運命の恋(第27話):春爛漫

 ボクの成績は二学期に入り急上昇。付きっ切りの優秀な家庭教師がいるようなものだから、そうなって当然かもしれない。さらにボクはクラスのボッチじゃなくっていた。そりゃ美香がベッタリいるからボッチじゃないのだが、どう言えば良いか、人気者のモテ男になっているようなんだ。

「当然です。淳司様はスタイルも良く、成績も優秀。誰にでも気配りが出来て、お優しくて、さらにあんなにお強いのに、それを誇るところが微塵も御座いません」

 そ、そうなってるのか。マナに鬼のように鍛えられたお陰で体はバリバリの筋肉質になっている。これも体質なのか波濤館流の鍛え方のせいなのかわからないけど、いわゆる細マッチョ・タイプだ。

 気配りに関してはもともと陰キャだったから、イジメられないように空気を読むのは得意と言うよりサバイバル術だったけど、見ようによってはそうなるのか。ずっとパシリみたいな扱いでもあったから、頼まれればハイハイと引き受けていたけど、

『あの波濤館の師範代までなってるのに腰があんなに低いなんて尊敬しちゃう』

 師範代じゃなく師範代補佐なんだけど、クラスメイトからしたら超人的に強いと思われているらしい。だからこれまで卑屈としか見えなかったのが優しさに変わったみたいだ。

『本当に強い人って、その力を見せないんだって。たとえバカにされても笑って過ごせるんだって言うのよ。でもね、必要とされる時には敢然と立ち向かうし、さらに、さらにだよ。自分が強いって自慢なんかしないって』
『ああそれ、聞いたことがある。渋い男の理想形みたいなものでしょ。そんな人、絶対にいないと思っていたのに、同じクラスにいたなんて』

 コミュニケーション能力の不足も、こうなると寡黙は言い過ぎだとしても、無駄なおしゃべりをしない渋さに見えるらしい。こっちが恥しくなるぐらい手放しの称賛が嫌でも耳に入ってくる。

『美香さんもさすがだよね。ちゃんと見抜いてたんだ』
『最初は悪い冗談だと思ってたけど、あんなイイ男だったなんて』
『私もよ。ホント見る目が無かった。優等生は違うよね』

 学校一のベスト・カップルとして公認されてしまっている。羨ましがられると言うより、誰も手が出せない存在みたいな感じ。席替えですら別扱いにされて美香とは常にお隣にされてしまってる。これは、いくらなんでもと言ったのだけど委員長は、

『せめてものクラスからの好意です。遠慮せずにお受け取り下さい』

 クラスの好意ってのは普段もあって、美香と過ごす時間を出来るだけ邪魔しないようにしているのが嫌でもわかる感じ。というかちょっと過剰な気がしている。


 美香との交際も順調。と言っても、一緒に授業を受けて、一緒にお弁当を食べて、一緒に手をつないで家まで帰るだけだけど、なんか会うたび、話すたびに心のつながりが深くなっている気がしてる。

 次がしたくないかって。そりゃ男だからその欲求は常にあるけど、まだ良い気がしてる。格好付けてるだけかもしれないけど、美香の愛は本物だ。もちろんボクもそう。求めれば美香は応えるはずだけど、もっと、もっと愛が深まった末にしたい気持ちはウソじゃない。

 この辺はオクテのヘタレもあるけど、美香との関係をまだドロドロしたものにしたくないのも本当だ。まだその時じゃない気がする。いつかは来る、その時まで待った方が絶対良いと感じてるぐらいかな。


 年末は波濤館の稽古納めに顔を出した。稽古の後は大掃除をして、餅つきをして、搗きあがった餅でぜんざいをみんなで食べるのが恒例らしい。恒例と言えばマナとの組手で悶絶させられるのまであった。こんちくしょう、最後ぐらい手加減しやがれ。選りによって金的蹴りをしなくても良いだろう。

 元旦は初詣の帰りにマナの道場に寄って御挨拶。道場には古い門人もたくさん集まっていて賑やかだったけど、ちょっと顔を出して退散させてもらった。酒の席になっていたから高校生にはちょっと居づらかったかな。


 正月二日は美香さんの家に。何度か訪れてるけどやはり緊張する。案内されたのはいつもの応接室じゃなくリビングみたいだった。てか、なんちゅう広さだよ。

「もう氷室君はお客様じゃなく家族同然だからな」

 美香の両親のボクへの信頼は毎度のことながら戸惑わせてくれる。美香の家は御両親と妹さんの美樹ちゃんも住んでいる。春から中学生だから五つ下になるのだけど、

「淳兄ちゃん」

 こう呼ばれてる。歳の差からして、そう呼ばれること事体に不自然さはないのだけど、まるで『兄』と呼ばれている気がして面映い。だけどどこか嬉しい。嬉しいと言っても美香との結婚云々じゃなくて家族が嬉しい。

