納のタイミングなんて話題が最近はホットかな。それだけマナとの関係も順調そのものってことだよ。そうだな、後二年ぐらいのうちにマナと籍を入れられたらと思っている。籍だけならいつでも入れられるのだけどマナは、

「ちゃんと式を挙げてからじゃないとダメ」

 結婚式は女の憧れであり、晴れ舞台だからマナもちゃんとしたいんだと思ってる。そういう行事ごとはキッチリやりたいのもよく知っているもの。


 同棲と言えば今泉と諏訪さんのところも続いてるよ。あそこの場合は諏訪さんが京都のデザイン関係の学科に進学したのだけど、これを追いかけるために今泉は猛勉強を重ね京大に進んでいる。

 諏訪さんは勉強の傍らRICOブランドの会社を立ち上げている。さすがにコスプレはやめたみたいだけど、デザイナー、イラストレーターとして売れっ子状態で今泉は、

「理子社長のマンションに居候させてもろてるわ」

 神戸と京都だからそうは会えないけど、連絡は今でも取り合ってるし、年に何回かは会って話もしているよ。これもちょっと気が引けてるけど、

「いいよ、いいよ、これぐらいは交際費で落ちるから」

 諏訪さんに奢ってもらってる。というか、あんな店払えるかってところなんだよな。仕事関係の接待によく使うらしいけど、

「見栄張るところが多い業界なのよ」

 それにしても今泉は結婚となったらどうするつもりだろう。今泉も今泉産業の跡取り息子だから、諏訪さんを嫁に迎えるのかな。それとも今泉が婿に入るとか。どっちでもイイけど、さぞ豪華で華やかな披露宴になるのだけは間違いない。


 同棲の位置づけは広いけど、結婚の前段階とする見方はある。もちろん交際から結婚同居のパターンも多いけど、結婚の前に同棲を入れる感じかな。ココロは同居生活で相手との相性をより見極めようぐらいで良いと思っている。

 ボクの周囲でも同棲してるのはいる。でもなかなか難しいみたいだ。ボクの場合はマナが同居ルール作りに気を使ったくれたし、申し訳ないと思っているが、パートとはいえ専業主婦的なポジションをこなしてくれて、波風が立ちようがない状態になってくれてると思う。

 だけど、そんなところばっかりじゃない。デートならばその時間だけ良い顔をしていれば済むけど、同棲となると二十四時間状態で、どうしたって自分の素顔と言うか地の部分が出てしまう。

 それを知るのが同棲の目的でもあるけど、やはり揉めるタネになり喧嘩も起こる。喧嘩しても雨降って地固まるになれば良いけど、冷戦状態から大戦争になって喧嘩別れになるところも少なくない。

 夜の生活でさえ不満のタネになるようだ。これは少しだけわかる部分もあるけど、同棲していると、いつでも愛し合えるのはメリットだけど、どうしたって頻度は増える。ボクだってお恥ずかしながら貪るようにマナを求めまくった。

 ずっと求め続けていれば、それで良いような話だけど、これも誰しもじゃない。飽きが出てくるカップルもあるようだ。夫婦でいう倦怠期みたいなものだと思う。そんな時に浮気に走って破綻のパターンも良く聞く話だ。その辺は結婚も似ていると思うな。

 ボクとマナの場合は、どう考えてもマナが努力してくれた部分が多いと思う。同棲は結婚じゃないけど共同生活だから、所帯じみる部分が出てしまうところもあるそうだ。だがマナにはそんなところが一切ない。

 マナはいつ見ても魅力的だ。それだけじゃなく、その魅力は常に増しているとしか思えない。さらに生活の隅々にまで常に新鮮な空気を送り続けてくれた。それが嬉しかったし、何度も何度も惚れ直したもの。

「当たり前よ。そうしないとジュンが逃げちゃうじゃない」

 マナには感謝しかないのだけど、実はここがマナで一番気になってるところなんだ。そう、マナは常になにかに怯えてる気がずっとしている。もちろんゴロツキとか、ヤクザの類じゃない。そんなものはマナにとっては羽虫が飛んでいるよりも気にしない。

 マナはなにかの影に怯えてる。その影の正体が誰だかもわかるんだ。ボクもマナもさほどの恋愛遍歴があるわけじゃない。マナだってボク以外に好きな男はいたはずだし、中学時代には今泉に魅かれたとは聞いたことはある。でも今泉とは付き合っていない。高校時代もボクと出会ってからゼロのはずだ。

 ボクになるともっと乏しくて、初恋になる美香以外は存在すらしていない。マナとは高三の卒業時からの交際だから、それ以降は二人ともゼロだ。もうちょっと言えば美香と失恋してからはマナしかいないし、マナだってボクだけのはずだ。

 マナがボクとの関係で気になるとしたら美香しか考えられない。その美香だがマナにとってトラウマになっている部分はありそうなんだ。マナは諏訪さんへの罰ゲーム事件の時に、ボクを男として意識したと言っていた。あれはウソじゃないはず。その延長線が神戸のマナとのデートだ。

 マナにすれば、そこから愛を育んでいく予定だったと思っている。幼馴染の友だちから異性の恋人への変換過程みたいなもので良いと思う。このマナのプランは成功するはずだったんだ。それは今の結果が物語っている。

 そこに突如現れたのが美香だ。ボクにとっても突然だったが、マナにとっても突然過ぎたと思う。そのためにボクの心は美香に完全に傾き溺れ込んでしまった。マナにとってはそれもショックだったろうが、さらにがあると考えている。

