運命の恋(第26話):クレオパトラと楊貴妃

 歴研にも美香は当たり前のように入会し、当たり前の様にベッタリ状態。以前は今泉と諏訪さんのベッタリ状態が羨ましかったけど、まさかボクもそんな状態になってしまうとは、今で夢見てるみたい。

 歴研も今や人気同好会として学校でも知らない者はないぐらいになっている。とにかく学年どころか学校で一、二を争う、それじゃ足りないな、ダントツの頂上対決みたいな美少女である諏訪さんと美香がいるからだ。二人並ぶとまさに壮観、いずれ菖蒲か杜若とはまさにこのこと。


 歴研の最大のイベントは文化祭の出展。まずメイン・テーマを決めないといけないのだけど、去年がカエサルだっから、

「今度は女性が良い」

 これは諏訪さんの意見。去年が男だから今年は女にするのは悪い意見じゃないけど、歴史上で女性の活躍は少ないんだよね。これは女性に能力がないって意味じゃないけど、歴史的に活躍の場が与えられなかったため。

「今年は会員も増えたから派手に行こうよ」

 ここは機運だけだけど歴研を同好会から部活に格上げしようの話があるそう。香取前代表時代の三人とか四人じゃ話にならなかったけど、今や二十人を超える大所帯になってしまっている。美香が加入してまた増えてるんだ。

 部活昇格への全校のアピールの場が文化祭になるのだけど、例年の真面目と言うか、地味な発表では足りないと言うのが諏訪さんの意見だ。

「派手って」
「世界三大美人」

 世界三大とか日本三大とするものはいくつかあるけど、多くの物は二つまでは定番でも、三つ目はバラバラの時が多い。日本では小野小町が入るけど、言っちゃあ悪いけど小野小町なんて世界的にはドが付くマイナー。

「それは氷室君の言う通り。だからクレオパトラと楊貴妃にする。二人ぐらい出さないと、展示に困るじゃない」

 クレオパトラはまだしも、楊貴妃となると白楽天の詩こそ有名だけど、事績となると安禄山の乱の時に目の仇にされたぐらい。だから二人にするのは合理的かも。でも美女だから去年のカエサルよりましだけど、派手には遠いかな。

「展示だけなら何を出しても地味になるよ。だからそこにプラス・アルファのアイデアが必要」
「プラス・アルファってなんだ」
「カエサルと玄宗皇帝」

 はぁ、どういう意味だ。四人もやるのか。というかカエサルは去年やったぞ。

「違うよ。パートナーって意味。ペアでもカップルでも良いよ」

 クレオパトラには三人の夫がいる。プトレマイオス十三世、プトレマイオス十四世、アントニウスだ。このうちプトレマイオス十三世・十四世はクレオパトラの弟。プトレマイオス朝は兄弟姉妹の結婚が多かったんだ。

 だけどクレオパトラのパートナーとして史上で有名なのはカエサル。アントニウスも有名だけど、一人を選ぶのならカエサルだと思う。史上最高のロマンスだものな。楊貴妃のパートナーが玄宗皇帝なのは説明の必要もない。だからカップルにする理由はわかるけど、

「わかんないかなぁ、クレオパトラが理子で、楊貴妃が美香さんだよ」

 諏訪さんと美香を割り振るのならそうかな。諏訪さんならどちらでも出来そうだけど、美香なら楊貴妃が良いとは思うけど・・・ちょっと待った、それって、もしかして、

「やっとわかってくれた。コスプレだよ」
「まさかと思うけど玄宗皇帝のコスプレをするのボクとか言うのじゃないだろうな」
「そうよ。カエサルが健太郎」

 ボクと今泉が口々に、

「それは無理だ!」
「アカンて!」

 そんな、こっ恥しいことが出来るものか。美香もそうだよな。

「理子さん。コスプレには衣装や小道具が必要になりますが」

 そうだそうだ。クレオパトラも楊貴妃も絢爛たる衣装が必要だ。歴研にはそんなカネはない。

「クレオパトラならなんとかなるし、カエサルはトーガだから作れるよ」

 さすがは人気コスプレイヤー。クレオパトラというか、古代エジプト王朝風の衣装も持っているのか。それにローマ人の衣装も言われてみれば作れそうな気はする。

 カエサルの時代ならトーガになるけど、あれは一枚の布を折りたたんで着てベルトで留めたもの。着付けが大変そうだけど作るのは可能だよな。でもだよ、楊貴妃と玄宗皇帝はどうするんだ。そしたら理子さんが、