 ボクの家は中学生になってから、こういう行事ごとは消え失せていた。とにかく両親は顔を合わせると嫌味の応酬で、それが夫婦喧嘩に発展するのがお決まりのコース。それは正月であろうと、ボクの誕生日であろうと同じ。

 もう慣れっこになっていて、それが当然と思っていたけど、やっぱりどこかで家庭の温もりを求めていたのがわかったもの。それはマナの家でも感じていたけど、やはり両親そろっての光景は素直に感激していた。思わず涙ぐんでしまったら、

「淳司様、なにかお気に障るようなことでも御座いましたか」

 言うつもりはなかったけど、問われるまでに冷たく、寂しかった中学時代の話をさせられてしまった。すると、

「御両親が離婚に至った理由はあるにせよ、氷室君にはさぞ辛かったろうな。氷室君、いや淳司君。ここを我が家同様に思ってもらえたら嬉しい」
「そうですよ。淳司さんは美香の彼氏であって、息子も同然です」

 思わぬ言葉に涙が止まらなくなってしまい、豪華なお節がしょっぱくなってしまった。そうそう今日は制服じゃなく私服で訪れているのだけど、これも美香の見立てだ。とにかく洗濯対策でみすぼらしい服装をしていたのだけど、

「神戸に参りましょう」

 そろそろ買い替える必要があったのは間違いなかったが、

「こちらがお似合いです」
「こちらをお召しになれば・・・」

 こんな感じでコーディネイトしてくれて、かなり男前はあがったはず。これも嬉しかった。だってだよ、付き合ってるからデートもするけど、美香と較べてあまりにもと我ながら思っていたもの。


 三学期も終わり、美香と花見に出かけた。今年は暖冬とかで、桜の開花が早く、京都まで出かけたのだけど、

「これはまさしく満開だ」
「本当に見事でございます」

 円山公園の桜は今が盛りと咲き誇っていた。そこに美香がいると、まさに美の競演って感じになる。どっちが綺麗かだけど美香だ。満開の桜でさえ美香の引き立て役になっているとしか思えなかった。

 美香は付き合う前は凛とした感じがあり、微笑みこそたたえていたものの、どこか気楽に近づきがたい雰囲気もあった。いつも冷静で物静かって感じかな。でも、そうじゃないのも良くわかった。

 美香の表情は豊かだ。嬉しい時、悲しい時、寂しい時、本当によく変わる。とくに嬉しい時の笑顔は格別で、それこそ花が咲いたかのようになる。それに幸せそうな表情はボクまで幸せにしてくれる。

 この世にこんな素晴らしい女性がいるのが奇跡としか思えない。そんな奇跡のような女性がボクの彼女だなんて、本当にあって良いのかといつも心の底で思ってるもの。

「美香は桜より百倍綺麗だな」
「そんなお世辞を仰られても何も出ませんよ」

 美香の言葉遣いも変わって来ている。相変わらず上品なのは同じなんだが、どこかリラックスしている部分が確実にある。

「こんなに幸せで良いのかな」
「淳司様が過ごしてきた時間からして当然です。いえ、全然足りておりません」

 あちこち歩いて、あれこれ食べたり、飲んだりしていたのだけど、美香が占いをしようと言いだした。二人の将来を見てもらいたいだけど、ちょっとボクは渋った。でも言い出したら譲らない美香に押し切られた。小屋みたいな中には中年と言うより、老婆って感じの人がいて、手相やらなにやら見たうえで、

「この恋は実らない」

 おいおいと思ったよ。占いだぞ。そりゃ、将来を見るのが占いだけど、見ただけでラブラブのカップルに投げかける言葉かよ。

「私はウソを言わない主義だ」

 ボクもそうだけど美香の顔色も変わっていた。料金を払って、

「たかが占いだよ。気にすることはないよ」
「それはそうですが・・・」

 そこから美香の表情に、どこか翳が差してしまったのが気になってしまった。あの女占い師め、せっかくの美香とのデートをぶち壊しにしやがって。殴り倒してやろうかと思ったよ。別れ際に

「今日は美香にとって忘れられない一日になりそうです。本当にありがとうございました」
「大げさな。こんな日はこれからいくらでもあるよ」
「そ、そうですね」

 美香が珍しくうろたえ気味だったのが気になった。すべてあの女占い師が悪い。