 それは美香への拭い難いコンプレックスだ。先に断っておくが、マナは素晴らしい女性だ。二年間の同棲を経ても最高の女であるの評価はまったく変わらない。だがマナは、

「マナツが美人じゃないのは良く知ってるよ。それにオッパイは小さいし、色気だってないし、可愛げもね。さらに言えば頭悪かったから高卒だものね」

 この言葉の対象は美香に向けてのものだ。マナは美香に女として敵わないの思いがあり、いつの日か美香のような女にボクを奪われるのを怯えているとしか思えない。これすら正確でない気がする。マナが怖れているのは、失踪した美香が再びボクの前に現れる事にしか思えない。


 今泉や諏訪さんは、美香の行方を捜してくれていた時期があったのは知っている。でも何もわからなかったようだ。これはマナと付き合い出してから聞いたのだけど、

「わかったのは近所の人に聞いた話ぐらいで・・・」

 美香が休んだ金曜日に引っ越し業者のトラックが押し寄せて来たそうだ。あれほどのお屋敷だから日曜まで引っ越し作業は続いたらしい。だが美香の家族は金曜日から見た者はいなかったで良さそうだ。

 美香は金曜日の朝、もしかするとボクが最後に一緒に帰った木曜の夜にいなくなったと見るしかなさそうぐらいだ。これだけでは、何もわからないに等しいよな。ただ諏訪さんの推理はマナに影響したかもしれない。

『氷室君が美香さんに嫌われ捨てられたと感じたのはしょうがないと思う。でもね、それにしてはやり過ぎだと思うのよ』

 失恋事件の直後では聞く耳などなかったと思うけど、事件から二年もすれば、そうかもしれないと思う部分はあるのはある。

『あれは氷室君を嫌って避けたのではなく、美香さんが他の理由で氷室君を遠ざけようとしたものじゃないかと思うのよ。その方が説明できるじゃない』

 だが結果は同じだ。美香はいなくなりボクは取り残された。どんな理由があったにせよ、なんの断りもないのは失礼過ぎるだろ。あれを好意的なものとして受け取るのは誰だって無理だろうが。

 あれだけの仕打ちをされて美香への想いが残るはずがないじゃないか。美香はボクといかなる手段を使っても完全に別れたかっただけの話に過ぎないよ。それ以上でも、それ以下でもない。どの面下げて会いになんか来れるものか。

 それとだぞ、美香との失恋事件は四年前だ。美香と付き合い始めた時からなら五年前だ。美香との交際期間だって一年足らずじゃないか。さらに言えばあの突然の失踪からボクだけじゃなく、諏訪さんも他の親しかった友だちにも一切連絡がないんだぞ。この状態で今さらなんかあり得るものか。

 マナもマナだ。ボクの事をもうちょっと信用してくれても良いだろうが。二人が過ごした歳月をなんだと思ってるんだよ。もっと自信を持ってくれよ。美香なんかよりマナの方が断然良いに決まってるじゃないか。


 でもマナの不安は、ボクとの交際にも出ているところもあるんだよな。初体験があの時なのは不自然だとは言えないと思う。一年以上の交際を経て二十歳なら結ばれない方が不自然なぐらいだ。もっと早くたっておかしくないよ。

 だけど引き続いての同棲はやり過ぎだよ。ステップとしては、逢瀬を重ね、結婚まで視野に入れ始めてからだろうが。これもさらにがある。学生で同棲になれるのは、両方とも下宿生である時だ。

 当たり前の話だけど、自宅通学生が同棲するのはまずあり得ない。娘にそんな許可を出す親なんてまずいないからだ。マナは学生ではないが自宅通勤の会社員だ。マナのお母さんも、爺さんもどれだけマナを可愛がってるかはよく知ってるものな。

 そりゃ、爺さんやお母さんからすれば、ボクはどこぞの馬の骨ではない。それでもだぞ、一人暮らしの男の家に娘を同居させたらどうなるかは、誰でもわかることだ。そんな許可をマナが取ってしまったのが不思議過ぎるじゃないか。

 マナはボクが大学に入り、下宿を始めてから頼み続けていたはずだ。その許可がなんとか得られたのがあの時だったとするのが自然だろう。マナの懇願を断り切れずに、せめて二人が二十歳になるまでなんとか待たせた可能性だってあるぐらいだ。それこそ半端ない覚悟でボクの下宿に乗り込んできた事になる。

 そこまでしたのは、ボクの監視しか思いつかない。一人暮らしのボクの前に美香が舞い戻ってくるのを怖れたんだよ。それを防ぐためにはボクの下宿に住むしかないぐらいだ。そんなマナの不安は口先だけでは解消しないだろうな。形と言うか、態度でも示したつもりだけど、二年間の同棲生活でも解消していないのだけはわかるもの。

 そうなると結婚を早めるのが良いと思うけど、マナの怯えようからして、結婚しても不安が残りそうな気さえする。同棲より結婚の方がより強力に結びついたものではあるけど、離婚だってある。ボクも両親も離婚してるけど、マナだってそうだもの。

 そう言えばマナの両親の離婚の理由は父親の浮気だそうだ。それも同窓会で焼けボックイに火が着いたとかって聞いたことがある。マナは両親の離婚を自分に重ね合わせているのかもしれない。そうなると時間しか解決法はないのかも。