「美香さんには用意できないかな。無理なら健太郎とクレオパトラとカエサルやるけど」

 今泉が嫌そうな顔をしたけど、あの二人がやってくれるなら助かった。ところが美香が、

「そんなことはございません。楊貴妃と玄宗皇帝を見せて差し上げます」

 こらぁ、こんなところで見栄張るな。

「じゃあ、話は決まりね」

 お前らだけで勝手に決めるな。と騒ぐボクと今泉の声は悲しいことに一顧だにされなかった。後で今泉とボヤいていたのだけど、

「なあ氷室、ひょっとして尻に敷かれてへんか」
「お前のところはどうなんだ」

 ボクもそうだけど、今泉も諏訪さんにはやはり敵わないらしい。

「理子はともかく美香さんもそうやったとは」
「普段はホントに良い人なんだけど、自分の意見は曲げない人なんだ」

 否応なしにコスプレに巻き込まれてしまった。でも楊貴妃と玄宗皇帝となると、中国の皇帝夫婦だから嫌でも豪華絢爛になってしまう。

「その点ですが、最後はこちらが有利かと存じます」
「有利ってなにが」
「玄宗皇帝も楊貴妃も東洋人ですから、その点で有利になります」

 ボクが心配したのは衣装代だったけど、美香さんの頭にはどちらのコスプレが優るかしかないみたいだ。そりゃ、カエサルはローマ人だし、クレオパトラはギリシャ系のはずだけど、

「淳司様を勝たせて見せます」

 そこじゃない。どうも美香さんの家を挙げて準備している気配があるのだけど、

「当然のことです。淳司様の恥は五十鈴家の恥になります」

 だからまだ彼氏であって婿でも婚約者でもないんだって。仮縫いの時に呼ばれて行ったら、トンデモナイ衣装が出来上がっていて、

「これを着るの」
「ご不満があるのなら、すぐに作り直します」

 文化祭当日は美香さんの家で最終準備。ボクはコスプレと言っても学校で着替える程度と思っていた。ところが、どうやって頼み込んだのか朝早くから美容室に連れて行かれ、セットとメイクと着付けをされた。

「理子さんはあのRICOなんですから」

 RICOとは諏訪さんのコスプレイヤーとしての芸名。美香さんも知ってたんだ。ボクは玄宗皇帝に化けさせられたけど、

「まさに楊貴妃・・・」

 本物なんて見たことも無いけど、どう見たって楊貴妃にしか見えない美香がいた。そこからクルマで学校に。歴研に行くと、これまたどう見たってクレオパトラとカエサルが待っていて、クレオパトラが、

「さあ、行くわよ」

 会員にプラカードを持たせて校内を練り歩くって言うんだよ。

「今泉・・・」
「ここまで来てもたら、お互い腹を括ろうや」

 もう校内は騒然。そりゃそうなると思う。気合が入り過ぎたコスプレ姿に度肝抜かれたんだと思う。ただでも校内で頂点を争う二人が世界の美女になってるんだものな。一目見ようと黒山の人だかりになり、歩くのだけでも大変だった。

 歴研の展示会場にも二人を見たさに押すな押すなの大盛況。そうしたらなにを意識しているのか、クレオパトラも楊貴妃も、まるで妍を競うかのようにバチバチ状態。なんか異様な熱気が渦巻く状態になっている。

「氷室、どこか間違ってる気がするんやけど」
「そうだな。これじゃコスプレ研究会だよ」

 どれだけ写真を撮られたかわからないぐらい。やっとこさ終わって、

「今泉、ちょっと考えたのだけど、これってすべて諏訪さんの策略じゃないか」
「気づいたか。美香さんも上手く乗せられた気がするわ」

 その姿で恒例のフォークダンスまで踊らされたのは参った。で、どっちが勝ったかだけど、諏訪さん派と、美香派で真っ二つってところかな。あんなものに優劣付けるのは不可能だ。

「今泉、嫌な事を思いついたのだけど」
「氷室もか。来年も文化祭あるんよな」

 とにかく今年がすんで良かった。来年の事は来年考えよう。